小話43

クリスマスドラスツ2022
※コンビを組んで初めてのクリスマス。

「さっむ~~~~い!」

煩い。今年一番頭に思い浮かべた言葉だろう。
あたしがそんなことを考えているとは
知らない男は、《寒い寒い》と騒ぎ続けている。
こいつの声に釣られたのか、腰を掛けている
座席がゆらりと大きく揺れた。
それにバランスを崩したあいつがもたれ
掛かってきたが、すぐにぐいっと元に戻す。
隣から漏れる不満の声は、聞かなかった
ことにした。

「やっぱりもう少し高い客室にすべきだったかな~?でも島一つ移動するだけだからそんなに乗船時間も長くないし、こう言うところで節約すべきだよねぇ。僕らまだまだ知名度的には低いし……ねぇねぇスツルム殿はどう思う?」
「なんでもいい」
「なんでもって……あっ、もしかして狭いの好き?僕はねぇ密着出来るのは結構好き……痛ったい!?」

煩い。やはり今年一番頭に思い浮かべた言葉だ。
一人で騒ぐのは一向に構わないが、
隣で喚かれるのは話が別だ。
横腹を剣の柄で刺すと、悲痛な悲鳴の後、
一時の静寂が部屋に訪れる。
本来なら戦闘で扱う武器をこんなことに
使うなんて、と憚っていた日が懐かしい。
それもこれも、この青髪のエルーン……
ドランクという胡散臭い男のせいだ。

「も~スツルム殿ってば…あっ!」
「っ!?……耳元で叫ぶな!」
「ほら見て~!綺麗~!」

コロコロと表情を変えるドランクに
思わず溜め息を吐いてしまった。
無視するとまた面倒なのがこの男の特性だ。
諦めて少し首を伸ばしその先に目をやると、
船の下に浮かんでいる島が、
キラキラと光を纏っている。

……来たな。
そろそろだと思っていた。
毎回先回りされて振り回されていた
あたしは流石に学習をしている。

「……おい」
「ん?なぁにスツルム殿」

こちらを振り向いたドランクを確認してから、
傍らの荷物から小袋を出し、
あいつに向かってポイっと放り投げた。
小さな弧を描いたそれは、突然のことに
驚きの表情を浮かべた奴の手に納められる。
肩の荷が一つ降りたあたしは、体制を戻して
いつまで経っても声が聞こえてこない
ドランクを不思議に思いチラリと目をやると、
先ほどと同じ様子で固まっているようだった。

「…………なんだその反応」
「……えーっと…………これは?」
「……プレゼント以外の何に見える?」

質問を質問で返すのはよくないが、
そう言わざるを得なかった。
赤地に白い雪の結晶が描かれている袋、
それを《今日》という日に渡されているのに、
こいつには何に見えているのか。

不本意ながらコンビを組はじめて数ヶ月。
出会った春先から、季節は巡って
あと一週間で年を越す。
そう、今日は俗に言う聖夜だ。
こいつのことが少しずつ理解してきていた
あたしは、この日が来るのが若干憂鬱だった。
ドランクはイベント事が好きなようだ。
思い出したくないが、先々月のハロウィンでは
大変な目に遭った。
だから、クリスマスは面倒事を回避するためにも
きちんとプレゼントを用意した次第だ。
元々、そう言う家だったこともあり、
世話になった仲にはプレゼントを
用意しないと落ち着かない性分だった。
だから別にドランクのために
用意してやった訳じゃない。
こいつも満足するだろうし、
あたしも安らかに過ごせる。
そう思ってたはずなのに、この表情はなんだ?

《理解できない》

あたしの目にはそう顔に書いてあるように見えた。

「…………誰に?」
「……お前以外に誰がいるんだ」
「スツルム殿から僕に……」

段々と苛立つ己の心を落ち着けながら、
先手をうって渡したのがいけなかったか?
くれくれと煩くなる前に終わらした方が
得策だと思っていたが、読みが外れた?
だが、そういう雰囲気でもなさそうだ。
まるで初めてプレゼントを貰ったような、
そんな空気を感じ取っていた。

しぃんと静まり返る部屋の中。
その静寂が破られたのは数分後。
黙り込んだあたしに気がついたドランクは、
はっとしたように肩を揺らして、
慌てた様子で口を開いた。

「ご、ごめんね……僕こういうの慣れてなくて、その……」
「別にいい。あたしが勝手にやったことだ」
「でもでも……!あっ、開けてもいい?大丈夫?」
「いいから好きにしろ」

何事もなかったように、何も悟られないように。
ドランクがリボンをほどいていく様子を、
固唾を飲んで静かに見守ることしか出来なかった。
いつの間にか、落胆させるんじゃないかと
緊張している自分がいた。

「エリクシール……」
「……それならお前でも使うだろ」

袋から出てきた赤い小瓶は、
我々傭兵業には欠かせないものだろう。
趣味のものなどわからない。
仕事という共通点しかない奴には、
こういうものしか思い浮かばなかった。
これなら文句を言われる謂れはない。
それくらいの認識だったのに、
目の前の男は想定外のことしかしてこない。
何もかもが計算外だ。
コンビを組んだことも、何もかも。

「ありがとうスツルム殿」

へにゃりと笑った目は、いつもの
きな臭さが無くなっていた。
そのまま手に取ったエリクシールを
じっと見つめる瞳は、まるで宝物でも
見ているかのような輝きを秘めていて、
段々とこちらの調子が狂ってくる。
たかだか回復薬一つで大袈裟だ。
そんなの使い捨ての道具だぞ。
口から出かかった言葉をぐっと
飲み込んで腹の中に落とす。
それが奥底に停滞して、心を乱していた。

あんなに煩いと思っていたのに、どうして---。
静かになった船内の方が落ち着かない。
居心地の悪さにじっとしていられなかった。

本能に身を任せて剣を握りしめる。
隣から痛みに叫ぶ声が聞こえるまで、
あと数十秒---。

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