オフの日

2023/5/3 SUPER COMIC CITY 30 -day1- 内 超全空の覇者2023 発行

スペースは 東1ソ60a  飴色のお砂糖 です。

A6 / 68P / 1段組  400円

ドラスツがお休みの日を過ごす小話集です。

6話収録してあります。

<簡易説明>

0 プロローグ

1 お出かけ

2 お洗濯

3 お料理

4 お掃除

5 お昼寝

6 二度寝

5/5よりBOOTHにて通販開始します。

サンプルとして1話目を全文掲載しております。

(横書き用に段落修正してます)


 1


「おね~さん可愛いねぇ! もしかして一人~?」


 町の広場にある時計の針が頂点で重なった時のことだった。人の波から少しだけ外れたベンチに腰掛けていると、空風のように軽い声が降ってきた。鬱陶しいその台詞に眉間の皺が深くなるのを感じる。秋風で冷える身体を縮こまらせて、悴む指先を擦り合わせながら、暖を取っている最中の自分は相当機嫌が悪い。己でもわかるくらいだ、端から見ても話しかけたい雰囲気ではないだろう。


 まず第一の原因は寒さ。どんよりとした曇り空は、日の光を一切通す気配がない。それに加えて、暦の切り替わりを感じる冷たい風。今日は戦闘用に拵えた普段の装束ではなく、季節に合わせた衣服に身を包んでいるので、肌の面積はいつもより少なくなっている。が、それでも寒いものは寒い。宿の女将が出かける直前に例年より冷え込むと教えてくれたが、少し甘く見ていた。数週間前まで暖かい気候のアウギュステにいたことも相まって、急な寒暖差に体が追い付かないのだろう。


 もう一つ、待ち合わせの時間がとっくに過ぎているというのに来る気配のない相棒。諸事情で午前中はあいつとは別行動だった。決めていた時間の十分前には到着していたあたしと違い、時計の長針が百八十度動いても現れない奴に、多大なフラストレーションを溜めていた。オーラというものが放てるとすれば、ドス黒いモヤモヤを抱えていると確信を持てるくらいだ。

 こんな最悪な状態の女によくそんな言葉を投げたなと呆れながら、声の主を睨みつけて低い声で唸るように告げた。


「遅い」


 明らかに怒気の含まれた言葉を聞いて、目の前の男は肩を大袈裟に落として唇を尖らせる。その態度は、怒られているのに不貞腐れている子供そのものだ。いつもはピンッと立っているエルーン特有の耳を地面に向かって下げて、まるで此方が悪いと言わんばかりの視線を浴びせてくる。普段の野暮ったい魔法服装とは違い、小洒落た服を着ているのがまた鼻につく。ふざける暇があるなら走ってくるくらいの誠意を見せろ。自分の中にある怒りのメーターが振り切れてしまいそうだった。


「ちょっとちょっとスツルム殿~! 少しくらいノッてくれても良くない?」

「お前な……今何時だと思ってるんだ」

「えっもしかして心配してくれたりっ……ごめんごめん、ちょっと色々あってさぁ!」


 此方の意に介していない返答に視線の鋭さを上げると、一瞬で心のこもっていない謝罪を述べられる。

 妙にテンションの高い相棒は普段の五割増で鬱陶しい。遅刻した上にあっけらかんとした奴に、気を遣う必要など微塵も感じない。文句の一つでも言いたいが、短い一言が長い言い訳になって返ってくるから、今は付き合う気になれない。相手にするだけ無駄。折角の休みを自ら台無しにすることもない。そもそも予定なら昨夜の時点で本来のものから外れてしまっていたのだから、此方が大人になって対応するしかない。


 本当なら、今日は一日小間物の買い出しに充てる算段でいた。それが狂ったのは仕事の帰り道に落ちていた財布のせいだ。

 つまみ細工で出来た花のストラップをつけた小さな革の財布。道の端に落っこちていたそれを見つけてしまった以上、無視することは憚られた。宿に持ち帰り確認してみれば、幸いにも住所を記載した紙がお守りのように小さく畳んで入っていた。しかし夜遅いこともあり届けるのは翌日に持ち越して今に至る。

二人で行くこともないだろうと考えているのを見越してか、ドランクは自分が届けると言い出した。その間にあたしはストックの確認を行うことにして、昼頃落ち合い買い物をすることにしたが、まさかこんな目にあうとは思わなかった。

 短いため息を一つ吐いて、ベンチから腰を上げる。とりあえず飯だ。店に入れば体も温まるだろう。服の裾を軽く直してから正面を向きなおすと、ドランクがあたしに向かって一枚の封筒を見せびらかしていた。


「じゃっじゃーん! 見て見て! 臨時収入~!」

「…………は?」


 封筒をひらひらと遊ばせながら満面の笑みを浮かべるドランクに、思わず言葉が漏れてしまった。随分と機嫌がいいのはそのせいか。あたしの冷ややかな態度をなんとも思わないのか、こいつは聞いてもないことをペラペラと語り始める。


「お財布の持ち主さんがお礼にって! あっ、届けたこともなんだけど、玄関に薪が不自然な状態で積んであってさ! 尋ねたら、重くて何回も往復してるって聞いて! 女性の一人暮らしだっていうし、大変そうだったから中に運ぶの手伝ってたら遅くなっちゃった」

「………………ふーん」


《人が寒い中待っていたというのに、楽しかったようだな》


 喉元まで出かかった嫌味をぐっと飲み込んで、奥歯を噛みしめた。別に、こいつが誰に愛嬌を振りまこうと知ったことではないじゃないか。財布の主が女だというのも、装飾品から察していたことだ。

 そう冷静な頭で考えても、奴の声色がやけに弾んでいるものだから、腹の奥底にある怒りは収まりそうにない。こんな男、無視して一人で過ごせば良かった。寒い中ただ静かに何分も待ち続けていた自分が馬鹿みたいだ。視界に入れるのも煩わしい。ふっと横に視線を避けても尚、あいつは話を続けた。


「やっぱり急に寒くなったから準備が間に合わなかったりするよね~。ほら僕おばあちゃんっ子じゃない? ご老人が困ってるのは見逃せない性分だからさ~」

「…………ご老人?」

「あっれ~? 言ってなかったっけ~?」


 不意に聞こえてきた単語を思わず口にすると、茶化すようなドランクの声が重なった。ばっと顔を向ければ、口角をこれでもかと上げて笑う相棒と目が合った。

 わざとだ、こいつ。にたりと笑ういやらしさを隠しもしないところに腹が立つ。早いネタばらしは予想以上にあたしの機嫌が急降下したからだろう。


「スツルム殿~もしかして……いっでぇ!」


 腹が立つ、腹が立つ……! まんまと掌で踊らされたであろう自分に腹が立つ。それ以上に、あたしが不機嫌になっても慌てる様子のないドランクに一番腹が立つ。気がつけば目の前の男に向かって、握りしめた拳を腹に突き刺した。


「スツルム殿……っ、いくら誰も注目して無いからって力込めすぎ……っ」

「今日の荷物は全部お前が持てよ」

「うぅっ……鳩尾に入ったよぉ……」

「わかったか」

「はぁーい……」


 思い切り悶えるドランクを見て、ようやくあたしの心も落ち着いてきた。それでもまだ足りない。ドランクはあたしの要望に返事をしつつ、殴られた腹を撫で続けていたが、数秒後にはケロリとした表情で口を開いた。そんなに早く立ち直れるなら、次はもっと力を込めても問題ないな。そう考えながらドランクの言葉に耳を傾けた。


「穴場の美味しいお店教えてもらったからお昼はそこにしよ? スツルム殿お腹ペコペコでしょ~? 看板メニューは特製のソースで食べるカツレツだって」

 《カツレツ》と言う単語を聞いて腹の虫が短く唸った。怒りで頭から抜けていたが、ちょうど昼飯時だった。これから店探しとなると時間がかかるだろうし、どこも混んでいそうだ。反省の色が見えないこいつの提案に易々と乗るのも癪だが……穴場と言うからにはそこまで時間を要さずに食事にありつけるのだろう。ここは仕方がない。了承を込めてこくりと首を縦に振ると、それだけであいつの顔が綻んだ。

 文句を言わずに頷いたことに調子をよくしたのか、ドランクはしれっとした顔であたしへ向かいすっと手を伸ばす。手を繋ぎたいのだという望みを察していたが、ここで甘やかしてはよくない。その手を振りほどくと、あいつの耳がまたへにゃりと倒れこむ。自業自得だ、馬鹿。視線で早くしろと促せば、力の入っていない指で方向を指し、《あっちだよ》と口にしてゆっくりと歩き始めた。空腹のあたしは少し早歩きで隣に追いつき、カツカツと乱暴な足音が寒空の街に響き渡っていく。


 ドランクはいつの間にか手に持っていた地図を携えて、辺りをちらりちらりと見回しながら迷いなく進んでいく。その間もあたしの機嫌を取るかのようなトークを続けているのだから器用なものだ。進行方向が大通りと反対という事もあってか、段々とすれ違う人の数が減っていく。ついには自分たちしかいなくなった道を数分歩いたのち、とある店の前でピタリと足が止まった。

 辿り着いたそこは、なんの変哲もない普通の喫茶店、にしか見えなかった。本当にこんな店で肉が出てくるのか? 白いチョークで描かれている可愛らしいコーヒーカップの看板を見て、そう考えてしまうのも無理はないだろう。

想像と違い拍子抜けしているあたしを気に止めず、ドランクがゆっくり扉を開くと、カランカランと備え付けられたチャイムが軽快な音を立てた。はっと意識を戻し中へ入るとコーヒーの香りを纏った空気に出迎えられる。店内は思いのほか客が入っており、静かな趣のある外装とはがらりと表情を変えて、賑やかな声で溢れていた。

若いヒューマンの女性が、此方に気がつき人懐っこい笑みを浮かべながら駆け寄ってくる。人数を確認されると、一番奥のボックス席へ誘導された。コートを脱ぎ、ソファの奥に追いやって着席すると、待っていた店員がおしぼりを差し出してくれた。丸まっているそれを伸ばしてから手を拭くと、柔らかい温もりにやっと一息つけた気分になる。あたしがリラックスしている間に、ドランクはメニューを差し出す店員を制止して注文を済ませてしまった。こういう手際の良さはこいつの取り柄だな。決して口には出さない褒め言葉が脳裏に浮かび上がった。

そんなことを知る由もないドランクは、此方に顔を向けて口元を手で覆いながら、子供が内緒話をするようにか細い声であたしに告げる。


「このお店ね、亡くなったご主人との思い出のお店なんだって」


 そう嬉しそうに口にした奴の瞳の奥に、ほんの少しの侘しさが宿っていた。緩やかに弧を描く口元が小さく開いて穏やかな声で言葉を紡ぐ。


「お財布に付いてたストラップは初めてのデートで貰った物をずーっと大切につけてて、もう二度と会えないかもって落ち込んでたみたいだよ」

「……それは、良かったな」

「いや~人の役に立つっていいね、スツルム殿! あっ、そういえば~」


 こいつの頭の中を巡っているのは、財布の主が優しげな声で語る昔話だろうか。大切な記憶を共有された上にこの店を教えて貰ったところから見るに、随分気に入られてきたのではないだろうか。先程までの寂しそうな色が無くなって、嬉しそうな光を宿す様子を見て、思わずほんの少し口角が上がってしまう。

 簡単に報告を終えたところで、ドランクが何かを思い出したように声を上げた。


「買い物はどんな感じ? 結構ありそう?」

「そんなに多くなかったな。…………洗剤が残り僅か、あと塩胡椒も買ってもいいと思う。それと新しいタオルも見繕うか。あとは……」


 記してきたメモをテーブルの上に置き説明をしていると、香ばしい匂いがふわふわと漂ってくる。靴音にちらりと視線を向ければ、先程の店員がすぐ傍まで近づいてきていた。

今日の本題に入るのは後にして、とりあえず飯だ。メモを畳んで端に置きスペースを確保すると、セットメニューのサラダとスープが先に置かれ、最後にお待ちかねのカツレツが目の前に現れる。きつね色の衣を纏った黄金の食べ物。手製だという赤いソースは別添えの器に入っていて、ちょうど真ん中に置かれることとなった。

 全てが揃ったところで改めてメインのカツレツに目を奪われる。見た目はシンプルなカツレツだが、衣がキラキラと煌めいていた。空腹というスパイスも相まって、幻覚でも見ているようだ。手を合わせてからフォークを手に取り、切り分けられた一切れにぐっと差し込んだ。持ち上げると、赤い身が顔を覗かせる。程よい火の入れ具合に期待を高めながら、まずはそのまま味わおうと口へ迎え入れた。歯で噛み締めたその瞬間、思わず声が漏れそうになる。出来たばかりでアツアツだったせいもあるが、広がっていく肉汁がとても身に沁みる一品だ。

 ゆっくりと堪能しつつ次の一切れを用意していると、ドランクと目が合った。食事中に人を観察するなと言っても、全く聞き入れる素振りのない相棒は、にやけることを耐えながらサラダを頬張っていた。食事はまず野菜からという妙なこだわりを持っているらしい。表情も相まってよくわからん奴だ。熱いうちに一口くらい食えば良いのにと思いながら、中央のソースに手を伸ばした。


「……そういえば、調理器具を欲しがってなかったか?」

「えっ! スツルム殿覚えててくれたの?」

「お前が何回も話に出すから頭の中に残ってただけだ」

「いや~今使ってるフライパンも焦げ付くようになってきたじゃない? だから新調したくてさ~。あっ、あともう一回あれチャレンジしたいんだよね~ピクルス!」


 その言葉に、思わず呆れた視線を向けてしまう。数ヶ月前にこいつが突拍子も無く作り始めた漬物。本人曰く順調だったらしいが、仕事に向かう道中でうっかり瓶を割ったせいで荷物を濡らして大変な目に遭った。


「お前懲りないな……」

「だってさぁ、ちょっとしたアクセントにもなるしマンネリも防げるじゃない? これから本格的に冬になるし野営はなるべく避けたいから暖かくなってきてからがいいかなぁ」

「あたしに迷惑をかけなければ勝手にしろ」

「今から見繕うのもありだよねぇ。まっ、その頃のお仕事の状態にもよるだろうから頭の片隅に記憶しておこっかな~。……お肉柔らか~い! 絶品だねスツルム殿!」


 止めても無駄だ。経験則からそう言える。喋りたいだけ喋らせておけばいい。ソースのかかった肉を頬張りながら、心の中で結論付けた。ここまでくる間も延々と話していたのに、まだ話が尽きないらしい。ころころと変わる話題に耳を傾けながら時折こくりと頷いて料理に舌鼓を打つ。平らげる頃には心もお腹も満たされたようで、沸騰していた怒りも消失してしまった。

 食後のコーヒーも進められたが、まだゆっくりとはしていられない。手短に断り会計を済ませ、店員の笑顔に見守られながら退店をした。


「ん~~! おすすめされた通り美味しかったね」


 店から出た直後、ドランクはぐっと腕を上げて体を伸ばしながら満足そうな笑みを浮かべる。その意見には同意だ。満足感の得られる店だった。店内も程よい騒がしさで、ゆっくり食事をとれるところも好ましかった。

 さて……腹を満たしたところで本題だ。先程のメモを取り出してどこから行くかと尋ねると、既にルートを決めていたようで道案内を任せることになった。困ることではないし、ドランクの提案した順序で買い物を済ませることに了承する。

 来た道を戻ろうと足を進めると、あいつの手が袖の端を掴んだ。まだ何かあるのかと振り向けば、ほんの少し間を空けて口を開く。


「買い物が終わったらさ、美味しい麦酒が飲めるお店に行かない?」

「そんなに時間かからないぞ? 昼間から飲む気か?」

「いいじゃんいいじゃん、折角のお休みなんだし! 飲み比べが出来るってお店なんだけど~」

「……財布の持ち主に随分色々と聞いてきたんだな」

「あー……違うよ、僕がスツルム殿と行きたくて調べたお店」


 ほんの少しの緊張と探るような声色。自信のなさそうに揺れる瞳。そんな目で見られたら、此方が折れてやるしかない。《わかった》という小さく短い了承はあいつの大きな耳に届いた様で、ぱぁっと花が咲いたような笑みを溢した。ゆっくりと降りてきた手は、何も言わずにあたしの手を握る。今度は静かに迎え入れて、引かれるまま歩を進める。


「あ~僕とスツルム殿も羨まし~って思われる夫婦になれたらいいなぁ」

「……そう思うならもう少しふざけるのを辞めたらどうだ」

「え~? スツルム殿を揶揄うのは僕の趣味なのに~?」

「…………」

「あ、ごめんごめん可愛いところを見るのが、の間違い……っってぇ‼ 爪立てないでよスツルム殿~」


 気に障ったがその手を振りほどけはしなかった。いつも戯言ばかりのドランクだが、その願いは本心だとわかっていたから。繋いだ手から伝わる熱が、心地よかったから。きっとその願いは、あたしの願いでもあったから。

 二人の間を秋風が駆け抜ける。それに乗って舞った木の葉に導かれるように視線を上げると、重たい雲の切れ間から日が差し込んでいる。降り注いだ光は目の前の道を照らしはじめた。まるで自分の心模様をなぞるような空の変化に、思わず息が漏れてしまう。今日は良い日になりそうだ。どこからともなく湧いてきた感情に、少しだけ口の端を上げたのだった―――。

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