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※※少しだけですが『傭兵お仕事帖』のセリフばれ等ありますので、イベント履修済みの方向けです※※
スツルム殿の性格上、名前を知られてからすぐにコンビは組まないのではと言う願望からの妄想。
『………次の角を右に曲がったのち、直進。三つ目の角を左に曲がったすぐそこの屋敷が目的地』
薄暗い路地裏に、コツ…コツ…という
自分の足音が小さく響いている。
人気のない道を足早に、手に握った紙を
一瞥しながら進んで行く。
目的地という言葉が見えて、
思わず深く息を吐いた。
手元のメモを雑に畳み、歩みを速めていく。
ここまで来たら、もうこいつは用済みだ。
面倒な遠回りを繰り返したせいで、
集合の時間に余裕はない。
それもこれも、全部《あいつ》のせいだ。
もう二度と会うこともないだろう相手の顔が
頭に浮かんで、取り払うように軽く横に振った。
示された通り左折すると、木々に囲まれた
大きな屋敷が目の前に現れた。
近づいていくと、重苦しい門の横に立っている
警備のドラフが、不思議そうな目線でこちらを
睨み付けてくる。
ギルドからの紹介状を渡せば、舐めるような
視線で頭の先から靴の先端までまじまじと
観察しはじめる。
ひとしきり終わった男は、ふっと鼻で笑い、
紹介状をこちらに戻す。
不愉快な行動を咎めてやろうかと思ったが、
ここで騒ぎを起こすのは得策じゃない。
女だからと見くびる奴はごまんと見てきた。
こういう《慣れ》は己のためにもよくないが、
今は仕事のことだけ考えればいい。
歩みに怒りを込めながら、
屋敷の扉を潜り抜けていく。
屋敷の使用人に案内された部屋は、
喧騒に包まれていた。
時間まで待機するようにとだけ言い残し、
使用人の男は去って行く。
部屋の中を見回すと、ざっと20名ほどの
傭兵が集まっているようだ。
用意された椅子はどうやら空きがない。
入ってすぐ、右側の壁に背を預けて、
腕を組み息を吐いた。
集まった傭兵に目を向けると、
知り合いと雑談している奴が多いが、
中にはあたしのように一人で来ている者もいる。
声のでかい輩が大半で、随分と楽し気な様子だ。
遊びじゃないのにお気楽なものだ。
そんな自分の感想は決して口には出さない。
絡まれても面倒なだけ、…《あいつ》みたいに。
今回の仕事はこの島に分布している特定の植物を
集めた数に応じて報酬が支払われる。
基本的には単独で行う仕事だ。
仲間を集めるのもいいが、
その分一人一人の報酬は減る。
……それに、裏切りだってあるだろう。
慣れない仕事ではあるが、
リスクがあるなら別に一人で良い。
戦闘をする必要がないこの手の依頼は、
普段あたしが受ける部類ではない。
……が、《あいつ》に見つかりにくそうな仕事を
斡旋してくれと頼んだ結果、ここに来た。
なんであたしがこんな面倒なことを……。
思い出していると苛立ちが再燃しそうになる。
目を閉じて胸の中に生まれたもやもやとした
気持ちを落ち着けていると、扉の開く音がした。
依頼主が来たのかと思ったが、
騒々しい声は収まっていない。
すぐに閉じる音が聞こえて、
傭兵がまた一人到着したことを察する。
あたしよりも遅く来る奴がいるとは思わなかった。
念には念を入れてここに辿り着くまで
少し迂回をしたり、意図的に人の多い通りを
選ばず屋敷に辿り着く道を進んできた。
わざとでなければ相当時間にルーズな奴か。
どちらにしても、あたしには関係ないだろう。
そう思ったのに、真隣に人の気配を感じる。
………先程到着した奴が、隣にいる?
席に空きはないが、壁はまだ埋まっていなかった。
わざわざこんな近くに身を置くことはない。
もしかしてあたしに気が付いていないのか?
……いくらドラフの女性が小柄だからと
言ってそんなわけはないだろう。
目を開いてすっと左側に視線を向けると、
思わず目を見開いて固まってしまった。
ひらりひらりと振られる手のひらに、
開いた口が塞がらない。
「スツルム殿~やっほ~」
「……お前……なんでっ…」
「も~置いてくなんて酷いなぁ」
へらへらと笑いながら呑気な挨拶をする姿に、
自分の苦労が無に帰したことを悟り愕然とする。
それに……置いていったんじゃない、
お前から逃げてるんだ。
やっと絞り出した声に返ってきた言葉を聞いて、
眉間に皺が寄るのがわかる。
色々と言いたいことはあるが、声を荒げて
周りの連中から注目を集めても困る。
奥歯を噛み締め、努めて冷静に言葉を紡いだ。
「…どうしてここにいる」
「え?だって僕とスツルム殿はコンビじゃない~」
「認めた覚えはないって何度も言ってるだろ」
何事もないかのように返ってくる言葉が、
鬱陶しくて仕方がない。
島への迂回も、屋敷に辿り着くための遠回りも、
全部この青髪のエルーンにつきまとわれている
せいで行っていることだった。
あいつと出会ったあの日から、
初めは名前を教えろと、
どこに行ってもこいつが付いてきた。
あまりのしつこさに教えてやれば、
今度はコンビを組むと言い始めた。
何を考えているのかわからないが、
誰かと共に仕事をする気はないと、
何度言っても聞く耳を持たない。
魔法の腕はあるだの、交渉事に強いだのと
売り込んできたが、全てスルーしても
諦めることはなかった。
痛い目を見れば考え直すかと、
喧しいときに剣で刺すと
痛がりながらもどこか嬉しそうに笑う様に、
思わず引いてしまった。
あまりにもしつこくて、あたしは最終手段に出る。
飯に誘い酔い潰した翌日、この仕事のために
早朝の船で旅立ち離れた。
……そのはずだったのに、
どうしてこうなってしまった。
……この苦労をどこのどいつが台無しにした。
ギルドに所属してるどっかの馬鹿が漏らしたのか。
いや、ドナに頼んで内密に進めた仕事だ、
そんなはずはない。
それならば、こいつのが売り込んできた通り、
情報網が上手だった、そう思うしかないだろう。
隣から聞こえてくる気の抜けた声が、
あたしを現実に引き戻し、
もどかしい想いを募らせる。
耐えきれずに、話が止まらない奴を無視して
ゆっくりと距離を取れば、
間髪あけずに空いた分だけ距離を詰めてくる。
思わず出てしまった舌打ちは、
こいつには通用しないらしい。
今度はあからさまに距離を空けたが、
何の意味もなく触れそう距離に戻された。
こんなことを三回も繰り返せば、
流石のあたしだって諦める。
このままでは端に追い詰められて、ますます
逃げ場が無くなるのだから他に打つ手がない。
諦めと共にため息が一つ零れ落ちると、
軽い笑い声が頭上から降ってきた。
「ため息吐いてたら幸せが逃げちゃうよ~?」
誰のせいだと思っている。
その一言は、依頼人が現れたことによって、
胸の奥深くに仕舞われることになった――。
大勢の人が行きかう街道を、
縫うように進んで行く。
休日なのか人でごった返していて、
ずいぶんと賑やかだ。
人にぶつからぬように避けながら
人気のない脇道に出ると、
少しだけ肩の力が抜けた気がした。
あの屋敷で居合わせてしまった男は隣にいない。
今はあたし一人だ。
依頼人の話が終わった後、こちらに
話しかけているようだったが、
気にも留めずに飛び出して、
今度は間違いなく置いてきた。
いっその事、この仕事から逃げてしまおうかと
考えたが、ギルドの推薦状を使ったからには、
その後の評判に繋がりかねない。
他の傭兵に迷惑をかけるのは、
いくらなんでも駄目だ。
明日は捕まるだろうが、今日くらいは穏やかに
過ごしたいと願ってもいいだろう。
気が抜けたのか、くぅ~…と情けない音が
腹から聞こえてくる。
依頼主が探索の許可を明日から取った、
という説明をしていた。
という事は、今日はこの後フリーだ。
とりあえず、空腹を満たすことにしよう。
英気を養うためには肉だ。
この鬱蒼とした気持ちを晴らしてくれるのは
やはり肉だろう。
目的が決まったあたしは、人の波に再度潜り込む。
人々の隙間からキョロキョロと店を眺め、
客引きの声にも耳を傾る。
数メートル進めば、目を引く看板を
見つけて足を止めた。
こんがりと焼かれたステーキ肉。
上に乗せられたバターが溶けて表面を覆っている。
……ここだ、ここがいい。
イーゼルに描かれている絵は見事で、
現物を見ていないのに食欲をそそり、
なぜか妙に惹かれるものがあった。
昼間からステーキなんて贅沢だ、
とも思ったが知るか。
ただ単に腹が減ってそう見えるだけかも
しれないが、すでにあたしの口は
ステーキを求めていた。
扉を押し店の中に入ると、ガヤガヤとした
客の声に混じって、肉の焼ける音が聞こえてくる。
鉄板の上で何枚もの肉が、
ジュウジュウと焼かれる良い音だ。
ちょうど昼時なこともあり盛況な様子で、
店員は忙しそうに動いており、
あたしが入ってきたことに気が付かない。
声を掛けようと口を開いたところで、
横から飛んできた声がそれを遮った。
「スツルム殿こっちこっち~!」
スツルム殿。
あたしをそう呼ぶ奴は、
人生で一人しか会ったことがない。
疲れからか幻聴が聞こえる、そう自分に
言い聞かせてやり過ごそうとしたが、
名を呼ぶ声は止まらない。
耐えかねて声のする席に歩み寄り、
見慣れてきてしまった青髪を睨みつける。
そんな目線を気にも留めないこいつは、
口角をわざとらしく上げながら、
自分の向かいの席を指さした。
「おい……」
「ナイスタイミーング!ちょうど通されたところなんだ!」
「……だから、なんでいる!」
「スツルム殿お肉好きだからこのお店かな~?って思って先に席取っておいただけだよ?ほらほら~他のお客さんの迷惑になっちゃうから座って座って」
何もかも見通されている状態に、
腹が立つのを通り越して、呆れが勝ってしまった。
店員もあたしが一人で来たとは
微塵も思っていないようで、
此方を気にかける様子はなかった。
席も生憎空いていない。
ならばここに座るしかないだろう。
席に掛けるとすかさずメニューを手渡された。
それをペラペラと捲りながら、思考を巡らせる。
先に出たはずなのに、なぜこいつが
先回りしているのか。
なにかと先手を打たれることが多かったのも、
前々から気にはなっていた。
自分がわかりやすいだけと言われれば
そうなのだろうが、こいつにされると
無性に腹が立つ。
「そんなに見つめないでよ~照れちゃう!」
「……」
「まぁまぁ落ち着いて?ここは僕が奢るからさ、好きなの食べてよ」
メニューからそっと目線を外してじろりと
目の前の男を見ていると、戯言が返ってくる。
やはり一緒に食事などとるものではないなと
席を立つ覚悟を決めれば、
何かを察したように宥めの姿勢を見せてくる。
店員を呼び一番高いステーキを頼めば、
若干顔が引きつったが、気が付かないふりをして
水で喉を潤した。
自分から言い出したんだから、責任は持て。
ワンテンポ遅れて、一番安いステーキを
頼む奴の声が聞こえる。
少しだけ震えているような気がしたが、
それも気が付かないふりをした。
「………そういえば宿は取った?」
「どっかの馬鹿のせいでまだだ」
「だよね!僕がちゃーんと抑えておいたよ!」
「………は?」
「顔見知りのところでお安くしてくれるんだ。今日はどこも盛況で満室だって言ってたから今からだと探すの難しいと思うよ?」
畳み掛けてくる言葉に、
段々と頭が痛くなってくる。
もう、こいつの手のひらの上で何をしても無駄だ。
今から探すのも面倒な上、酷く疲れている。
受け入れるしかない。野宿よりはマシだろう。
そう言い聞かせて、口を開く。
「……一緒の部屋じゃないだろうな」
「!……えっ、もしかしてダブルの方がよかった?僕、シングル二部屋取っちゃったよ~」
「寝言は寝て言え」
「そういえば、明日探索する山なんだけど、結構険しいみたいでなんだよねぇ」
「…………」
「スツルム殿は山登りってお手の物だったりする?装備って今のままでもいいかな?」
「………」
「あっ、それとさ~……」
あいつのお喋りは陽気な店員がテーブルに
付属のサラダを持ってきても止まることはない。
この土地の名産品の話。
島特有の気温の話。
宿を営んでいる夫婦の喧嘩の話。
その夫婦から聞いた依頼主の仕事の話。
さっき集まっていた傭兵の中に、
以前仕事が一緒だったヒューマンがいたこと。
その男の仕事は個人的に好かず、
波長が合わなかったこと。
聞いていもいないのに、
次から次へとよく出てくるものだ。
こちらが何も返さなくても話の尽きない男は、
テーブルにステーキが到着すると、
ようやく口を別のことに使い始めた。
明日はまた一日こいつと行動を共にするのか……。
既にぐったりとした心を美味な肉汁で癒しながら、
あたしは少しずつ覚悟を固めていた。
遥か彼方で鳥の飛び立つ音がした。
音に釣られて視線を上げると、
木々の隙間から晴れ渡った青空が見える。
太陽は真上で輝いていて、
差し込む光に思わず目を細めた。
仕事を開始してから二時間ほど経過しただろうか。
目的の植物は両手の指では
足りないほどになっていた。
短時間でこんなに見つかると思わなかったが、
これは悔しいことに目の前にいる
煩い男のおかげに他ならない。
植物の生えている場所から探索に向かないエリア、
ある程度のルートまで下調べをしたそうだ。
一体どんな手を使ったのか…としゃがみ込んでいる
背中に疑いの眼差しを向けていると、
一輪の花を握った奴が笑顔で駆け寄ってくる。
「また見つけちゃった!僕ってば天才かも~?」
「おい…!自分の袋に入れろ」
「いいじゃんいいじゃん固い事言わずに~」
「後で分けるのが面倒だろ」
「なんなら、これ全部スツルム殿の報酬にしちゃっていいから。ね?さぁー次に行こっか!」
あっけらかんと言い放つその様に、
呆れて二の句が継げなかった。
なんだそれ。そんなのいいわけないだろ。
金に執着がないのか?
そんな馬鹿げた存在がこの世にいるのか?
じゃあなぜあたしと組むことを望む。
仕事がスムーズに片付きそうだから以外の
理由があるというのか?
……もしかしたらあたしがなぜこの依頼を
受けているのかわかっているのだろうか。
その罪滅ぼしのつもりか?
それなのに…そこまでして
なぜこんなにも追いかけてくる。
ますます意味が解らなかった。
「スツルム殿?おーい?」
「っ……なんだ」
「いや、ちょうど良さそうな木があったからちょっと休憩しない?」
見つかるはずのない答えを考えながら
歩いていると、突然耳元で聞こえてきた声に
ビクッと肩が跳ねる。
奴が指さす方を見やると、他の木々より
一回り大きな木がそびえ立っている。
その周りも少し開けていて、休息を取るには
確かに申し分ない広さをしていた。
軽い足取りで近づいたあいつは、
根元にどかっと腰を下ろし、
だらしなく足を投げ出す。
許可も取らずに座るなと言いたいところだが、
確かにずっと動き続けている。
こいつからの提案と言うのは癪に触るが、
ここの辺で休みを取っても問題はないだろう。
一メートルほど距離を取り、
木に背を預け息を吐く。
ふわりと流れてきた風が心地よく、
体の熱を冷ますようだった。
持参した水で喉を潤していると、
不意に人影があたしを覆う。
気がつけば、奴が此方に背をむけて、
中腰の姿勢で身を起こしている。
まさか敵か、と腰に携えている剣に手を伸ばし、
声を掛けようをしたその刹那、
言葉を先に発したのは奴だった。
「スツルム殿、ちょっと小さくなって」
「は?」
「いいから」
わけもわからずそのまま身を縮めると、
足先になにかが打つかった。
薄い青の水晶玉…こいつが普段使っている宝珠だ。
大切であろう武器を何故?
疑問に思いながら見つめていると、
宝珠の中心がほの暗い明かりを宿し始める。
数秒するとゆらめくモヤモヤが
段々と形を成して、文字が浮かび上がってきた。
『そのまま僕の後ろに隠れてて』
その言葉に息を潜め、動きを止める。
数秒すれば、あたしも何かが近づいてくる
気配を感じ取った。
あたしよりも先に気がつくとは、
エルーンは耳がいいからなのか、
こいつが警戒心の強い奴だからなのか。
分析していると、一人の男の声が聞こえてきた。
「よぉ」
「あっ、この間はどうも~」
「あんたも参加してたんだな」
顔を見なくてもわかる。
あたしが嫌いな部類の人間だ。
見下したような舐めた口調は、
調子にのっているか格下だと思われているか。
聞く限り顔見知り…昨日言っていたヒューマンか。
腕はまぁまぁだが仕事の方向性が合わないと
愚痴っていた相手のはずだ。
「どのくらい集まった?」
「僕はまだ一個も見つけれてないよ~!見て見て、なにも持ってないでしょ?」
「…んだよ…使えねぇな」
あいつは短いマントの裾を掴み、めいっぱい
横に広げてあたしを悟らせないようにしている。
会話から察するに、こいつは他の傭兵が
集めたものを奪って手柄にしているのだろう。
この胡散臭いエルーンに言われるのは
不本意だろうが、確かにいけ好かないやつだ。
それで諦める相手ではないのか、
足音は段々とこちらに近づいてくる。
腹いせに暴力でも振るうのだろうか?
……あたしを隠したのは、庇いたいから?
いや、そんなに弱い存在ではないことを、
こいつは身を持って知っている
だろうからそれはない。
きっとこいつの目論みは、
一泡吹かせてやりたいから、というところか。
聞いているだけでいらっとする声が、
癇に触っているあたしの勘だ。
足音は一つだけしか聞こえない。
という事は、相手は単独。
相手の力量はわからないが、
増援がないかぎり問題はない。
だが、今どのくらいの位置にいる?
もう少し覗き込みたい気持ちがあるが、
己の存在がばれては意味がない。
足音に耳を傾けつつ、剣のグリップを握り
間合いに入るタイミングを伺っていると、
足元に転がっている宝珠の中央が
ほのかに発光し始めた。
「偉そうにしてたのに、お前もこんな仕事受けるんだなぁ」
「ははっ…気分転換ってやつかな~」
「そういや女のドラフに負けたって?噂話が流れてきて笑っちまったわ」
じっと見つめながら耳は足音に集中する。
その間も気を引き付けようと会話は途切れない。
不愉快な単語も聞こえたが、
今はそんなものどうでも良い。
そう思っているのに、握る手に
思わずぐっと力が入った。
光が不意にふっと消えたと同時に
あたしは前へ躍り出る。
捉えたヒューマンは思ったよりも遠くにいたが、
許容の範囲内だ。
「なっ……!」
豆鉄砲を食らったような表情の男に向かって、
一直線に突っ込んでいく。
相手が気がついた時にはもう遅い。
柄頭を思い切り腹に一撃食らわせると
後ろに吹き飛び背中を地面に打ち付ける。
手で腹を押さえ悶える男に近づいて、
蔑視を込めた視線を送ってやった。
偉そうにしていたが、受け身すらとれないとは。
依頼であれば話は別だが、
こんな仕事で命を奪うまではしない。
打ち所が悪ければ最悪のことにはなるが、
呻き声を上げながら此方を睨む余裕はあるようだ。
「スツルム殿やるぅ!」
「…ちょっと早かったぞ」
「ごめんごめん!でも即席にしては良くできたでしょ?」
剣を鞘に収めながら振り向くと、
嬉しそうに口角を上げた奴が、
楽しげな足取りで駆け寄ってきた。
随分とご満悦な様子で男を見下ろし、
からかうように手を振っている。
確かに、取り決めもなにもしていないにしては、
上出来な部類だったと思う。
宝珠を一つ手元から離すのはリスクがあるが、
別の方法で計れば問題ないか。
それこそ何回か数をこなしていけば───。
気がつけば、そう自然と考えている自分がいた。
「はぁ……こいつが起き上がる前に行くぞ…………ドランク」
「はいはーい!………………………えっ!?待って待って!?今、名前呼んだ!?ちょっと待ってってばスツルム殿~!!」
喧しい声が追いかけてくるが、
足を止めることはしない。
自分の中に生まれた《なにか》が、
絶対に振り向くなと伝えていた。
「(……まぁ、盾くらいにはなる、だろう)」
ふと見上げた時に目に入った空は、
青く清らかに澄んでいる。
それは、まるで、今のあたしの心を
表しているかのような──。
………なんて馬鹿なことを思うのは、
きっとこいつの影響だ。
「スツルム殿はさ、どうして僕と組んでくれる気になったの?」
晴れ渡る青空は、あの日見上げた時と
同じような透明さで世界に広がっている。
それは、ドランクからの投げかけで
駆け巡った記憶が、そう思わせている
だけなのかもしれない。
乗り合いの騎空艇に向かう途中、
相棒が唐突にしてきた質問は
少し返答に悩むものだった。
どうしてコンビを組むことにしたのか。
一番初めに頭に思い浮かんだのは、
率直な感想だ。
『あれだけしつこく付きまとって
おいて何を言ってるんだこいつは』
組むと言わない限りずっとついて回るつもり
だっただろうが、この馬鹿。
あたしが根負けしたとは思っていないのか。
それとも十年以上前の記憶など忘れた、
という事だろうか。
どうでも良いことは覚えてるくせに、
そんな道理があるか。
呆れながらも、思索に耽る。
さて、この男はなんと答えれば納得するのか。
間違えると後が面倒なのだ、
ドランクというエルーンは。
お前がしつこかったから
………と言えば煩く喚くだろう。
あの時想像よりも上手く事が運んだから
………なんて言えば笑みがウザそうだ。
悪くないと思ったから
………は、話を飛躍しかねない。
良い盾になると思った。
それも間違いではないのだから
それでもいいだろう。
あの時、あいつだって万が一があれば
そうなるつもりだった…はずだ。
万が一というものは、あたしの腕では
あり得ないがそれは相棒も同じ認識だっただろう。
あの時、失敗するなんて微塵も
思っていない顔で笑っていた。
……あの瞬間から、既にドランクは
あたしのことを信頼していたと言うことか。
………物好きめ。
今は名が知れてしまったから、
もうあの作戦を使うことは減っていた。
ドランクがいるところにはあたしがいる。
それがこの世に浸透する認識になってしまった。
存在を知っている者は警戒する。
相手の隙を突きにくいが、
馬鹿にされるよりはマシだ。
別に誰がどう呼ぼうと、噂しようと、
あたしとこいつがやることは
これからも変わらない。
何度振り払っても追いかけてくる。
何度刺されても諦めない。
それこそ、殺しても死なないような奴だ。
いつでも傍にいるという信頼に……
……いやそこまでは言ってやる必要がない。
少し食らい喚かれてもいいだろう。
嘘はついてない。
これも理由の一つみたいなものだ。
心を固めたあたしは、
ゆっくりと口を開いた────。
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