小話36

温泉とドラスツ


「スツルム殿~見て見て~!」

どたどたと煩い足音と共に、
頭に響く騒がしい声が耳に届く。
ゆったりと瞑想をしている最中に聞きたい
ものではなく、思わず眉間に皺が寄った。
閉じていた目をスッと開き、傍らの剣を握って
声の主に向かって剣先を向ける。
不安定なベッドの上だが、狙いは定まっていた。
しかし、それに気がついた奴は寸でのところで
さっと避け、抗議の声を上げた。

「ちょっとちょっとスツルム殿!危ないでしょ!」
「うるさい!普段は大人しく刺されるくせに避けるな」
「ひっど~い!出迎えの一言くらいあっても良くない?」

ドランクの言う事も一理あり、
それを聞いて思わず舌打ちが溢れ落ちた。
買い出しを済ませて戻ってきたばかりの相方を、
少しくらい労ってもいいだろう。
だがその原因を作っているこはお前だろう、
と返したくなる衝動を抑えた。
あまりいい癖ではないが、こいつと行動を
共にし始めてから、喧しさを覚えると反射的に
偏屈な態度を取ってしまうようになった。
愛想がないと言われればそれまでだが、
そんなもの振りまいても得になりはしない。
むすっとした目線を向けてため息を吐くと、
気にも留めないドランクは
あたしの前に冊子を掲げてきた。

「温泉行こうよ~お・ん・せ・ん!」

ドランクは此方が口を開く前に、
掲げていた冊子をあたしの脚に落として、
そのままぼすんっとベッドの端に座り込んだ。
突拍子もない提案はいつものことだが、
今回ばかりは随分と勢いが良い。
興奮覚めやらない相方は、お喋りな口を
世話しなく動かし続ける。

「次の仕事終わったらさ~お休みはここで過ごさない?さっき団長さんたちにたまたま会ってね、この間行ってきたんだ~って話聞いてビビッときちゃった!でもさぁ~僕たちと団長さんの仲なんだから誘ってくれても良かったのにねぇ」
「誘われてもいけないだろ。仕事はどうした」
「も~スツルム殿ってばそんな冷めるようなこと言わないでよぉ!僕さ、それ見て………って、あれー?スツルム殿ー?聞いてるー?もしもーし?」

ドランクを無視してぱらりとページを
捲り冊子に目を通す。
どうやらこれはレヴィオン王国にある
温泉街のパンフレットのようだ。
目次を見てみると、温泉の効能から
名産品であるぶどうジュースの
紹介など幅広く網羅している。
あたしの意識をそちらに向けるとこを諦めた奴は、
何事もなかったかのように語り始めた。

「二人でユカタヴィラ着て街中散策しながら美味しいもの食べるのもいいけど、やっぱり温泉だよねぇ。湯けむりに包まれるスツルム殿を眺めながら、あったかいお湯に浸かってゆっくりお酒を嗜むのもいいなぁ~。頬を染めるスツルム殿と花見酒………え~想像しただけで最高じゃない……?もしかして僕ってば天才………?」
「……おい口から全部出てるぞ」

演技がかったその様に、あたしの気持ちは
どんどん冷めていく。
本人を目の前にして言う事じゃないだろうと
咎めれば、『聞かせてるんですぅ~』
なんて癪に障る口調で答えるから、
思い切り刺してやった。
近距離なら外しはしない。

突然の痛みに、相棒は腰かけていた
ベッドの端から落ち、床で悶え始める。
いい気味だ。

満足したあたしは、ふんっと鼻を鳴らして
剣を傍らに置き、ページの端を摘まんで捲る。
途中で目に入った「カップルにおすすめの施設!」
というページの端が折られていたので、
丁寧に戻してから読み進め、
目を通し追えたところでポツリと呟く。

「第一、お前とあたしじゃ一緒に入れないだろ」

風呂というものは基本的に性別分かれて入る。
だからこいつの妄想は全て世迷い言だ。
現実を突きつけないと理解しない男だとは
思っていなかったが、浮かれると
ここまで馬鹿になるとは思っていなかった。
解りきっていること、別に望んでいるわけではないのに、少しだけ心の底が冷えた気持ちになる。

「実はね、家族風呂っていうのがあるんだって」

いつの間にか復活したドランクが、
ベッドに片肘をついてこちらを見上げていた。
もう片方の手は腰を擦っている所から察するに、
苛立ちに力が入りすぎたらしい。
あたしの手元にある冊子をパラパラと捲り、
到着したのは上部が折られたあのページだった。
あいつが指した先は、大きく特集されている
場所ではなく、下の方に小さく載っている温泉だ。

「『家族皆で入れるお風呂、カップルの方も大歓迎』……?」
「ね?ね?これよくない?」

ドランクの指先が甘えるように円を描く。
確かにあたしとこいつの《関係性》なら
問題はない、というのはわかる。
だが、流石に恥ずかしくないか……?
露天と書いてあるから野外だ。
別にドランクと二人きりだから
誰に見られるわけでもないが、
気分的に落ち着かない。

「…………駄目?先月の仕事、僕頑張ったんだけどな~?」

その一言に、余計なことを思い出す。
そうだった、先月はやたらドランクの調子がよく、
それを褒めろと煩かったのだが、
仕事中だからと一蹴しまくったのだった。
根に持っているな、こいつ。

仕事で成果を出すのは当たり前だろと思う自分と、
ちょっとくらいは認めてもいいんじゃないかと
思う自分のせめぎあい。
こんなの、理性が負けるに決まってる。
数秒の後出た答えに、あいつは
溢れんばかりの笑みを浮かべた───。

3時のおやつ

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