小話35

しゃっくり。

ビクンッと跳ねる心臓。
それによって上下する肩。
自分の意思とは関係なく漏れ出す声。
押さえることの出来ない振動が僕を襲っていた。

「ヒック……スツルム殿どうしよう~止まらないよ~」
「知るか」
「え~冷たい…ヒック………なぁ」

傍らの相方に縋ってみたが、
なんともそっけない返事。
そのくらいでは驚くもできない。
だっていつも通りの光景だ。
噓泣きも通用する気配がない。
ただ深いため息だけが木霊した。

島から島への移動途中、個室の客室には
僕とスツルム殿しかいない。
そんな状況なのだから、少しくらい
構ってくれてもいいのに。
空いていた距離を詰めて甘えるように密着する。
肘で牽制しても意味ないよスツルム殿。
窓側を陣取った君に逃げ場はないよ。

「スツルム殿だって僕が死ん……ヒック……じゃったら困るでしょ!」
「はぁ?」
「知らない?しゃっくりって……ヒック……100回すると死んじゃうんだよ~?」

あ、ちょっとだけ瞳孔が開いた。
あまり変化の見られないスツルム殿の、
ほんのちょっとの動きすら僕は気が付いてしまう。
ふふっ……愛ってやつだよね~。
よく聞く迷信だけど、スツルム殿は
知らなかったみたい。
本当に死ぬなんて思ってないけれど、
これでちょっとくらいは構ってもらえそうだ。
気分を良くした僕の肩がまたビクンッと揺れる。
それを見たスツルム殿は小さく口を開いて呟く。

「それは、困る」

そう発した後、彼女はムッとした表情で
きゅっと眉を顰めた。
そのまま黙りこくるスツルム殿を
僕は思わず凝視する。

……えっ何それ何それ。
そんな反応するなんて想定外だ。
僕が死んだら困るの?
それってどういう意味で?
困る……ってことはしゃっくり止めるの
手伝ってって言ったら了承してくれたりする?
スツルム殿からチューしてくれたら止まるかも~?
……なんておねだりしても信じたり?
今ならいけそうじゃない?
だって困るんだもんね??

え~~~~そうなったらさぁ……
どこまでやってくれるか試したいよねぇ……。
なーんて邪な気持ちが顔を出す。
ちょっとくらい、ちょっとくらいは
イケるんじゃない?
あぁもう、が多すぎる。
グルグルと思考を巡らせていると、
彼女が小さく僕の名前を呼んだ。

「………ドランク」
「スツルム殿なぁに?」
「止まったみたいだな」

その言葉にぱちぱちと瞬きを数回。
自分の体を見下ろして胸に手を当てる。
数秒経っても、跳ねることはない。
彼女の指摘通りだった。

「……………あー…ほんとだね」

なんでもない風を装ってにこっと笑うと、
スツルム殿は興味を失ったようで、
窓の外に視線を移した。

そうだよね、めちゃくちゃ驚いたもんね、僕。
あ~失敗したなぁ。
また出ないかなぁ、しゃっくり。
合法的にスツルム殿に心配して
もらえるなんて滅多にない。
それに、この嘘はまだまだ使えそうだ。
次までに色々と考えておかなきゃ。

ふっふっ…と笑い声が漏れそうなのを
必死で抑えていると隣からひゃくりと
小さな可愛らしい呻き声が聞こえた――。

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