小話34

コンビ組んだばかりのお正月

コン コン

控えめなノックが静かな廊下に反響する。
数秒すればその音は消え、聞こえるのは
窓に当たる雨の音だけ。
音のする方へちらりと視線を向ければ、
白い粒が混じり始めているではないか。
道理で指先の感覚が鈍くなるわけだ。
冷えた空気が充満する空間に
一分一秒でもいたくないが、
部屋の主はまだ顔を見せてくれない。
時刻はもうすぐ夜の九時。
まだ寝るには早い時間だろう。
僕はもう一度目の前の扉を、
今度は少しだけ強めに叩いた。

コン コン コン

乾燥した空気のせいか軽快な木の音が響く。
我ながら、誰にでも聞き取りやすい
ノックを鳴らせている。
街のお偉いさんとか昔ながらの人達って、
なんでか変なマナーを気にするよねぇ。
幼い頃に叩き込まれた数々の躾を思い出し
暗い気持ちが宿るが、振り払って
扉をじっと見つめる。
これなら中にいる彼女にも届いていることだろう。
……しかしながら、中から物音ひとつしない。
それなら…と肺の中から空気を吐いたのち、
すっと手を翳した。

コン コン コン コン コン コン コン

スナップを利かせ、連続してリズミカルに
叩き続けると、ニ十回目ほどで、扉が開いた。
振り下ろした甲に、ちょうど当たって少し痛い。
ぶつかったところを痛がっていると、
数センチの隙間から、訝し気な目線を
送っているスツルム殿と目が合った。
にっこり笑って手を振ると、
彼女の眼光が一層鋭くなる。
そんな顔しなくてもいいじゃ~ん。
可愛いお顔が台無しだよ?という言葉を
キュッと結んだ口の中で飲み込んだ。

「喧しい」
「ごめーん!スツルム殿聞こえてないみたいだったから、つい多めに叩いちゃった~」
「何の用だ。手短に話せ」
「ちょっと一杯どうかな~?って思って」

すっと僕が手を掲げると、それにつられて
スツルム殿の視線も上がる。
……上目遣いっていいものだ。
ちょっかいをかけ続けてコンビを
組んだものだから、彼女は滅多に目を合わせて
くれないし、相槌を打ってくれることも稀だ。
まだまだ信頼が足りない僕が、今この時、
貴重な時間を過ごしていることに気が付いて、
ちょびっとだけ悲しくなってしまった。
そっとつま先をドアの端に当てつつ、
僕は話を続けた。

「スツルム殿ってば僕を生贄にして宴会寄らずに帰っちゃったじゃない?だから雇い主さんがどーぞだって」

本年一発目のお仕事は神社の警備だった。
仕事納めも仕事始めもごっちゃになった年末年始。
酒に酔った客同士の喧嘩を仲裁したり、
人混みで親と離れてしまった子供の世話をしたり、
町に降りてきた魔物の討伐をしたり。
気がつけば年を越していたし、
三が日もあっという間に流れていった。
彼女のいつもの過ごし方がわからないから
ダメ元で仕事を入れてみたが、予想に反して
文句を言わずに最後までこなしてくれた。
やっと落ち着いた頃に開かれた宴会に
一人寂しく参加させられたことに
怒ってるわけではないけど、
ちょっとくらい付き合ってくれてもいいよね?
とは思ってる。
興味がないと一蹴して帰ってしまった
彼女の代わりに、名を売るべく頑張った僕へ
少しばかりのお年玉を貰いたいのだ。

「いらん。お前一人で飲めばいい」
「え~どうせなら一緒に飲もうよぉ。このお酒、温めるといいっていうから専用の入れ物貰ってきたんだ~。それに……会場にあったおつまみとかお肉料理とかも拝借してきたよ?」

お肉料理。
その一言にスツルム殿の耳がピクリと動いた。
数カ月共に過ごして、彼女の好物が
肉料理だと言うことは把握済みだ。
スツルム殿は今、頭の中で天秤に
掛けていることだろう。
トドメを刺すべく冷めても美味しいの一言を
添えれば、『わかった』という短い返事。
それを聞いてパッと笑顔を咲かせてから、
『部屋で待ってるね』とだけ伝えて、
足の先をスッと引き、足取り軽やかに歩き出す。

数歩先の扉を開けていそいそと中に戻ると、
湿気の多い空気に包まれた。
備え付けのストーブの上には、
小さな鍋にコポコポと沸騰したお湯。
備え付けのテーブルには、
綺麗に並んだ鶏のチャーシューと、
手作りだというおかき。
空いたスペースに鍋をおろして、
借りた徳利という入れ物に酒を注いでから
ちゃぷり……と浸からせる。

これを見たスツルム殿はどんな顔をするだろう。
気に入ってくれるだろうか。
それともイマイチな反応だろうか。

彼女のことはまだまだ知らないことばかり。
だって僕らはまだ出会ったばかりだ。
好きなもの。嫌いなもの。
大切にしていること。
彼女自身のこと。

全て知ろうとは思ってない。
これからの彼女との時間を覚える方が大切だから。
少しずつ少しずつ、距離を詰めながらゆっくりと。

いつか名のある傭兵コンビとして、
彼女の隣を歩く。
そんな未来を夢見てもいいよね?

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