小話33

勢いで書いたプロポーズ(もどき)

「しゅちゅるむどの~たっらいま~」

寒風を纏った耳障りな呼び名に、
眉間の皺が思わず深くなる。
ふわりと香るカツウォヌスの出汁を纏った相方は、
いつもの四割増しでふにゃふにゃとだらしがない。
呂律も回ってないし、足取りもおぼついていない。
グランサイファーに乗っている
喧しいエルーン三人組と飲みに行ってくると
出ていったのが5時間前のこと。
それから今の今まで酒を浴びていたのだろうか。
日を跨がなかったのが奇跡なくらいだ。

呆れて何も言えずにいるあたしを気にも留めず、
ドランクはご機嫌な様子で鼻歌を歌いながら
こちらへ近寄ってくる。
靴をポイポイと脱いで、ジャケットを
適当に椅子の背へ投げる。
皺になっても知らないからなと思いながらも、
口には出さなかった。
言っても無駄、そう本能が告げていた。

ゆっくりとベッドの端に立ったドランクは、
勢いをつけてこちらへ飛び込んできた。
さっと身を引き避ければ、奴を受け止めた
ベッドが上下に揺れる。
香ばしさに酒の匂いが混じって気分が悪い。
こんな奴のために、あたしは就寝時間を
遅らせてまで起きていたのか。
……いや別に待っていたとか、そんなんじゃない。
ただ、この部屋にベッドは一つだけなのだ。
寝に入ったのに、帰ってきたドランクに
起こされるのも癪だと思っただけ。
あたしの安眠のため、ただそれだけだ。
誰が聞いてるわけでもないのに、
心の中で言い訳が零れた。

距離を取ってから不機嫌な視線を送ると、
ドランクはごろんごろんと
身を転がして距離を詰めてくる。
あたしの真横で止まった奴の腕が足に纏わりつく。
冷たい手で触れられた太ももがピクリと反応示すと、調子に乗った奴の手がするすると登ってくる。
酔っぱらいの相手なんて冗談じゃない
とばかりには剥がそう試みるが、
こういう時ほどうまく事は進まないものだ。

「しゅつるむどの~」
「寄るな、触るな、酒臭い」
「え~そんなこと言わないでよぉ!僕ら最高のコンビでしょぉ」
「知らん。こんな酔っぱらい相方にした覚えはない」
「だってぇ~~恋バナしてたらお酒がさぁ~美味しくってぇ」

あぁウザいウザい。いつもの五割増しでウザい。
何が恋バナだ、男四人揃って。
そんな話してるくらいなら
仕事の一つでも取ってこい。
纏わりつくドランクを押しても、ビクとも
しないせいで、怒りのメーターが上がっていく。
なんでこんな時ばっかり力が強いんだ。
暫く格闘していると、喧しい声がピタリと止む。
ちらりと視線を向ければ、
焦点の合わない虚ろな目でこちらを見上げている
ドランクと目が合った。
酔った時特有のとろんとした瞳を細めて、
奴はゆっくりと口角を上げた。
何がそんなに嬉しいのか。
頭に血が上ってるあたしには見当もつかなかった。

「やっぱり眩しいなぁ………」
「は?」
「スツルム殿が……眩しくて仕方ないんだぁ…僕……変かな?」
「変だな」
「えぇ~?」

なんだ、ついに酔いが回りすぎて
眼球にまで支障をきたしたか?
いや、口が回るようになった分、
目が酔ってきたの間違いか。
それか天井の明かりが被って
そう見えているだけだろう。
嬉しそうに笑うドランクの隣で、
困惑の表情を浮かべる自分。
もうすぐ日付も変わるというのに、
何をしているのだろうか。
急に馬鹿らしくなって、
強ばっていた体から力が抜ける。
引っ張られる自分の体が、ベッドの中に
入っていくのを止めることすらも面倒だ。
抱き枕にされた己は、疲労感に包まれていた。

「ねぇねぇ~スツルム殿~」
「なんだ……」
「大切にするからぁ……その報酬として~僕とゴールイン!」
「………は?」
「今のどう~?」

どう………と言われても意味がわからない。
何を言っているのか全く理解が出来なかった。

「皆とねぇ……プロポーズの話になってぇ………」
「はぁ……」
「色々考えたんだぁ………」

頭をぐりぐりと擦り付けながら
甘えるような声で呟くドランクに、
胸の奥できゅっと締め付けるような感覚がした。
滅茶苦茶な言葉だったのに、
意味を聞いただけで鼓動が早くなる。
耳の良いこいつが酔っていて良かった。
自分の中で、心臓が煩くて仕方なかった。

「ちゃんと考えるから………覚悟してねぇ~……………」
「覚悟って……………おい、ドランク?」
「ん~………」

満足したのかそのまま寝息を立て始めた相方に、
はぁ~……と長めのため息を吐いた。
覚悟…とはなんだ。
夜の冷たい空気に触れていたはずの頬が、
かぁっと熱くなる。
いつ言われるかわからない状態で、
日常生活に戻れと言うもどかしさ。
………どうせならばらさずにやれ。
なんでこんな時ばかりお前は詰めが甘いんだ。

「……覚えてろよ」

寝こけるドランクの頬をつねると、
幸せそうにへらりと笑った。
いつもの三割増しで可愛………いやなんでもない。
力の抜けた腕から抜け出し、
電気を消してそっと胸元に潜り込む。
触れる体温の温もりに包まれて、
まだ見ぬ未来の様子を思い描く。
ふわりと口角をあげながら、
夢の中に落ちていったあたしの見る景色は、
きっと幸せな色をしているだろう──。






翌朝、寝起きのあたしを土下座で出迎えたドランクは、いつもの六割増しで格好悪かった。

「………お前は本当に格好が付かないな」

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