小話32

ドナとスツルム殿。
※いい夫婦の日として書き始めたけれど
 ドランク不在です。

「ドランクのどこが好きなんだい?」

二人きりの部屋に響く唐突な質問に、
スツルムは眉を顰めてこちらを睨んだ。
あたしの問いに答えることなく
麦酒を傾ける姿は、相も変わらず愛想がない。
数年来の付き合いから、機嫌が急降下
したことは察すれた。
だけれど、酒の入ったせいもあって、
あたしの口は動き続ける。

「スツルム~?もしかして酔ってて聞こえないのかい?」
「馬鹿も休みやすみ言え。これくらいで酔うわけないだろ」
「じゃあ教えてくれるよね?」

テーブルに置かれたナッツの皮を剥きながら、
にこりと笑って話を続けた。
折れる気配のないあたしへじとりとした
目線を向けたスツルムは、
面倒くさそうにため息を吐いてから
つまみを口に放り込んだ。

「別に誰にも聞かれてないんだからいいだろう?減るもんじゃないし」
「……お前、本当にあいつと似てるな」
「えぇ?」

呆れた声で呟いてからふっと下げた視線は、
ジョッキを掴む左手に注がれた。
薬指に填められた指輪は、表面が綺麗に
光っているが、妙に馴染んで見える。
それをゆっくりと右手の指で撫でたスツルムは、
愛おしそうに瞳を細めて、
ほんの少しだけ口角を上げた。

「……あいつの隣にいると、なんとなく落ち着く…それだけだ」

零れた言葉の柔らかさに、思わず手元に力が入る。
パキッといい音を立てて割れた殻から、
中身が飛び出て机の上を転がっていく。
ひょいと拾って口に放り込み、
奥歯でゆっくり噛み砕く。
新婚だと言うのに、まるで長年
連れ添った夫婦のような反応。
照れもせず怒りもしないその姿に掻き乱された
私の複雑な心中を察して欲しい。

数日前スツルムから結婚をすると報告された時、
大事な娘を取られた気分になった。
ドランクとコンビを組み始めたと言われた時も、
どこか寂しい気持ちになったことを思い出す。
誰かに頼れるようになれとは言ったが、正反対の
二人がまさか恋仲になるとは考えもしなかった。

だから少しだけからかってやろうと
思っただけなのに、逆にダメージを
負うことになったのは計算外だ。
これから先、この愛らしい表情を
あの男が独り占めするのか。
スツルムは苛立ちや怒り以外の感情を
めったに表すタイプではない。
その貴重な一瞬を隣で眺められるのは
なんと幸せなことだろう。

昔の無骨な姿がどこか懐かしい。
あの頃は、《こんなこと》になるなんて
思ってもみなかった。
過去の記憶が走馬灯のように駆け巡る。
妹のように可愛がっていた存在が、
遠くへ行ってしまう感覚に胸が震えた。

自分の信念に真っ直ぐで、そこら辺の男よりも
剣の腕が立ち、群れることを好まなかった
孤高の傭兵は、もうどこにもいない。

でも、悪くない未来だ。

幸せそうな姿を見たら、心の底からそう思う。
寂しさと喜びが混じる胸中は穏やかではないが、
彼女の幸せを願わないわけがないのだ。

それに、傭兵業を捨てるわけじゃない。
いや、あのエルーンの隣にいる限り、
彼女は剣を奮い続けることだろう。
そうしたら、あたしの願いも
いつかは叶うかもしれない。

可愛らしい彼女の姿を肴にして飲み込んだ麦酒は、
いつもより少しだけ苦味が増している気がした─。

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