小話30
駄々こねてるドランクと振り回されスツルム殿
「やだやだやだ!やっぱり僕も行くぅ!」
大きい子供。
その皮肉が世界一似合う男に
背後で駄々を捏ねられている。
腰に回された腕が鬱陶しいが、
首元を掠める髪のほうがもっと鬱陶しい。
ぐりぐりと肩に擦り付けられる頭を、
手のひらで押すがびくともしない。
自分にしては珍しく、身に着けている服が
皺になる心配をしてしまう。
これから行くのは貴族の家だ。
身なりがしっかりしていないと意味がない。
こいつが共に来れないのは、女の使用人しか
募集されていなかったからだ。
女ばかりを囲んでいると噂通りの人物
なのだから仕方がない。
今回の依頼は、その人物周辺の素行調査だ。
外からでも出来るが、中に入って
色々調べたほうが手っ取り早い。
だから、あたし一人で行くことにした。
それが理解出来ても納得は出来ない男のせいで、
現在進行形でこのザマだ。
鏡越しに送られる恨めしい視線を無視して、
胸元のリボンを整える。
普段付けなれない装飾は、
どうも形が上手く作れない。
本来ならこういうのはドランクのほうが得意だ。
代われるものなら代わりたいが、
今回ばかりは無理なのだ。
だからそんな目で見ても、
あたしの意思は変わらない。
「いいから大人しくここで待ってろ」
「でもでも一人じゃ何かあった時に危険だよぉ……もう少し別の方法考えよ~?」
「これが一番の近道だってお前もわかってるだろ」
漏れたため息は、この数時間で
何回吐いたかわからない。
この服だって好き好んで着ているわけでもない。
仕事のためだ。
給仕の服はやけに丈が長く動きが取りにくい。
利点は武器を隠し持てそうな
ところだけだと思ってしまうほどだ。
ただでさえストレスが溜まるのに、
こいつの面倒さが加わったものだから、
怒りのピークはすぐにでも頂点に
達してしまいそうだった。
「う~~……あっ!じゃあ僕も女装してついて行くとか?」
「お前な…その声と図体で女は無理あるぞ」
「そんな真顔で言わないでスツルム殿…。……あーあ僕の方が絶対にスツルム殿より乙女心がわかるのにぃ…痛っでぇ!」
「そのまま女にしてやろうか」
「冗談だよぉ…」
怒りに任せて足をすっと上げ思い切り落とせば、
情けない声が上がる。
腕の力は弱まったが、離れることはない。
随分と強固な意思を持っているようだが、
呟いた言葉に覇気は感じられなかった。
何と言えば大人しく従うのか。
万人に効く魔法の言葉など存在しない。
でも、あたしの言葉はこいつに効く。
くるっと体を後ろに反転させると、
耳がへりょりと下がったドランクと目が合った。
あたしに合わせて少しだけ屈んだ頭を
わしゃわしゃと書き乱す。
突然の乱心に慌てるドランクの様子を見て
己の溜飲が少しだけ下がった。
パッと頭から手を離して、お次は頬を
両手でパチリと押さえ込む。
目と目を合わせて、幼い子供に言い聞かせるように
静かな声でゆっくりと語りかける。
「……お前の事、ちゃんと男として見てやってるんだから………静かに留守番してろ」
豆鉄砲を食らったような顔は、
段々とその言葉の意味を理解したようで、
頬に明るさを宿しながら口角を上がっていく。
見るからに活力が戻るその様子に、
思わず視線を外してしまった。
…くそっ、失言だった。
もっと違う言葉があったに違いない。
それでも口に出した言葉は戻らない。
嬉しそうに纏わりついてくるドランクを
見ると心の底からそう思った。
「危ないと思ったらちゃんと逃げてきてね?」
「あぁ」
「変なお誘いは受けちゃダメだよ?」
「あたしは子供じゃない」
「……僕だってスツルム殿のこと女性だと思って言ってるからね?」
茶化すような声色が少しだけ真剣さを孕んだ声に
変わったせいで、心臓がドクリと跳ねた。
そんなの、わかってる。
だから一人で行かせたくないことも理解している。
……だけど、あたしだって納得はしてないだけだ。
傭兵としてそれなりに仕事をこなしてきた。
勿論、ドランクとの連携が上手くいって
いたからこそ成り立ってきた。
でも、これくらいなら一人でも大丈夫だ。
自分に言い聞かせるように、
心の中で言葉を反芻させた。
「まぁ………それ以上にスツルム殿は強くてかっこいい僕の相方だって思ってるけど!」
明るさを戻したドランクは、
あたしの手を取ってふわりと微笑んだ。
引っ付けたような嘘臭い笑みではない、
自然な表情に真っ直ぐ素直な言葉。
……あぁ、お前から貰う言葉が一番心に効く。
嘘ばっかりな癖に、こんな時はそれもなしだ。
大きく息をすって、心をすっと落ち着ける。
その期待に裏切らぬように、
いつもの自分であり続けなければ。
大人しく待っているお前のためにも、な。
0コメント