小話28
風邪っぴきドランク(ほぼ会話ないです)
熱い、熱い。
身体が燃えているように熱い。
吐き出す息も流れる血潮も何もかも、
全てが熱くて仕方ない。
ベタつく汗を吸いとった寝巻きが、
肌に張り付いて気持ち悪い。
少し動かすだけでヒビが入るような感覚が
頭を走ってしまう。
唸っていたら、頭の上に重みのある
物体が乗せられた。
氷同士のぶつかる音が、耳のそばで
聞こえてこそばゆい。
でもそこから伝わる冷気が心地よくて、
瞳を閉じて深呼吸した。
薄く目を開けると、見慣れた赤色が
視界を掠める。
彼女がそばに居る。嬉しい。
氷嚢を乗せてくれたのかな?嬉しい。
嬉しいけれど、カッコ悪い姿を
見せるのは恥ずかしい。
それに、スツルム殿に臭いと
思われてるんじゃないかって気が気じゃない。
熱の出始めだった昨日は、
入浴することが叶わなかった。
いやそれは仕方ないことだけど、
隣にスツルム殿がいるのは問題だ。
あっ、スツルム殿自体に
問題があるわけじゃないよ?
どこにも行かず隣にいてくれて嬉しい。
………これさっきも思ったな。
でも居るだけで心強い存在
だからさスツルム殿って。
……だけど、僕が汚いのが問題なわけで。
今日も身を清めることは難しそうだから、
明日の朝が怖いな。
スツルム殿、そんなに近くに居なくていいよ。
風邪が移ると悪いし、僕は一人でも問題ないから。
そんな気持ちを込めて、力なく手を伸ばす。
すると、震える指先が
ふわりとなにかに包まれた。
もしかしてスツルム殿が握ってくれてる?
いやいや、そんなまさか。
……でも、この温かさは凄く好きだな。
昔、おばあちゃんが看病してくれた時の事を
ふと思い出す。
両親は僕が熱を出しても関心を
示してくれなかったから、
そばに居てくれたのはいつもおばあちゃんだった。
寂しいだろうからって手を握ってくれて、
頭を撫でて『大丈夫だよ』って
声を掛けてくれる。
その優しい声が、大好きだった。
口から溢れる言葉が聞き取れない。
あれ?僕今何て言った?
わからないけど………
眠たくてそれどころじゃないみたい……。
沈む意識は熱の海に飛び込んで、
ふわりふわりと漂い始めた──。
………………
……………
………
ぱちっと開けた目に飛び込んできた無機質な天井。
むくりと身体を起こすと、布の塊が
視界を通りすぎてぼとりと落ちた。
熱は綺麗さっぱりなくなったみたいで、
頭を動かしても痛みはない。
妙に爽やかな気分になる朝だった。
首を横に振って彼女を探すが、気配はない。
部屋に備え付けてあるベッドは、
自分が居座っている物のみだから、
別の部屋で身を休めているのだろう。
朝一番に、あの綺麗な赤色が見れないのは
少し寂しいが、今の僕にはちょうど良い。
とにかく身を清めなければとベッドを降り立った
その瞬間、部屋の入り口から名前を呼ぶ声が届く。
「………病人が何してるんだ」
「スツルム殿………あー…汗が気持ち悪かったからシャワー浴びようと思って……」
視線を泳がせながら喋る僕に、
スツルム殿は『そうか』だけ呟いて、
深堀はしてこない。
気まずい雰囲気が部屋の中に流れて、
妙に居心地が悪い。
浴室に行こうにも、その道はスツルム殿に
塞がれて、僕も身動きが取れないに陥る。
さて、どうしよう。
……あ、まずスツルム殿にお礼を言うべきだった。
ずっと看病しててくれたんだもんね。
意を決して口を開けると、
先に言葉を発したのはスツルム殿だった。
「昨日の………」
「……昨日?」
「……………いや、なんでもない」
反らされた目線を不思議に感じながらも、
一旦口を閉じる。
それでもどうしても気になって、
ほんのり赤い頬を指摘すると、
こちらを向いた視線に黙らざるを得なくなった。
………えっ、待って?
昨日の僕は何をやらかしたの?
もしかして、風邪が移るようなこと
しちゃったとか!?
いやそれはないでしょ、だって病人だよ僕は?
それでも、目の前にいるスツルム殿は
明らかに照れているわけだ、僕の目の前で。
身に覚えてなさすぎて、昨日とは別の汗が
背中を流れる感覚に苛まれる。
因に、その答えを知ることが出来るのは、
当分先の話になる。
そんなことを知るよしもないから、
昨日の自分を恨みながら、
今日の自分の一日が始まった──。
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