小話27

2021年9月古戦場お疲れ様でした記念。
食べ放題行くドラスツ。

「お疲れ様ドランク!スツルムにもよろしく伝えておいて!それと、明日は楽しんでね!」
「団長さんもお疲れ様~、おやすみなさ~い」

早口で御礼をのべた彼女は、僕の台詞を
最後まで聞かずに次の部屋へと歩を進める。
その様子をドアから身を乗り出して見送った後、
スッと体を戻すと同時に部屋の扉をパタリと閉めた。
ガチャン、と鍵が大きな音を立てると、
途端に身体から力が抜けていく。
船がぐらりと揺れたことにより、
おでこが扉にゴツンとぶつかったが、
そんなの気にならないくらい力が入らない。
それでも、このままここにいるわけにもいかないだろう。
辛うじて残っている力を振り絞り、
拙い足取りで部屋の中に戻ってから、
目に入った備え付けのソファにどさっと身を投げ出した。

疲れた。本当に疲れた。
開いた口から魂が出ていきそうなくらい疲れた。

今回の依頼はとある島の魔物狩りを手伝って欲しいという、
戦闘要因としてお声がかかった仕事だった。
馴染みの騎空団であるグランサイファーの
団長さんからきたご指名だ。
出会ったときは敵同士だったのに、
今ではすっかり常連さんなんだよねぇ。
まぁ~?僕とスツルム殿のコンビネーションってば
バッチリだもんねぇ。
そりゃ声をかけたくなる気持ちもわかる!

今回はいつもより報酬を上乗せするし、おまけもつけるよ、
なんて甘い言葉を言われたら、
二つ返事で了承してしまうものだろう。
その言葉の裏には、数日間に及ぶ激しい肉体労働が
待ち受けていたわけだけど……。

いや本当に予想外だったのだ。
ここまで疲れると思っていなかった。
実はこの仕事、初めて誘われる訳じゃない。

ある一定期間にしか現れない魔物を狩ることができる島は、
この空では有名な存在だ。
運営元は不明だが、討伐数に応じて報酬が上がる仕組みで、
中には貴重な武器が入手できるとあって、
数多くの騎空団が参加している。
その時その時で魔物の属性が違うから、僕らが得意な
相手の時はお声をかけて貰ってお手伝いをしていた。

だからこそ、あぁいつものね!……って思ったわけだけど、
なぜか上乗せって言葉が出た時点で、
もうちょっと確認するべきだったよね。
しかしながら、あの団長さんがこんなに成長するなんて、
時の流れは早いねぇ。
……あれ、出会ってからそんなに経ってない気がするけど?
……まっ、いっか。

やたらとはりきっていた今回の討伐は、
時間の許す限りエンドレスに狩りまくった。
討伐できる朝早くから団長さんが眠くなる夜遅くまで、
何時間にも及ぶ戦いが繰り広げられた。
途中で食事を取る時間は設けたけれどそれも微々たるものだ。
次から次へと現れる魔物と対峙して、休む暇無く次の敵へ。
スツルム殿にバリアを張ったり、
相手の防御力を下げたりと実に目まぐるしかった。

それも今日で終わり。無事に契約終了だ。
団長さんは満足いくまで討伐できたようで喜んでいたし、
足取りも元気そうだったけど、僕は身体が休息を欲している。
そう認識した瞬間に、頭のてっぺんから爪先まで、
液体になるのではと思うほど脱力してしまう。
一ミリも動きたくない。今日はここで寝てしまいたい。
そんな欲求は、『みっともないぞ』という
スツルム殿の声に掻き消される。
力を振り絞って声の方に顔を向けると、
彼女は既にリラックスした格好に着替えて、
ベッドの上で剣の手入れに勤しんでいる。
今回の依頼、サポートが多かった僕よりも
敵を切りまくったスツルム殿のほうが
疲れている筈なのに、それを感じさせないところは流石だ。

「スツルム殿ぉ~起こしてぇ~」

だけどそれとこれとは話が別。
隙あらば構って欲しいの、僕は。
駄々をこねるように彼女に甘えた声を掛けても、
此方に視線を向けてくれもしてくれない。
彼女の目は、自分自身の剣に注がれて、真剣そのものだ。

……いいさ、その視線も、明日は僕が独り占めだ。

少しだけ重たそうな瞼を見つめながら、
鞄に忍ばせてある二枚のチケットに思いを馳せる。
にんまりと上がった口角に気づかれることなく、
僕らの夜は更けていった―――。

「…おい、まだ着かないのか……」
「もうちょっとだから頑張ってスツルム殿~」

隣を歩く相方は、今日は一段と愛想がない。
それは武器を持ってくることを禁じたせいなのか、
僕が用意した服が気に食わなかったのか。
どちらかと言えば後者だろうが、
今日ばかりは我慢して欲しい。

僕らは今、依頼を終えた労いも兼ねた
昼食場所に向かっている最中だ。
団長さんご一行とはこの島の入り口まで
送って貰いお別れして、まっすぐに宿に向かった僕に、
スツルム殿はやけに疑った視線を向けた。
部屋に入り着替えを渡すと、ほら見たことかと
言わんばかりに眉間に皺を寄せていたが、
どうにか宥めて連れ出すことに成功する。
本当は手の一つでも繋ぎたいが、これ以上
機嫌を損ねるのは得策ではない。
自分の欲望を抑え込んでいると、
目的地を示す幟が、ヒラヒラと風に舞っている
様子が目に飛び込んできた。

「スツルム殿着いたよ~!あそこあそこ!」
「……食べ放題?」

明るく努めて声を掛けても、風になびく文字を
読み上げる声の低さは変わらない。
そりゃそうだよね、予想してないもんね。
でも僕としてはここまで計算済み。予定通りだ。
別に怒らせたいわけじゃないよ?
スツルム殿の冷ややかな目線は嫌いじゃないけどね。
立ち止まる彼女の手を取って、
お店の前まで引っ張って入り口の前でピタリと止まる。

「お前……あたしに美味しい肉が食えるって言わなかったか?」
「いや~お怒りはご尤もですが……ほらほらあれ見てよ~」

僕が指さした先にあるのはお店の壁に貼られたチラシだ。
デカデカと真ん中に描かれたローストビーフの塊肉。
その周りにはステーキ、ハンバーグ、鶏の唐揚げと
まさに大盤振る舞いだ。
わざわざ連れてくるのに、僕がスツルム殿の好みを
反映させないわけないじゃないか。

「ここ最近話題のお店なんだよ~。今ね、ミートフェスタやってるんだって!スツルム殿はガツっと食べたいタイプだから、こういうちょこちょこってよそう所あんまり好まないだろうけど、肉のお祭り中だからって団長さんがチケットくれてさ」

スッとチケットを出しても、スツルム殿は
此方を全く見ず、チラシを見上げて微動だにしない。
その様子はまさに首ったけといった感じだけれど、
流石に声くらいは届くだろう。
僕はダメ押しとばかりに言葉を続けた。

「僕が調べた情報によると~色々な島の肉料理が大集結!食材も産地直送の新鮮な肉を使ってて……ってスツルム殿!?」

僕の言葉を遮って、スツルム殿は店の中に歩を進める。
力強い歩みは予想以上だ。
手が握られていることも忘れて、
中に入ろうとするところを見るに、
楽しみにしている様子がわかる。

「いくぞ」
「も~最後まで聞いてよぉ!」

置いて行かれて困った声を上げる僕だが、
嬉しい声色は隠せそうにない。
まっ、バレても全然構わないんだけど!


店内に入るとお昼時と言うこともあり、
席が空くのを待っている人が列を成していた。
外に人がいないから油断していたが、
よくよく考えれば当たり前だ。
僕たちに気がついて出迎えた店員さんにチケットを渡すと、
優待券だからすぐに席を用意できると告げられる。

そんなに良いものを貰ったのか…。
知らなかった振りなんて格好の悪いことは出来ないから、
あくまで予定通りを装って、
スツルム殿に行こう、と声を掛けた。

席に向かう途中、並んでいる料理をついつい物色してしまう。
取れたてと思われる海鮮や新鮮な野菜のサラダ、
綺麗に並んだスイーツまで多種多様だ。
通された席はちょうど良く肉料理のテーブルに
近いところに配置されていた。
ミートフェスタと銘打っているだけあって、
肉料理の一角は広い。
目の前の席に座ったスツルム殿から、そわそわとした
空気を感じた僕はそっと声を掛けた。

「僕はここで待ってるから、先にどうぞ?」

その言葉にこくりと頷き、一直線に
肉の海に飛び込むスツルム殿の背中を見送る。
いつもは表情の読めない彼女が、あんなにも
わかりやすく喜んでくれるなんて、連れてきて良かった。
団長さんにも感謝しないと。
まだ次もよろしくお願いしますと、心の中で手を合わせた。

じっと彼女を観察していると、ウェイターさんに
声を掛けられ、飲み物を勧められる。
お酒も提供していると言われて、麦酒を二つ頼むと
数分待たずにテーブルに運ばれてくる。
縦長の細いグラスに注がれたビールはなんともお洒落だ。
ウェイターさんが下がるのと同じタイミングで、
お皿に戦利品をたくさん乗せたスツルム殿が戻ってきた。

席に着くのを見届けてから、グラスを手に取り乾杯を促す。
いつの間にか置かれるグラスに驚きもせず、
スツルム殿は僕に合わせて掲げてくれる。
カチャン、といい音を立ててから一口含むと、
疲れた身体に良く沁みる。
はぁー…と息を吐いてリラックスする僕など気に止めず、
スツルム殿は食事に取りかかる。

6つに区切られている長方形のお皿には、
全て肉料理が盛られている。
予想通りの飾られ方に、ついつい笑みが溢れた。
どれから食べようか視線を動かしている様子すら愛おしい。
決まったのか、フォークとナイフを手に取って、
一口サイズに切った料理をパクりと出迎えると、
後ろに花が咲いたみたいに嬉しそうな空気が漂った。

あ~~~幸せだ…。
あぐりと口を開けて、パクッと飲み込まれていく光景。
それをビール片手に楽しめる幸福感を噛みしめていると、
その手がピタリとやんだ。
どうしたのかと不思議に思っていたら、
彼女は少し不機嫌そうに僕を見つめて口を開く。

「……お前は食わないのか?」
「んー…もうちょっと後で取りに行くよー。まだちょっと疲れが残ってるし、ビールもう少し飲んでからでいいや」

本音半分、嘘半分。
スツルム殿が美味しそうに食べてるところを
見逃したくない、それだけだ。
ビールも美味しいけれど、《こっち》の方がもっと美味しい。
だから、これぐらいの嘘は許されるだろう。
その姿を見ているだけで、僕の疲れは消えていく。
スツルム殿は僕の力の源だからね。

僕が答えを返しても、スツルム殿はどこか不満そうだ。
その視線には慣れているから、僕だって折れはしない。
数秒経てば、ステーキを切る手は動き始める。
そうそう、それで問題ないよスツルム殿。
僕の食事なんて気にせずに食べて食べて。
フォークに刺さった肉を目で追うと、
僕の目の前でピタリと止まる。
驚いて目を見開くと、スツルム殿の顔に、
『口を開けろ』と書いてあるのが読み取れる。

「スツルム殿…?」
「ほら」
「……え?」
「いいから食え」

急かされるまま差し出された肉の破片を口に迎えると、
乗せた舌に肉汁が広がって全体を包み込む。
シンプルな味付けだけれど、肉の味がよくわかって美味しい。
ゴクンと飲み込むと、また一つ切り取った肉を差し出される。
少し身を乗り出しゆっくりと口を開いて、
先程と同様に咀嚼した。
此方はフルーツのソースを使っているのか、
甘さが合って風味も好みだ。
そのまま、スツルム殿に差し出され従うままに、
口を開いて料理を受け取る。
皿の上の品が一巡したところで、彼女の手はピタリとやんだ。
その代わりに此方に投げられるのはシンプルな質問だ。

「どれが好みだ?」
「え……えーっと二番目に食べた甘めのソースがかかってるステーキかな。あと最後に食べたローストビーフも柔らかくて美味しかった…」
「わかった」
「ス、スツルム殿?」
「取ってきてやるから待ってろ」

彼女はそう言い残してさっと立ち上がると、
また料理の並んでいるテーブルに歩いて行ってしまった。
状況が整理できていない僕の身体は、その後ろ姿を見て
心の奥底からじわりと熱が上がってくる。
きゅっと結んだ唇が震える。
バタバタと手足を動かして喜びを表したい。

とんだご褒美を貰ってしまった。
スツルム殿から自発的に食べさせてくれるなんて
思ってもみなかった。
もっとよく味わえば良かった。
いや、もしかして強請ったらまた食べさせてくれるかも?
いやでも……僕だって与えられすぎると
キャパオーバーになっちゃうし、
さっきのを噛みしめて生きた方が良いのでは?

昨日までの戦いのように目まぐるしく回る僕の感情。
それを感じて、僕はつくづく彼女に生かされてると実感する。

それが嬉しくて、それが幸せだ。

明日からのお仕事も頑張れそう。
いやどんな仕事でも今なら全部こなせそうだ。
勿論、全部スツルム殿と一緒に、ね。
だって彼女は、僕の力の全てだから――。

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