短夜のBlume
ユカタヴィラデートするドラスツ。
両想いで付き合ってるので甘め。
ユカタヴィラの柄に関する描写ありますが、
お好きな柄で想像していただいて大丈夫です。
昼間のさっぱりとした青に、日の赤が
入り混じって、夜の色に変化を始める空。
日暮れだというのにまだ蒸し暑さの残る夕刻、
自分の髪と同じ色に染まったユカタヴィラに
袖を通した己を、姿見越しに睨み付ける。
身体を締め付ける帯が、背筋をぐっと伸ばして
くるせいで、なぜだか一回り身長が高くなった
ような錯覚を覚えた。
目の前の自分は、当たり前だがいつもと
変わらない。
……いや訂正しよう。
いつもより余裕のない瞳がこちらを見つめている。
普段と違う服を身に纏っているというのに、
揃いのピアスを外さなかったのが、
やけに不釣り合いのような気がしてならない。
「終わりましたよ」
自分にため息を一つ吐くと、腰の辺りから
帯の締められる力が離れていく。
声を掛けられたところで、肩の力もふっと抜いて
みたが、瞳の奥は暗いままだ。
背後に居る店員の女性と鏡越しに目が合えば、
にこやかな笑みが返ってきた。
強張っている自分の表情をほぐす為なのか、
『とてもお似合いですよ』なんて社交辞令まで
いただく始末だ。
素直に受け入れられないあたしは、
キュッと結んだ唇を解いて、
小さな礼の言葉を返すのが今の精いっぱいだった。
目の前の自分は、あいつの隣に居ても
問題ない状態だろうか。
柄にもなく、そんなことを気にしてしまう。
赤が基調のユカタヴィラには、
白い幾何学模様が描かれている。
ドランクはこの柄を『あさのはもよう』と
言っていたが、そういうものに疎いあたしには
いまいちピンとこなかった。
三角形が組み重なっているように思ったが、
正しくは六角形らしい。
別にどっちでもいいだろと告げようとした口は、
楽しそうにしている相方を見たせいで、
そんな水を差すこともない、と
何も発することなくそっと閉じた。
東方の島国に伝わる模様だと言っていたが、
目を輝かせている横顔しか頭に残っていない辺り、
あたしも相当浮ついていたのかもしれない。
この色を締めてくれる役割をするからと、
帯は深めの青になった。
真ん中に引かれた飾り紐の中央で、
あいつの瞳の色に似た小さな球が揺れている。
その揺らめきに導かれるように、
あの日のことが頭の中に蘇る。
「夏祭りに行かない?」
――その日も、例年通りの蒸し暑い夏の夜だった。
風呂から上がって夜風に当たりながら、
団扇で風を起こして体の火照りを抑えている最中、相方の声が頭上から降ってきた。
ちらりと視線を上げれば、ドランクは
いつもの笑みを浮かべながら、
あたしにアイスキャンディーを差し出す。
垂れる汗から、それを体が欲していることを悟り、
ありがたく受け取って一口齧ると、
口の中が程よい冷たさで満たされた。
あっという間に液体に変わる氷菓を
ごくりと飲み込むと、『もうそんな時期か』
という言葉が口から漏れる。
「そそっ!もうそんな時期なんだよ~」
軽い足取りで隣に腰を下ろしたドランクが、
ぴたりと引っ付いて離れない。
『暑い』と一言添えてから手で押しのけつつ、
あたしはいつもの光景を脳裏に思い浮かべた。
祭りの警備は夏恒例の仕事の一つだ。
他の時期にも行われるが、アウギュステの
夏祭りは特に規模が大きい。
その分、不測の事態が起きることも多く、
傭兵を雇って警備をさせるのが常だ。
特有の空気が醸し出す情緒が、
人々を高揚するスパイスになるのだろうか。
大きな金が動くこともあって報酬も弾むし、
客の金で屋台の飯も味わえる。
はっきり言って最高の仕事だ。
『今年はいくらなんだ?』と尋ねれば、
ドランクは不思議そうに首を傾げた。
もしかしてただ働きを強いられるのか?
それは流石に御免だ。
それなりに名を馳せてきた自覚がある。
だから金はきっちりとって、仕事もしっかり行う。
それでうまくやってきたつもりだ。
あたしの内心とは裏腹に、
ドランクはだらしなく笑いながら答えた。
「違う、違うよスツルム殿。今年は普通に楽しもうってお誘いだよ」
仕事熱心だね、なんて茶化しながら、
ドランクはアイスを一齧りした。
そんな相方の様子が頭に来たあたしは、
拳で横腹を小突いて気を晴らす。
何笑ってるんだ。
紛らわしいお前がいけないんだろ。
それにしても………
今年は仕事が入らなかったのか――?
いやそんなことはないだろう。
毎年声のかかる行事だ。
だから考えられることはただ一つ。
ドランクが断った、という選択肢だけだ。
勿体ないことを…と思いながらも、
どこか嬉しいと思っている自分がいた。
はっきりとは言われていないが、
デートに誘われていることくらい
あたしにだって理解できる。
デート……なんて甘ったるいもの、
こいつと”そういう関係”になってから
したことがあっただろうか。
記憶を辿ったが、普段から共に行動してるせいで、
全くといっていいほど思い出せない。
街中での日用品の買い物はデートに入るのか?
そんなこと言ったらいつも一緒なのだが……。
それに……恋人らしいこと、というものを
あまりした覚えがない。
一応手を繋ぐこと位はしている。
……いい歳して胸を張れることでもないが。
今更そういうことをするのが気恥ずかしい、という
気持ちが自分の中に存在しているせいでもある。
別にしなくても死にはしないだろう。
ドランクの奴は所構わずひっついてくるだけで
文句も言わないしな。
……いや一生このままでいいと思っているわけでもないが、きっかけがないのだから仕方ないだろ。
思考を巡らせていると、膝の上に柔らかい物体が
ぽすんと落ちてきた 。
その感触に今度は下に目線を移すと、
口を尖らせたドランクと目が合う。
「……デートしよ?って意味なんだけど~……駄目、かな?」
子犬のような瞳が、寂しそうに揺らいでいる。
まだ返事をしていないのに、耐え性のない奴め。
簡潔に『いいぞ』と返すと、しょぼくれた顔は、
ぱぁっと明るさが戻ってきた。
花が飛ぶ幻覚が見えるような笑顔に、
体が少しだけ熱くなった気がした――。
扉を開けて店の外に出ると、
蒸し暑い夏の空気が広がっていた。
纏わり付くような湿度の高い時期ではなくて
良かったが、一瞬で高くなる体温に
思わず眉間に皺が寄る。
サービスと言われ唇に塗られた紅が、
体温を上げる原因になっている気もしてくる。
化粧気のない顔につけてどうするのか
と戸惑ったが、少しでも良く見せたい
己の欲望が勝ってしまった。
空はまだ夜の色に染まりきっていないが、
それも時間の問題だろう。
早く日が落ちないかと考えていると、
己を何度も呼ぶ声が耳に届く。
騒がしさにに視線を向ければ、入り口に
置いてあるベンチに腰掛けたドランクが、
満面の笑みでこちらに手を振っていた。
先に着付けを終えてどこにいたのかと思ったら、
こんなところで待っていたのか。
手には扇子を持っていて、
既に準備は万端といった様子だ。
「待たせたな」
「ぜーんぜん待ってないよ!女の子の着替えは大変だもんねぇ。それにしても……スツルム殿似合ってるよ~!僕の目利きは間違ってなかったね!」
「……そう、か」
「ねぇねぇ僕は?似合ってる?」
「……普段のふざけた様子が分からないくらい落ち着いた色だな」
「え?何それ?褒めてる?」
相方が身に着けているユカタヴィラは、
青が基調となっていて、あたしが着ているものと
同じ柄が描かれている。
その、つまり……色違い、だ。
丁度男女で同じデザインが余っていて、
尚且つサイズが丁度良かった、それだけだ。
別に初めからそういう恰好をしようと
思っていたわけでは断じてない。
帯の色もあいつが自分で赤を選択しただけで、
別に相対的な色をつけようとした訳ではない。
そう自分ではわかっているのに、
言い訳のような言葉の数々が頭の中を埋め尽くす。
「あれあれ?スツルム殿ってば、ちょっと顔赤くない?大丈夫?熱中症?」
「…っ……なんでもない」
「はいこれお裾分け~」
ドランクの言葉と共に、
ひんやりとした風が顔に触れた。
漂っている空気と違い、冷気を纏っていたせいで、びくりと肩が跳ねてしまう。
それも数秒後には慣れてきて、
心地よさに変わり始める。
「……涼しいな」
「ふっふーん!僕お手製の冷却扇子だよ」
「ただ魔法をかけてるだけだろ」
「でも気持ちよくない?」
絶え間なくそよそよと流れてくる風が、
頭に溜まった熱を冷ましてくれる。
ドランクが言うように、気持ちがいい。
そのまま自動で送り込まれる風に甘えていると、
ドランクが何かを思い出したかのような声を上げた。
「あとこれも!そこにもう屋台が出ててさぁ~。腹ごしらえにどうかなって」
すっと横から差し出されたのは、
苺が3つ連なって刺さっている串だった。
確かに、少しばかり空腹を満たすには丁度良い。
飴でコーティングされた表面に、
夕日が当たってキラキラと反射している。
受け取ってパクリと口に含むと、パリパリとした
甘い飴に、少し酸っぱい苺の果汁が混ざっていく。
あんず飴に近いのかと思ったが、
りんご飴のほうだったか。
あまり目にしたことがない屋台は、
こいつにとっていい暇潰しだったことだろう。
釘を刺しながらもう一つ含み、咀嚼。
今度は甘みが強かった。
最後の一つを食べようとしたところで、
何か言いたげなドランクに、はたと気が付いた。
「じゃあなんだその顔は……」
「んー…………やっぱりスツルム殿には赤だねって思って」
「さて!そろそろ行こっか!」
…何だ腹が空いていたわけじゃないのか、
気を使って損した。
口を開けて最後の一つを食べ切ってから、
ベンチの端に備え付けてあったゴミ箱に
串を放ると、その様子を見たドランクが、
自分の物より大きな掌に、そっと指先を乗せると、
触れた皮膚から、ほんのりと熱が伝わってくる。
ゆっくりと握られた手は、
火傷しそうなくらい熱を帯びていた。
普段は冷たいドランクの手が、
こんなに熱くなるのは珍しい。
扇子だけでは厳しい暑さは凌げなかったのだろう。
だから店の中で待っていれば良かったのに。
心の中で悪態を吐きながらそっと視線を上げれば、
奴の頬が赤く染まっている様子が目に入る。
……なんだお前も同じなんじゃないか。
どうやら夏のせいだけではないようだ。
その事実が、あたしの胸にじわりと広がっていく。
そのまま少し上に視線を伸ばせば、
微かに星が瞬いていた。
ぽつりぽつりと間隔をあけて点在してる煌めきは、
これからもっと増えることだろう。
ドランク越しの星は、なんだか妙に眩しく感じる。
きっと、街を着飾る提灯のせいだ。
先程まではっきりしなかった空も、
今では暗い色を纏っていて、
明かりを強くする要因の一つになっている。
大きなタコの足は、弾力があって噛み応えがある。
やはり流石アウギュステだ。
少し冷めた後でも美味しさを
保っているところもとてもよい。
ゆっくりと噛んでから飲み込み、
両手を合わせて食材に感謝した。
色々と目移りするドランクに釣られて、たこ焼きに
焼きそば、焼きトウモロコシとじゃがバター、
それに暑いからとかき氷まで買ってしまった。
「いい食べっぷりだったね~、スツルム殿」
「どれも美味かった」
まだ隙間あるから、次の獲物を考えねば。
回れていない屋台も多い。
途中で気になる食い物も見かけたが、
あまりにも並ぶようなら、
他のものにした方が良いだろう。
記憶を探りながらルートを考えていると、
隣から驚いたような声が上がる
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