小話26

無自覚にやらかすスツルム殿(ドラスツ)

『好奇心、なんてものが己の中にあったことが驚きだ---』

軋むベッド。隣にいる男の戸惑うような声。
全て無視して、あたしは己の手を、
ゆっくりと相方の手に重ね合わせた。
自分の指から顔を覗かせている相手の指を見て、
こいつの手は大きかったのだと初めて認識した。
間接一つ以上差があるなんて、連れ添って数年、
全く気づかずに過ごしてきた。

今更ながら、こいつと自分の体格差を知ったのだ。
何年も隣を歩いている奴を《男》として見ていなかったわけではない。
違いなんて身長くらいなものだ。そのくらいの認識だった。
傭兵の世界で、性別なんて気にしていたら仕事にならない。女だからと、舐めてかかる奴を何度も見てきた。だから無意識に《それ》から目を反らしていたのかもしれない。

最初に気がついたのは、隣を歩く奴との歩幅が違うことだった。
足の長さが違うのだから当たり前だが、
ドランクが常に隣をキープして歩き続けていたから
気とめたことがなかった。
ドランクが二歩で稼ぐ距離を、私は三歩で追い付ける。自分が世話しなく足を動かした覚えなどなかったから、そうならないようにこいつが気を回してくれていたのだろう。
次に目に入ったのは靴の大きさ。歩幅が気になったせいで、下をよく見るようになってしまったせいだった。
そこから手の違いが気になったが、日中は手袋を着けているせいで、よく見ることが出来ない。だから夜も更けベッドに潜り込もうというこのタイミングで、声をかけた。
ドランクはいつものように口角をめいいっぱい上げながら、あたしの隣にそっと身を寄せる。
手の平を出すように言えば、首を傾げながらも指示に従う。そっと出されたその上に、ぴたりと重ねて観察をし続けた。

「あの~………スツルム殿?」

おずおずと覗き込むように聞こえたドランクの声に目線を向ければ、声の感じとは裏腹に目は輝きを秘めていた。随分と楽しそうな瞳をしているが、こいつに疲れというものはないのだろうか。

「えっと~……なにしてるの?」
「手を、比べている」
「へ?」

事実をそのまま伝えると、ドランクは何度も瞬きを繰り返して、あたしの顔と手を交互に見始めた。
見た通りだというのになにがそんなに気になるのか。

「お前とあたしの手、どのくらい違うのか気になったんだ」
「あぁー…昼間ずーっと僕の手見てたもんね?」
「お前、意外と大きいんだな」
「いやぁ!僕も男の子だからね!……で、それだけ?」
「?」

ドランクの問いは、こいつの性格を表すように要領を得ない。回りくどい確認の仕方はどうにかならないのか。
数秒の沈黙の後、ドランクはゆっくりと口を開いた。

「いやさ、明日お休みじゃない?」
「そうだな。それがどうした?」
「……僕、てっきりスツルム殿が夜のお誘いをしたくて、ずっとこっち見てたんだとばっかり思ってたんだけど?」
「……はぁ?」

気がついたときには、ドランクの指があたしの手をぎゅっと握って離さない。
逃げ場を完全に失った。同じベッドに寝ることが確定した部屋に通された時点で、こいつの思惑に思考を向けるべきだった。
しかもあたしが誘っただと?そんなわけないだろう。そう弁解してもこいつの中では確定事項のようなものなのだ。
そんな恥ずかしい事実など無いというのに、頬が熱くなる。

「っおい!」
「え~ここまできてお預けは無理だよ!こんな可愛いことされたら我慢できないもん!」
「知るか!明日は鍛治屋に行く予定がっ………」
「少しだけでいいから!予定には支障の出ないようにするよ?……ね、ダメ?」

あぁ最悪だ。あたしがそのねだるような目線に弱いことをわかった上で向けてきている。
指から伝わる熱も相まって、断る選択肢など選べなくなるじゃないか。
諦めて頷いたあたしの目線は、すぐに天井へとずらされる。嬉しそうに笑うドランクの顔が影を纏いながらそっとこちらに落ちてきた。

沈み行く夜更けと共に、あたしは好奇心に蓋をする。
--暫くは、心の底で大人しくしていてくれ。

0コメント

  • 1000 / 1000