小話25
プロポーズの日と聞いて(わりと詐欺です)
「永遠を誓うならどんな言葉がいい?」
ポツリと呟いた言葉に、ぴくりと耳が震えた。
濃く立ち込めている霧の中、静かな森はそこだけ切り取られたような感覚に陥る。
鳥の囀りも、野ウサギの足音もしない、
聞こえるのは木の葉の揺らめく音だけだった。
そこに飛び込んできた声に、ちらりと横に
目線を向ければ、返答しないあたしを
気にせずに相方は喋り続けていた。
「女の子ってさ~結構個々で希望が違うじゃない?夜景の見えるレストラン~とか、夕日の綺麗な海の近くで~とかさぁ。スツルム殿の理想ってどんな感じ?」
「……特にない」
「えっ!?じゃあなんでもOKしてくれるの!?」
「そうは言ってないだろ!節操なしみたいな言い方をするな!……別に考えたこともなかっただけだ」
大きな声を張り上げると、何処からか羽ばたく音が聞こえた。世界から切り離されたような感覚だったが、ここはルーマシー群島の一角だ。
そんなわけないのに、どうしてこんなにも
不思議な感覚がするのだろう。
まるで、夢の中にいるみたいだ。
「ふーん……じゃあこれから見つけるのかな?」
「さぁな」
「もしも決まったらさ、僕に教えてくれない?」
「はぁ?」
「スツルム殿みたいなタイプの女の子に合ったことないからさ~どんなプロポーズを夢見てるのか凄く気になるんだよねぇ。今後の参考にひとつ!」
「なんだそれ……」
あたしの呆れた声を聞いて、ドランクは笑みを溢して鼻歌を歌い始めた。
何がそんなに楽しいのか。あたしには、腹の読めないこいつの心うちなど検討もつかない。
静かな森に響く愉快な旋律に、苛立つ心を押さえながら、そっと目を細めた。
窓からパタパタと雫の当たる音がする--。
ゆっくりと瞼を開ければ、薄暗い天井が目に写り込む。
窓を打ち付ける雨の音が、眠っている脳を刺激して、覚醒させようと信号を送ってくる。
体を伸ばすように首を捻ると、ふわりとした毛が頬を擽った。
傍らにいる相方は、まだ夢の中のようだ。
昨日は二人して夜更かしをしたせいで、
あたしもまだ眠気が体に残っている。
目を擦ってみたが、ちっとも意識がはっきりしない。
仕方がないからもう一度眠りに落ちるか。
ふっと瞼を閉じようとしたその先に、
己の手が目に止まった。
人差し指の根本に付けられた指輪。同じものが、隣で眠っている男の指にも填められている。
あたしが無言で手を差し出すと、嬉しそうな顔で手を添えた。そっと通した指輪は既にあいつの指にも存在していて、断られる事など考えていないようだった。
まぁ、何年も共に生きてきたのだ。断る理由など、もうあたしの中に存在しないことをわかっていたのだろうか。
……いや、震えていた指先から察するに、
そんな余裕はなかっただろう。
あたしに対して必死なドランクを、気がつかず気に求めずに隣にいたあたしは、なんと鈍感なことか。
ことある毎に愛想を尽かしていた気でいたが、
よく愛想を尽かされなかったものだ。
この日を迎えたから、懐かしい夢を見たのだろうか。何年も前の、何気ない会話だった。
覚えているのはルーマシー群島での野営だったこと、音のない静かな森にいたこと、そして唐突に投げられたドランクの質問。
明らかに好意を示しているのに、よく流したものだ。自分の鈍さは昔から変わらないらしい。
そういえばあの時の答えを見つけられないまま、
時が過ぎ去ってしまった。
あれ以来、別にあいつもこの手の話題を
振ってこなかったし、あたしも頭の奥底にあった
記憶を、わざわざ掘り起こすこともなかった。
永遠を誓う言葉。今でも正解は見つかってない。
……でも、よくよく考えれば、答えなんてあってないようなものだ。
別になんでも構わない。
好いた男に言われるのなら、なんだって構わない。
ドランクにどんな言葉を紡がれても、
あたしの答えは変わらなかっただろう。
ここまで長い年月を共に過ごしていなければ
答えは変わっ
ていたかもしれないが、
今のあたしにこいつの手を振りほどく
選択肢なんて存在していない。
……そう言ったら、ドランクはどんな顔をするだろうか。
微睡んだ意識が、徐々に遠のいていく。
ポツリポツリと聞こえていた雨音も、
段々と弱くなっていった。
それに従うように、あたしはそっと瞼を閉じた。
次に目が覚めたら、どんな景色が広がっているだろうか。
二人の行く末を見守るような光に溢れているのか、
それとも鬱蒼とした雨模様が続いているのか。
どんな未来を示唆していても、あたしは別に構わない。
隣にお前がいるのなら、きっとそれだけで未来は華やかだ--。
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