小話23

彼マントとドラスツ
(スツルム殿は喋ってません)


「あ~疲れた……」

思わず零れた言葉が、僕の足音に消えていった。
そこまで力を入れずとも音の響く廊下を、
足早に歩いて急いで部屋に向かっている僕は、
はぁ……と一つ溜息を吐いた。
出発するときは真上に鎮座していたお日様は、
空を自身の色に染め上げながら沈み始めている。

本当はもっと早く戻ってきて、
相方との時間をゆっくり堪能する予定だった。
そのために、美味しいスイーツをテイクアウト
できるお店を調べたし、
さりげなく連れ出そうと思っていた
ディナーのお店の下見も行っていた。

それがどうしてこうなってしまったのか。

下見を終えて、日用品の買い物を始めたところまでは良かった。
その後、ついでに新しい魔法具でも冷やかし程度に
見ようと思ったお店で、話の長い店主に
捕まったのがいけなかったのだろう。

この近辺では道具に頼る人間は少ないのか、
『久しぶりの客』なんて言われた時点で
踵を返すべきだった。
止まらないマシンガントークのセールスを、
流して流して流しまくっても終わらない。
一つくらいは試しで買ってみても良かったが、
いかんせん手持ちが無くなってしまいそうな
いいお値段をしていた。

この後癒されるために甘いものを買おうとしている
僕としては勘弁してほしいところだった。
無一文になってしまっては元も子もない。
店主との攻防を続けているうちに、
時間だけが過ぎていってしまい、
気が付けは茜色の空が広がっていたというわけだ。

重たい足を忙しなく動かし、部屋の前まで一直線。
やっとたどり着いた扉の前で、何度目かわからないため息と一緒に、暗い気持ちを吐き出した。
いつも通りを装いながら、ガチャリとドアノブを回して、中で待っているであろう相方に声を掛ける。

「ただいまぁ、スツルム殿~遅くなっちゃってごめんねぇ~。ちょっと予定外のことが起きちゃってさぁ~……。お詫びに夕飯は僕が奢るから、おいし、い……」

部屋に入り、そのまま前進しつつお喋りの手は止めない。
もしかしたら遅くなった僕を冷たい目線で
出迎えるかもしれないスツルム殿を想定して、
プランはばっちり頭の中に立ててあった。
予定通りに忙しなく動かしていた口は、
目に飛びこんできた光景を理解することが
できない脳のせいで、言葉が途中で切れてしまう。

まるで時が止まったように、頭のてっぺんから足の先まで、ピクリとも動かすことが出来ない。
全部の力を目と脳に使っている。
なぜなら、そこには楽園が広がっていたから。

穏やかな寝顔でシーツの海で眠っている
スツルム殿 という名の楽園が。

あまりにも現実離れした光景に、ただただぽかんと
口を開けて、その様子を数歩離れた場所から眺めていた。
もっと傍に寄ろうとすると、手に抱いていた紙袋が傾いて、一番上に載せていた消毒液がポロリと零れ落ちる。

反射的に、『やばい』と思った。

このまま落下したら確実に大きな音が出る。
そんな時の己の瞬発力は見事なものだ。
床に衝突する前にさっとしゃがみこみ、手のひらの上で受け止めると鈍い音がパンっと小さく響いた。
そのままピタリと体を止めて、息を潜めて、
ゆっくりゆっくりと視線だけを元に戻す。

僕の目に映ったのは、変わらずに
規則正しい呼吸を繰り返している白い布。
その様子に心の底から安堵した。
緊張を解きながら、ふぅー……と深く息を吐き切って、音を立てないようにそっと腰を上げていく。

備え付けの椅子に近づき、
細心の注意を払いながら紙袋を下ろしてから、
足音を立てないようにベッドへ歩み寄っていく。
僕の影が彼女に少しかかるくらいの距離まで近づき、ピタリと足を止め、しみじみと観察を始めた。

猫みたいに身体を丸めて、僕のマントに包まれているスツルム殿。
手でギュッと握っているのか、首元辺りが皺になっている。
まるで、僕に抱きしめられたい、とでも語っているようだった。
僕には、もうそういう意味としか考えられない。

目を抑えて、天を仰ぐ。
ぐるぐる回る思考は、色々な感情が
押し合って落ち着かない。
心の中で一つ叫んでは、
また一つ別の感情がかき乱してくる。

え~~~~~~~~~待って待ってどういう事?
スツルム殿、なんで僕のマントかけて寝てるの?
しかも全然起きない辺り、完璧に熟睡じゃない?
なんでそんな可愛い状況になっちゃったの~~?
どうして~?教えて欲しいな~?スツルム殿~?

答えの出ない疑問が溢れかえって止まらない。
静かにして入れていることが奇跡みたい。
いやこの状況が奇跡だよね!!

映像で残しておけたらよかったのに。
いや写真でも構わない。
ポラロイドカメラってやつ
入手しとけばよかったなぁ。
時代が時代なら画家にスケッチさせておきたいくらいこの世に残すべきワンシーンだと思う。

……もしかして、僕がいない隙を見て、
時折こういう事態が起こっていたのだろうか。
直接甘えられないスツルム殿のことだから、
こんな行動をしてしまったのだろう。
っていうか、それに気が付かずに
僕は普通に身に着けていたの!?
もったいない!滅茶苦茶もったいないじゃん!!
なにその美味しい展開…スツルム殿の匂い…
…を感じたことはなかったな。

そういえば僕ってばどんな匂いがするんだろう…。
スツルム殿の様子を見る限り落ち着く香り…なのかな?
前に香水使った時は嫌そうな顔をしていたから、
あれ以来付けないようにしていたが、
まさか僕の香りが消えるからあんな顔を…?
好きじゃなかったらこんな状態にならないもんね?
そっかそっか~スツルム殿ってば
僕のこと大好きじゃん。

……でもでも~そんな匂いしかしないやつより
本体のがよくなぁい?
僕はいつでもウェルカムなのに、素直になれない
からって、そんなのにしがみつくことないと
思うんだよねぇ?
っていうかそんなやつで満足できるような身体なの!?
スツルム殿の浮気者!
……あ、今のは怒られるから絶対に言えないな。
勢いでつい口にしないよう、気をつけなくちゃ。

静かな空気が僕らを包む中、
魂の叫びは止まらない。
自分のマントにすら嫉妬する幼い僕を見たら、
スツルム殿は絶対に深い溜息を吐く事だろう。
むくれている、今の姿なんて見せられない。
呆れられることには慣れているけど、
それとこれとは話が別だ。
あとでちゃんと立ち直るから、だからさ、

君が寝ている今くらいは恨めしい目線を送ってもいいよね?

0コメント

  • 1000 / 1000