隣の君は気が付かない

両片思いのドラスツ
お互いに自分のことは好きにならないと思っているせいですれ違いの二人。(いつものです)

※RA#DWIM#PSの『ラス#トバー#ジン』を聞きながら作ってます(サビにドランクみを感じて)

「身を焦がすような恋をしたことはあるか?」


彼女から零れた質問は、突拍子のない一言だった。

仕事終わりの食事中、騒がしい店内でも、

スツルム殿の声は凛と響いて僕の耳に届く。

一言一句聞き間違えてはいないはずだが、

発した単語は彼女が使うものだと思えないくらい違和感を覚えた。


スツルム殿が《恋》なんて口にするのか?

発音が同じだけで意味が違う単語を思い浮かべても

ピンとこず、一番初めに思い浮かんだ言葉が正解なのだろうと結論付けた。

その事実に体がぶるっと震えてしまい、フォークに刺したチキンを口に運ぶことをピタリと止め、声の方に顔を向ける。

僕が驚いた様子を見せても、彼女の表情はいつもと変わらない。

それどころか、一瞬で興味を失ってしまったのか、

何事もなかったかのように手に握った麦酒のジョッキを傾けて、喉を潤していた。


自分から聞いてきたのに、その関心のなさはいかがなものだろうか。

食事を再開する前に、僕はフォークを握りなおしてから、彼女に問いかけた。


「恋…って恋愛のことで合ってる?」

「それ以外に何があるんだ」

「いや……スツルム殿がそんなこと聞くなんて珍しいな~って思って」

「別に…この前の女に言われたことが妙に気になっただけだ」


スツルム殿の言葉を聞きながら、僕は先ほど食べ損ねたチキンを口に迎える。

少しだけ冷めた表面が舌に触れるが、気にせず口を動かしていった。

鶏肉とスツルム殿の言葉をゆっくり咀嚼すると、

トマトソースの酸味と記憶の中の叫び声が混じっていく。


先日の依頼、始めは良くある護衛の仕事だと思っていた。

だが、『命を狙われているから守ってほしい』だなんて

大袈裟な依頼内容を聞いて、ただ守れば良いだけの

簡単なものではないことを察した。

依頼してきたのが、その街の地主の息子さんというのも、

妙に面倒くささを感じていた。

常連のお客さんからの紹介でなければ、

あるいは報酬の金額が高くなければ絶対に断っていただろう。


傭兵の勘というものは当たるらしく、蓋を開けてみれば、

案の定複数の女性に手を出していて、

痛い目を見ているだけというお粗末さだ。


彼をストーカーしていた女性は、初めて出来た恋人である依頼主に、

『相手をするのが面倒になった』という身勝手な理由で振られたらしい。

誠実さの欠片もない様子に、ペラペラと良く喋る依頼主に、

途中でスツルム殿が武器を構えないかハラハラとしたものだ。

苛立ちの空気が隣からひしひしと伝わってきた時の

僕の気持ちを、想像するのは容易いことではないだろうか。

身の危険を感じるなら、傭兵なんて雇わずにそのお金で

彼女を諦めさせれば良いと思ったが、

そんなもので解決できるようならとっくにしているだろう。

事実、ナイフを握り、一緒に死ぬと追い詰められた女性を見て、

これは無理だと匙を投げたくなった。


僕らは傭兵であって人間関係の専門家でも何でもないのに、

どうしてこんなことに巻き込まれたのか。

現実逃避をしたくなった僕の傍らで、彼女に向かい

馬鹿じゃないのかと切り捨てたのは相方だった。

それは茶番のような修羅場に終止符を打つ一言だった。

女性は激高し、スツルム殿を罵って、感情を吐き出していた。

その時の声は、僕の耳にもまだ残っている。

最終的に泣き崩れた彼女は、駆け付けたご友人に支えられて引き取られていった。

その際に僕らの依頼人が思いっきり友人さんに引っぱたかれたらしくて

怒っていたけれど、自業自得としか言いようがない。

むしろそれで済んだことを感謝したほうがいいくらいだ。


何とも後味の悪い仕事を、こうして美味しい料理で癒していたのに、

一気に現実が戻ってきた気分だ。

それでも、スツルム殿が色恋沙汰を気に留めるのが珍しく、話に乗ることにした。


「『身を焦がすような気持ち』と言われてもピンとこない。『私には彼しかいない』だなんて、たかだか十数年しか生きていないのになぜそう思えるのか不思議だ」

「スツルム殿、『知るか』ってきっぱり言ってたもんねぇ。あの女の人に刺されるんじゃないかってドキドキしたよ~」

「素人相手に遅れを取るわけないだろ……。ただ、『同じ女なのになんでわかってくれないのか』なんて、言われる筋合いはないな」


スツルム殿は呆れた声でそういうが、僕には痛いほどにわかる気持ちだった。

出会ったあの日から、僕の心はいつだって目の前の相方を思い続けている。

それはコンビを結成してから数年経った今でも変わらない。

過ごしていく日々の中、新しい彼女を見つけては、

言い表せないない感情が胸に灯って僕を温めてくれている。


スツルム殿以外が隣に立つことなんて、考えられない。

僕にはスツルム殿だけだ。

ずっと思い続けている気持ちを掘り起こして、僕はいつも通りの

笑みを浮かべて、彼女に先ほどの返事を渡す。


「身を焦がす恋ね~…………あるよ、もちろん」


スツルム殿は?と軽く返せば、間髪入れずに『ない』と戻ってきた。

それにほっとした自分と、少しがっかりした自分が心の中で混ざり合っていく。


どうせなら話ついでに聞いてもらおうか。

僕が感じているそのままを。

彼女はそこまで求めていないかもしれないが、僕の胸の内を吐露していく。


「この人しか僕にはいないって思っちゃうんだよね。今まで味わったことのないような熱が駆け巡って、体が燃えちゃいそうなんだ」


目を伏せて、遠いような近いような記憶を掘り起こす。

あの日あの時、真っ赤に燃える瞳に見つめられて全身を覆った衝撃。

真っ直ぐな力強さに惹かれて生きていきたいと願ってしまった。

目が覚めるような感覚に、世界が少しだけ明るく見えるようになった。

熱が、体を支配するように纏わりついて、今でも時々火傷を起こすくらいだ。


「朝から晩まで一日中その人の事考えちゃうこともあるし、一生に一度の出会いだって思っちゃうんだよね~」


さらり過去形のように話したが、今も思っていることだ。

寝ても覚めてもスツルム殿。

後にも先にも君しかいない。

ここまで言えば少しは君に伝わるだろうか。

そう思っても、口にすることは決してない。

だから伝わるわけもないのに、もしかしたら

バレてしまっているのではないかと錯覚してしまう。

己の自意識過剰に苛まれて、反応を見るのが怖くて、つい視線を逸らしてしまった。

声が震えないように、心を静めてから口を開いた。


「そんな相手を、絶対に手放したくないと思う気持ちはわかるかな……!」


極め冷静に務めたが、やはり熱が籠もってしまった。

仕方ないだろう、だって身を焦がすほどの恋なのだ。

溜め込んだ熱が、漏れてしまうことだってある。

いや、時々漏らさないと、ヒリヒリと焼け付いて痛くなる。

それほどまでの、恋だから。


ドキリドキリと跳ねる心臓を抑えながらゆっくり視線をスツルム殿に戻していく。

目に映った彼女は、ピンと来ていない様子で手元のステーキを切り分けていた。

その光景に、ヒビが入るような感覚が身体に走った。

あぁ、僕の気持ちは今日も彼女に気づかれない。

がっくりと肩を落とした僕を知ってか知らずか、スツルム殿は話を続けた。


「……その恋は結局実ったのか?」

「………え?あー…………どうかな~?まだ最中ってところかな?アピールはしてるつもりなんだけどね~」

「ふぅん…どんな相手か知らんが、脈がないんじゃないのか?」


残酷な言葉は、僕を刺して傷を増やす。

全く状況が分かっていないスツルム殿はあっけらかんと

放ったその口で、ステーキを頬張り始めた。

その瞬間にほんの少し上がった口角を見て、涙が零れそうだった。

肉の塊にすら嫉妬する僕の心が狭いとは思いたくない。

でも、喜びの表情を引き出せるのは羨ましいというものだ。


君だよ君。君以外に誰がいるって言うのさ。

ほんっとうに鈍感だよねスツルム殿って。

それでも、ほっとしている自分がいた。

気づかれて距離を置かれてしまうよりは、今のほうがマシだろう。

気づいてほしいけど、気づかれたくない。

恋心というやつは何とも面倒な代物だ。

ハー…とため息を吐きたい衝動を抑え、

様子がおかしいことをばれないように、明るさを装って口を開いた。


「そこまで言う!?いやーでも僕ってば諦めが悪いからしょうがないよね」

「…………相手の女、ご愁傷様だな」


こんな男に好かれるなんて、と言葉を続けたスツルム殿は、再び

喉を潤すために勢いよく握ったグラスを傾けた。

本日も良い飲みっぷり食べっぷりだ。

僕はもうなにも喉を通りそうにない。

お腹がいっぱいだと申告して、残りを食べるか尋ねれば、目に光を宿してこくりと頷いた。

こんなことでしか彼女を喜ばせることが出来ないなんて、可哀想な僕。


スツルム殿が、自分の放った言葉が己に向けていることに気が付くのは、

いったいいつになるのだろうか。


隣にいるのに気が付かない君では、それは当分お預けだろう。


「身を焦がすような恋をしたらどうすればいい」


数年前に聞いたことがあるような台詞を、スツルム殿はさらりと僕に向ける。
あの時と同じように、僕は食事をする事を止め、ぽかんと口を開いて固まった。


「………いきなりどうしたの?」

恐る恐る口を開けば、スツルム殿は眉間に皺を寄せ口をもごもごと動かしていた。

良く聞こえる僕の耳にも届かないほど、言葉にならない声。

『スツルム殿、もう一回言って』とお願いすると、

口元を手で隠しながら、ぽつりと呟いた。


「……多分、それをしている」


赤く染まる頬。定まらない目線。

全てが夢のような感覚だったのに、体を走った衝撃が現実に引き戻す。


恋?スツルム殿が?

身を焦がす様な、恋?


頭の中で警報が鳴り響いて止まらない。

これ以上考えたら、僕の限界を超えてしまいそうだ。

…いやすでにいっぱいいっぱいだ。

これ以上は良くないと思いつつ、何か言わなければと発した言葉は、

僕自身を凍り付かせた。


「え~スツルム殿と恋バナできるの~!?」


それは、違う。違うだろう、僕。

どんなテンションなんだ。

セリフの選択肢なんてごまんとあるはずなのに、どうしてそうなった。

頭を抱えたくなったが、今は駄目だ。

スツルム殿が見ている、今この場だけは地に足を付けていろ自分。

叱咤する己に反して、今すぐにでも飛び出したかった。

そんな願いは叶う筈もなく、スツルム殿は少し身を乗り出して、僕に言葉を返した。


「う、うるさい!それに、そんな軽く…話せるようなものじゃ…」


段々と小さくなる声に、ひゅっと息を飲んだ。

解っていたはずだ。

スツルム殿が生半可な気持ちでそんな感情を抱くタイプではないと。

それなのに、ふわふわと安定しない気持ちが

現実から目を背けようとしてしまっていた。


「もしかしなくても、初めて?」


ゆっくりと声を掛けると、彼女は小さくこくりと頷いた。

その姿を見たぼくは、ふー…と静かに息を吐いて

握っていたナイフとフォークをかちゃりと置く。

今、スツルム殿の頼りは僕だけなのだろう。

恋という途方もない海に放り出された彼女を、

導けるのはきっと彼女の中で自分だけなのだ。


「……スツルム殿はどうしたいの?」


一呼吸おいて、スツルム殿に問いかける。

その質問を聞いて、彼女の目が驚いたように開いた。

徐々に元に戻っていく目は、なかなかこちらを見てくれない。


「どうしたいって……」

「相手とどうなりたいの?」
「……わからない」

助け舟を出しても、スツルム殿は乗ってこれなかった。

彼女の中に答えはまだ見つからない。

まるで初めて恋した女の子みたいだ。

僕の予想は、もしかしたら当たっているのだろうか。

そんな相手に誰かが選ばれていることが、

チリチリと燻っている心の熱を刺激する。


「自分のものに、ならなくてもいいの?」

「……それも、わからない」


自分に何度も問いかけた言葉を、僕はいつも掬うことが出来ない。

それはスツルム殿同じようで、少しだけ安心した。

己がされて困ることを相手に聞くなんて、するもんじゃない。

僕のものになって欲しい、けどスツルム殿の自由を邪魔したくはない。

恋というものには正解がない。

だから、スツルム殿がわからないのも、

僕がわからないのも、仕方がないんだ。


「だからお前に聞いてる。どうすればいいのかと」


僕が答えを見つけられずにいる間に、彼女は先に歩を進めた。

先程までふらふらと泳いでいたはずなのに、

いつの間にか真っ直ぐな瞳がこちらをとらえて離さなかった。

誤魔化しや嘘の許されない空気を感じ取り背筋が伸びる。


何故それを聞く相手が自分なのだろうか。

それはきっと、今一番身近な存在で、そういう話がしやすかった。

ただ、それだけだろう。

それでも、頼られることが嬉しい。

それを話す相手に選ばれたことも嬉しい。


「………諦めて欲しくはないかなぁ」


絞り出した言葉は、彼女の幸せを願う言葉だった。

スツルム殿の恋が手の届くものなら、諦めて欲しくない。

望みがあるものなら、捨てて欲しくない。

それだけで、僕のこの気持ちも少しは報われる。


「スツルム殿は魅力的だから、きっとうまくいくと思うよ」


自分でも驚くくらい、柔らかい声色で僕は言葉を紡いだ。

見せる笑みも、ひきつってはいないはずだ。

そんな僕を瞳に移しているスツルム殿は、どこかホッとした表情をしていた。

こんな僕でも、肯定されることは安心するのだろう。


「……本当にそう思うか?」
「あったりまえじゃーん!何年一緒に居ると思ってるの?僕が一番、スツルム殿 の素敵なところを知ってる自信があるよ!あっ何なら相手の人に取り次ごうか?」
「それだけは……絶対に無理だ」


僕の提案を聴きながら、複雑そうな表情で、

スツルム殿はそう言い切った。

了承を得られたなら、ライバルの顔でも拝もうと思ったが、やっぱり無理か。

そりゃ、相手に僕を会わせるのは嫌だろう。
別の男と仕事を共にしているなどと知られたら、どう思われるか僕だってわかる。
そうなれば願ったり叶ったりだが、スツルム殿を悲しまることはしたくない。

それでも、どんな人物なのか興味はある。

当たり前だろう、好きな人の好きな人だ。

気にならないわけがない。


「ねぇねぇスツルム殿」

「なんだ……」
「誰なのかは聞かないからさ、どんな人なのかだけ教えてよ」


諦めの悪い僕は、あがき続ける。

少しくらい情報を入手しようと躍起になっていた。

手で口元を覆い、内緒話をするように伝えれば、
スツルム殿は少し悩んだ様子を見せた後、口を開いた。


「……お前も言うならいいぞ」
「へ?」
「お前の恋してる奴はどんな女なんだ」


不機嫌そうな表情で、スツルム殿は僕に問う。

どうしよう。そう来るとは思わなかった。

だが、フェアじゃない取引は彼女のお気に召さないだろう。

…ここははっきりと伝えるべきかと悩んだが、

僕の出した結論は実に曖昧に誤魔化すものになってしまった。


「不器用だけど優しい人、かな。………はい!じゃあスツルム殿の番ね!」


彼女を思いだした時に、浮かんだ言葉がこれだった。

スツルム殿の優しさは少しだけわかりにくいけど、それが僕には感じ取れる。

それを向けられるたびに、温かい気持ちになるのだ。

何か言われる前に遮ってスツルム殿に振れば、

不満の色を帯びている瞳を俯かせて、こちらをちらりとも見ずに呟いた。


「……調子に乗りやすいが優しい奴、だな」


ほのかに弧を描いた口元は、なぜ自分を向いていないのだろう。

長い間燃えている恋心に、君が気が付く日が遠のいた気がした。


「身を焦がすような恋はどうなった?」


僕らが恋の話をする時、始まりの言葉はいつも《これ》と勝手に決めていた。

話す場所にはこだわらず、馴染みの酒場で食事中の時もあるし、

野宿で時間を持て余している時だったりと、時間も場所も様々だ。

今日は宿の二人きりの部屋、あとは寝るだけという

リラックスするような時間に、口から零れ落ちた。

ベッドに横たわりながら、武器の手入れをしているスツルム殿を眺めていたら、

心がムズムズとして、どうしても構ってほしくなったせいだ。


僕が切り出すと、スツルム殿はいつも決まって目線を少し上に逸らす。

想い人を浮かべているのか、それともただ単に恥ずかしいのか。

いつまで経っても恋心に慣れないようで、少しだけ頬が赤らむ姿は可愛らしい。

それが自分に向かっていない感情だとしても、

今この瞬間のスツルム殿を見ているのは僕だという事実だけで生きてきた。


数カ月に一度の頻度で、僕らは恋の話に花を咲かせていた。

あまり頻繁に強請れば、鬱陶しいと返されることを予想した、

僕なりの配慮であり、自身を守るためのささやかな抵抗だった。

そのせいで長い年月をかけて少しずつ少しずつ、

スツルム殿の意中の相手に詳しくなっていく。


曰く、スツルム殿のことをよくからかってくる。

曰く、仕事は出来、信頼のおける人物ではある。

曰く、お調子者で、こちらの気がそれる時もある。

曰く、時折見せる素直な表情が、特に気に入っている所。


相手のことを話すときのスツルム殿は、最初は気に入らないところやされて腹が立ったことを話すのに、

最終的には相手の惚れたところで落とすのがデフォルトだった。

それなら僕を選んだって良くない?と言いかけては、口を噤む。

少しハニカミながら相手のいいところを教えてくれるスツルム殿を見て、

そんなこと言える奴がいるなら見てみたい。

そう圧倒されてしまうくらい、彼女は幸せそうに語るのだ。

本人にその自覚はないだろう。

きっとそう見えているのは僕の瞳だけ。

それくらいの微弱な変化をわかるのは僕だけなのに、どうして君の心に僕がいないのかな。


スツルム殿の選んだ相手はきっとドラフだろう、と僕は予想している。

同族は同族に惹かれやすい。

どの町に行っても同族のカップルや夫婦が

仲睦まじく過ごしてしているところを見てきたからわかる。


僕みたいな人はどちらかというと異端だ。

ひねくれて居る僕とは違って、真っ直ぐな彼女のことだから、

多分スタンダードな道筋を歩んでいるに違いない。

話を聞くに、仕事ぶりを誉めるくらいだから、同業の線もあるが、僕は勝手に武器の手入れを頼んでいる鍛冶職人ではないかと考えていた。

それならば、彼女が誉めるのも頷ける。

僕らはたまに別々に行動するときがある。

きっとその時に彼女は相手のところを訪ねるのだろうと、

何度背中を寂しく見送ったかわからなかった。


「……別に、進展はないな」

「最近仕事の予定ばっかりだし、そういう機会も訪れない感じ?そろそろちょっとお休みとってもいいよね」

「忙しいに越したことはないが……悪くないな」

「…………スツルム殿はさ、お仕事辞めたくなっちゃう時とかない?」

「は?なんだいきなり……」

「ほら、けっこ…」

「ない」


それは、家庭に入る幸せを選ばないのかと聞きたくなってのことだった。

のだが、僕が言葉を言い切る前にスツルム殿はこちらを見もせずに即答した。

僕だってスツルム殿という最高の相方を手放すつもりはない。

でも、彼女の幸せが一番だから、万が一そう願われたら

叶える選択肢しか手元には存在しないだろう。

よくよく考えれば、彼女の好きな相手はこの仕事をしていれば自然と関われるのか。

それを思えば、馬鹿な質問をしたものだ。


「この仕事辞めたら、相手の人と繋がりがなくなっちゃうもんね」

「…は?」


僕の言葉に、スツルム殿の手が止まる。

ハッとして彼女を見ると、信じられないくらい冷たい目でこちらを見ていた。

自分はなにか間違ったことを言ってしまっただろうか。


「……なんでその話に繋がるんだ」

「え……いやほら、仕事のこと誉めてたから僕らの仕事に関わってたりしてるのかな~って」

「お前……もしかしてあたしの好きな奴わかった、のか?」

「えっ」


スツルム殿は、怒気を孕んだ声と視線で僕を捕らえて離さない。

手に握っている彼女の相棒が、キラりと光を反射してやけに眩しい。

言葉を間違えれば、確実にそれで仕留める、とでも物語っているようだった。

僕の発言は、そこまでの失言だっただろうか。

言い切るような物言いは確かに良くなかったかもしれない。

誤魔化す方法もあるが、そんなに大事に感じられず、素直な考えを口にする。


「……………あー…前からこの人かな~っていうのは頭に浮かんでて…」


唐突な答え合わせに、僕の心臓ははち切れそうなほど鼓動を繰り返していた。

初めはどんな顔か拝んでやりたいと思っていたが、明確にわかってしまったら、

僕の人生に影響を及ぼしかねない事に気がついてからは、そのあやふやな情報を元に推測するだけに留めていた。

長い年月を経ている恋心というものは本当に実に厄介だ。

それは彼女も同じだろうけれど、なぜそんなにも血の気の引いた顔で僕のことを見ているのだろう——。


「……っ…悪趣味なやつめ…!」


青かった顔は数秒で赤に染まり、僕のことを怒鳴りつけた。

言っている意味が理解できずにいると、スツルム殿はベッドから飛び降り、部屋の出口に向かっていた。

その手には先程綺麗に手入れしていた剣はない。

身一つでいったいどこへ行こうというのか。

状況が全くわからないながらに、僕は慌てて彼女を追いかけた。

掴んだ手首を引っ張って、彼女がドアに手を掛ける事を阻止する。

部屋から扉まで少しばかり廊下があって助かった。

だが、まだなにも解決できてない。


「待って待ってスツルム殿!」

「うるさい!離せ!」

「なんでそんなに怒ってるの!?」

「わかってたくせに黙って話を聞いてたんだろ!」

「いや、そうかなって思っただけだよ…!?確信はないというか…」


うっすらと目が水気を帯びていることに気がつき、今度は僕が蒼白になる番だった。

そこまで傷つく事だったなんて思わなかった。

だって今まで彼女は僕が聞けば普通に教えてくれていたから、いつかは答えに辿り着く事もわかっていたはずだ。

頭の中がクエスチョンマークでいっぱいだ。

そんな僕の事なんて知らない彼女は、キッと目尻をあげながら噛みつくように叫んだ。


「自分のこと好いている女がべらべらと喋っている姿は滑稽で面白かっただろうな!」

「………んん!?!?」


その言葉の威力は、すさまじい。色んな意味で。

僕の目は今、白黒させて見開いていることだろう。

言葉の一つ一つが耳の中で反響していて、理解が追いつかない。
いやいやなんて?なんて言いました?
自分のこと?って僕のこと?
すいてる………は空いてる?いや好いてる、だよね?
一つ一つ丁寧に解いていくが、いかんせん時間がかかる。
そんな状態で何も言えずにいる僕を、スツルム殿はずっとにらみ続けていた。
どうにか逃れようともがいてるが、絶対に手の力だけは緩めない僕との攻防戦だ。
そんな彼女を宥めるためにやっと発せた言葉は、現実が理解できない僕の、馬鹿みたいな回答だった。


「えっ……スツルム殿の好きな人って鍛冶屋さん、とかじゃないの!?」

「…………はぁ?」


スツルム殿の軽蔑をするような視線が痛い。
先程よりも低い声は明らかにイライラとしてきている証拠だ。
空気の読めない奴だった。
その事実は認めるけれど、僕だっていっぱいいっぱいなのだ。


「お前なぁ……」

「いや、何も言わないで…解ってるから」

「普段は周りを見れる奴なのになんでそんな勘違いするんだ」

「っ………だって両想いだなんて解るわけないじゃん!スツルム殿が僕のこと好きになるなんて思ってなかったもん!」

「……は…?……両想い………はぁ!?」


状況を理解したスツルム殿は、湯気が出るくらいに顔を赤くして僕から視線を外した。

僕もなんだかいたたまれなくて、思わず天井を見上げてしまう。

握っている手から伝わる熱で火傷しそうだった。

そんな状態で固まっていると、僕の耳に微かに話し声が近づいてくるのが聞こえた。

そういえばここは宿で、部屋の扉に近いところで言い争っていたのだった。

これ以上恥ずかしい痴話喧嘩のような言い争いをここでするべきではない。


「……とりあえず部屋の方に戻ろう?」


軽く手を引けば、スツルム殿は素直に応じてついて来る。
先程までいたベッドに腰掛けたことを確認して、僕も向かい合うように腰を下ろした。
二人の間に沈黙が流れる。
チラリと目線を向けても、視線がかち合うこともなく、スツルム殿は斜め下をずっと見続けていた。

さて、どこから始めれば良いのか。
ここは、僕から声を掛けるべきだろう。
男なのだから、これくらいの意気地は見せなければいけない。


「えーっと……スツルム殿の好きな人って僕なの?」

「……この状況でお前以外に誰がいるんだ」


軽く投げた球は、ものすごい早さと力で僕の胸元に返ってくる。
幸せを纏った球を、落とさないように僕は必死だった。


「その……お前の好きな女って…」

「スツルム殿に決まってるじゃん…」


黙り込んだ僕を見て、今度はスツルム殿が口を開いた。
歯切れの悪い問いかけに、此方も呆れたように言葉を返す。
いやいやだってね?
スツルム殿が相手のこと教えてくれる度に、僕だってそれとなく伝えてたんだよ?
食事中に幸せそうな空気を出してて癒やされるとか、
普段はクールなのに子供みたいな嘘でも騙されちゃうとか、
かなりストレートに伝えたこともあった。
全然自分のことだと思っていないスツルム殿も可愛かったけれど、そこまで言っても気がつかれなかった僕の心は途中で死にそうだったよ。


「決まってはいないだろ!そんなこと一言も聞いてないぞ!」

「本人相手に直接言えたらこんなことになってないよ!僕だって!」


幼稚な言い合いは終わらない。

お互い、お互いがいけないと思っている節がある。

でも、先ず先ずスツルム殿ってば自分の好きな人に対して、恋愛相談みたいに切り出す方が可笑しくない?

自分のことを言われてるなんて、思うはずないじゃないか。


「え~だって素の表情ってなに…?」

「いつも胡散臭い笑みばっかり浮かべてるだろお前」

「あーそりゃねぇ」

「……そういうの取っ払って笑ってた方が、その……」

「スツルム殿、僕のそういう顔が好きなんだ~~へ~~」

「それはっ…そう、だけど……。……ちょっと待て、お前も人の事『不器用だけど優しい』とか『いつもは無表情なのに時々照れるところが可愛い』とか言ってなかったか?」

「言ったけど?てか後半はスツルム殿以外当てはまらないでしょ」

「っ……あたしのどこが優しいんだ!そ、それに可愛いって…」


あぁそうだった。

僕らはお互いに、好きな人の前で名前を伏せて褒め合っていたのだった。

その言葉が自分に向かっていることなんて知らずに、自分に対して嫉妬心を燃やしていたことだろう。

その事実に気がついてしまったら、恥ずかしいことこの上ない。

でもそれ以上に、なんだか嬉しかった。

遅れて届いた相手からの告白は、ずっとずっと手に入れたかったものだ。

僕が幸せを噛みしめているその間に、スツルム殿はベッドに潜り込み僕の視界から消えようとしていた。

把握できない流れに困惑した僕は、うまく言葉を掛けることが出来ない。


「…えっ、えっ、スツルム殿?あのあのー…?」

「…今日はもう寝る」


そういったスツルム殿の瞳は、目を回しているみたいにふらふらとしている。

キャパシティがいっぱいになった彼女の頭は、一旦寝ることを選択したのだろう。

山になった白い塊は、僕の声かけを一切無視して硬直している。

こうなってしまっては、今日これ以上の進展を見込むのは無理だろう。

僕自身の容量も、もういっぱいいっぱいだ。


大きく息を吐きながら、四肢を広げて自分のベッドに身を投げ出す。

ただの天井を見上げているだけのはずなのに、

キラキラと明かりが眩しく瞬いているいるのはなぜだろうか。

昨日とは違う世界に生きているような感覚に襲われそうだった。

吐く息が熱を帯び、空気に溶けて部屋を暖めていく。

そのまま温度が上昇し続けて、僕もスツルム殿も溶けてしまうのではないかと思うくらいだ。


変な感覚、夢の中にいるみたい。

このままじゃ僕もスツルム殿も現実と夢の狭間で彷徨っている迷子だ。


二人の出口を見つけるために、クリアな頭で考えよう。

君と僕が幸せになる方法を。

君に、どんな言葉を紡げばいいか。

そっと目を閉じ、息を深くはいた。

ゆっくりゆっくりと、心の奥に入っていく。


こんな気持ちを抱くのはきっと『最初で最後』だと思った。

『寝ても覚めても』君のことばかり考えていた。

僕の人生において『後にも先にも』スツルム殿以外、好きになれる気がしない。


君に対する気持ちを表す言葉は、いっぱいあって選べない。

でも……きっと優しいスツルム殿ならどれでも許してくれるかな?


隣の君が気が付いたから、隣にいる僕も気が付いてしまった。

この恋の終わりと始まりまで、きっとあともう少しだということに——。

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