小話22
2021/4/11開催の噂の凸凹傭兵コンビ-ONLINE-にて無料配布してました。
とある朝の二人の話。
遠く、小鳥の囀る声がした。
ふっと浮かび上がる意識。目をうっすらと開くと、レースのカーテンが申し訳程度に日の光を遮っている。隙間から洩れた光の帯が、部屋の中に差し込んでキラキラと揺れていた。ぼやけた頭で、朝が来たことを悟りはじめる。
口から洩れる吐息が、空中に溶けていった。もう少しこのままでいたい気持ちが、あたしをベッドに縛り付ける。だが、朝食の前に鍛錬はしておきたい。今日はオフだが、サボるという選択肢はなかった。眠たい目を擦り起き上がろうと体を動かすが、身動きが取れずその場に留まってしまった。
起きたばかりのせいで気が付かなかったが、背中にピタリと《なにか》が引っ付いている。背後にある違和感は、寝る時にはなかったものだ。十中八九、というよりも、部屋には自分と相方しかいない。後ろに少し視線を向ければ、案の定癖っ毛の青い髪が目に入る。宿の部屋が空いておらず、昨晩は一緒の部屋、一緒のベッドで過ごすことになった。幸いにもダブルベッドだったので、スペースを半分に区切れば多少は意味があるだろうと思っていた。が、蓋を開けてみればこの様だ。やはりシングルが二部屋またはツインの空いている宿を探すべきだったか。そう思っても昨日はそれどころではなかったし、今更どうしようもない。欠伸とは異なる吐息が、口から溢れることを止められそうになかった。
段々と覚醒する頭は、自分の身に降りかかっている違和感をどんどん気が付かせてくれる。胃の辺りに存在している圧迫感にちらりと下を見れば、二本の腕が巻き付いていた。こちらの陣地に乗りこんでいるどころの騒ぎではない。……それにあたしは抱き枕じゃないぞ。いい加減にしろと言いたくなる気持ちが生まれつつある。だが、こんなところで怒っていても仕方がない。とりあえず、こいつからの脱出を目指さなくて。
試しに身を捩ってみれば、いなくなることを察してか力が強くなる始末だ。タイミングよく強張る力に、本当は起きているんじゃないか? と疑いたくなる。そうだとしたら悪趣味だ。あたしがジタバタとしているところを、後ろでほくそ笑んでいることだろう。顔が見えていないのに、その様子が鮮明に浮かぶ。そんな己の中の妄想に、苛立ちが頭に募っていくのを感じた。あたしの頭を冷やすためにも、早くこの状態から抜け出さないといけない。
……いっそのことたたき起こしてやろうか。その考えが頭に浮かぶが、気が進まない理由があった。行方不明になった子供を探して欲しいというハーヴィンの夫婦から受けた依頼は、よくあるただの人探しとして始まった。だが、その裏には盗賊団が絡んでおり、予想以上の大仕事となる。途中で同じような事案を追いかけていた馴染みの騎空団連中を巻き込めたことは助かった。しかしその結果、十数人もの幼い子供を保護することとなり、秩序の騎空団が到着するまでの子守はなかなかに骨の折れることだった。下に兄弟がいるあたしでもくたびれ果てたくらいなのに、ドランクは魔法を使ってあやしていたせいで、大分体力を消費していたようだった。二人してくたくたの状態で宿に辿り着いたから、部屋だって空いている部屋なら何でもいいと決めたことだった。シングルで床を共にするのは狭いが、ダブルなら問題ないと思っていた。それに、今日くらいは大人しく寝るだろうと高を括っていた自分の認識が甘かったのだ。責めるのはお門違いだろう。起きてからキツく締めておけばいいだけのことだ。うだうだと悩んでいる場合ではない。一つ深呼吸をし、再び行動に移ることにした。
気を取り直し、ゆっくりと己の体を上へ上へと抜き出していく。一気に引き抜こうとするから、無駄に勘のいいドランクが抱き枕を離さないよう抵抗してしまうのだろう。全くもって厄介なやつだ。
息を潜めてやれば、予想通り徐々に抜けていく。巻き付いていたのが、腹部だったのも幸いした。場所が悪ければ、二進も三進もいかない状況だっただろう、と新線の先にある脂肪の塊を見て思った。ドランクは気に入っている部位らしいが、そう口に出された時に勢いよく刺してやったことを思い出した。あぁ……イライラする。推測だが、同じことをこの後することが容易に想像できてしまう。むしろ、それをするために今こうして頑張っているのではないかというくらい、あたしはやる気に溢れていた。
やっとの思いで抜け出した頃には、カーテンからは強い日差しが入り込み始めていた。もはや朝の鍛錬を行うどころではないことを察して、固まってしまった背中を思い切り伸ばす。力を抜けば自然に口から吐息が漏れた。
辛気臭い空気を払拭すべく、ベッドを下り窓に向かう。鍵を開けて外の空気を入れ込むと、ふわりと風が通り抜けた。生暖かい空気に乗って、パンの焼ける匂いが鼻を擽る。反射的に鳴った腹は、先程格闘したせいで思ったよりも大きな音を立てていた。
食事を抜くことは好きではない。ちらりと元凶に目をやれば、まだ夢の中を彷徨っているようだ。先に食事へ向かってもいいが、置いていくと後々面倒なのは経験から解っている。仕方がないからベッドに戻り、空いているスペースに腰を下ろした。近くに来てもまだ起きる気配がない相方に、『本当に傭兵かこいつは』と内心呆れてしまう。でも、それはドランクに引っ付かれたのに起きなかった自分も同じこと。それほどまでに疲れていたということだ。熟睡していたのだから、しょうがなかったと言い聞かせた。思い出すとイライラが戻ってきて、早く起きないかと願ってしまう。目的は勿論、刺すことだ。
「…………のぉ」
ふと耳に入った声に視線を戻す。目が覚めたのかと思ったが、当の本人はまだ眠りの底にいた。緩み切った口元がもごもごと動き、微かに口が開く。言葉を聞き取ろうとそっと耳を傾ければ、ドランクの口から自分の名前が零れ落ちていった。夢の中にあたしがいるということは仕事でもしているのか? それにしては花でも飛びそうなほど、幸せそうなオーラを出している。報酬のいい仕事だったのだろうか、それとも好みの女が依頼してきたのか。現実では呆れた視線を向けられていることなんて知らずに、だらしのない顔で眠り続けている。何度も何度もあたしの名を呼ぶ声が、部屋に木霊していた。夢の中でもうるさい奴だ。それがなんだかおかしくて、口元がくすりと綻んでしまった。心の中で、温かい気持ちが花開いていた。
………………いやいや、あたしは何しているんだ。普段では考えられない自分に、はたと気が付いてしまった。なんだ今のゆるみは。ふっと微笑んでいる場合じゃなかっただろう。何温かい気持ちになっているんだ。ドランクが寝ているだけだぞ。
気が付いた途端に言いようのない感情がせりあがって、もやもやとする気持ちが溢れそうだった。頬が熱くなるのを感じて、きゅっと絞められたような感触がする。ドランクの顔を見ていると、それが爆発しそうだった。これは、視界に入れてはいけないものだ。とっさに掴んだもので、ドランクの顔を覆い、己の呼吸を整える。なんで朝からこんな気持ちにならなければいけないのか。自分はドランクに迷惑をかけられたのだ。笑っているのはおかしくないか? でも、そう感じたのは素直な気持ちだった。
「~っ、~~~っ!」
治まらない顔の音熱が引く前に、ばたばたと動く音にハッと視線を向ける。気が付けば枕の下でドランクがもがいていた。顔を見たくないせいで、ついその場にあった枕を押しつけていたようだ。圧迫されたせいで呼吸が苦しかったことだろう。ぱっと持ち上げると、ドランクは息を切らして勢いよく起き上がった。慌てた姿を見たおかげで、あたしの心は落ち着きを取り戻していた。
「なっ、えっ⁉ 何⁉」
「……朝から騒ぐな。近所迷惑だ」
「僕死にかけたんだけどぉ⁉」
「うるさい」
文句を言う口に枕を投げつければ、顔面に直撃する。そのまま倒れ込んだドランクは、枕を胸にぎゅっと抱いてこちらに恨めしそうな視線を向けた。そんな目をされる謂れはない。もとはと言えばお前がいけないんだからな。
「スツルム殿朝からちょっと冷たくない~? なんでいきなり枕なんて押し付けたのさ」
「お前がこっちに寄ってきて大変だったんだ」
「えぇ~? 僕覚えてないよー! そんなに幅取ってた?」
「朝起きたら背後にぴったりくっついてたぞ」
「え、マジ? 勿体無いことしたなぁ……でもでも! でもでも! もっと優しく起こしてくれればいいのにぃ! 気が付かないくらいお疲れだったんだよ僕!」
枕を抱え泣き真似をするドランクを無視して、あたしは着替えの準備をし始める。こいつに付き合っていたら、時間がいくらあっても足りない。それにまだ残っているモヤモヤを、朝食で流し込みたい気分だった。駄々をこねているドランクを刺せばマシになるだろうが、晴れそうになさそうな重さを感じる。きっと腹が減っているせいだ。そうに違いない。
「すっごくいい夢見てたのになぁ……」
「……お前、夢の中でも仕事するほど好きなのか?」
「仕事? なんで?」
「寝言であたしの名前呼んでたぞ。随分嬉しそうな声色でな」
「……いやなんで仕事に繋がるの?」
「あたしが傍にいたんだから仕事してたんじゃないのか?」
疑問に疑問を重ねれば、ドランクは苦虫を嚙み潰したような顔でこちらを見た。どうしてそんな目をされなければいけないのだ。再び着替えの作業に戻っても、相方は一人で文句を言い続けていた。
「なぁんでそうなるかな~? ほんっとに鈍感だよねスツルム殿って……いやそういうところも魅力かもしれないけど…………あっ!」
背後から聞こえてくる声に、びくりと肩が跳ねる。いちいちリアクションの大きい奴だ。 どうかしたのかと目線を戻せば、ドランクは先程までの流れなどなかったかのような笑みを浮かべていた。それは寝ている時と同じ緩さがあってだらけているけれど、嫌いな表情ではなかった。
「スツルム殿が意地悪するからすっかり忘れてたよ~」
「は?」
「おはようスツルム殿!」
「……おはようドランク」
……怒ったり、笑ったり忙しい奴だ。こんな時でもマイペースな相方に今度はこちらがため息を吐く。
静かな朝に終止符を打ち、騒がしい日常が始まりを告げた——。
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