Grooming

2021/3/21 全空の覇者17発行

A6/54P/1段組 400円

ドラスツが相方にお世話される小話集です。

6話収録してあります。

<簡易説明>

Ⅰ スツルム殿とマニキュア

Ⅱ ドランクと香水

Ⅲ ドランクとロールキャベツ

Ⅳ スツルム殿と一つ結び

Ⅴ スツルム殿と甘やかし

Ⅵ ドランクと風邪

*5話と6話のみお話が繋がってます。

通販はこちら↓


※サンプル(4話)


窓辺の椅子に腰かけて、差し込む朝日で手元の新聞を読み進める。

電気をつけてもいいのだが、傍らのベッドを見るとその気は薄れていく。

大きく膨れた毛布は、規則正しい上下を繰り返していた。

寝ている人間がいるのに、明るくするのも悪いだろう。

幸いにも、新聞は目を通すのに十分なくらい光を浴びている。

だからいつも明かりをつけずに、静かな朝の時間を過ごしていた。

新聞での情報収集は、ここ最近の日課になっていた。

空域の状況から、物価の変動、仕事の募集まで

様々な情報が一気に手に入るのは便利だ。

普段はドランクが読んでから重要そうな情報のみを流してもらっていた。

しかしいつも騒がしい相方は、まだ毛布と仲良くしている。

だから、今はあたしの役割にしていた。

ちょうど読み終わりそうな所で、大きな塊がもぞもぞと動く気配がした。

視線をそちらに向けると、ベッドの主が顔を出し、口を大きく開けていた。


「ふぁあ……」


気の抜けた声に緩やかな雰囲気。

普段ふわりと癖っ毛が揺れている頭は、

髪が四方八方に飛び跳ねていた。

頭上の耳も、主に合わせてへたりと水平の状態だ。

まだ寝足りないのか、目は少し微睡んでいる。

さっき欠伸したばかりだというのに、

また一つ声にならない声が漏れていた。


「……はよ~スツルム殿」


あたしを見つけたドランクが、弱弱しい声で朝の挨拶をした。

握っていた新聞を適当に畳み、立ち上がって椅子へと放り投げる。

部屋に設置されている備え付けのドレッサーに向かうと、

ドランクもそれに気が付いて、ベッドから降り床に足を付けた。

起きたばかりの足取りは重く、まだ眠っていたい雰囲気を感じ取る。

奴が到着する前に、己の装備を整えて迎え入れた。


「座れ」

「うん……」


ドレッサーの椅子の背を引き促せば、ドランクはゆっくり腰を下ろし、

背もたれに身を預ける。

胸の高さに鎮座した頭は、近くで見ても旋毛が

見当たらないくらいに髪の毛がひょこひょこと舞っている。

その状態を見て、確認の為に声を掛けた。


「一つ結びでいいのか?」

「大丈夫~」


返答を聞いてから、花に水をやるように、

霧吹きでドランクの髪に潤いを与える。

もう片方の手にはブラシを握って、丁寧に上から下へ梳いていく。

これも最近の日課の一つだった。

目の前にある鏡に目を向けると、ドランクはなされるがままの状態で、

また一つ大きな欠伸をしていた。

先に寝たので定かではないが、昨日も夜遅くまで起きていたのだろう。


「あとどれくらいで終わりそうだ?」

「ん~……だいぶ読み解いたんだけど、四分の一くらい残ってるかな」


それならば、依頼主との約束までには間に合いそうだ、と頭の中で計算する。仕事にとりかかってから早五日。

こいつの夜更かし生活も、あと少しで終わりを迎えるだろう。

ドランクが今取り組んでいるのは、遺跡の地下にあった古い書物の解読だ。

今回の依頼は、本を入手してくることと、内容の解読書を提出することだ。

遙か昔に作成された為、中の文字は今現在流通しているものとは違う。

遺跡での探索は魔物の住処になっていたこともあり、

あたしの仕事も多かったが、こればかりはドランクの専門分野だ。

代わりとして身の回りの世話をしたりと、サポートする形に落ち着いた。

食事を部屋に運んだり、洗濯を引き受けたり、

まるで家政婦のような働きぶりだと自分では思う。

髪を結んでやっているのは、書物と向き合う為だ。

どうしても顔を下に向けなければならず、その時に落ちてくる髪が邪魔になる。

普段なら自分でやることだが、一日中仕事をしている今の状態では、

寝起きにその気力が起きないようだ。

ドランクに、そうねだられたのだから仕方がないだろう。

朝から晩までひたすら読み解く作業は、運動量は少ないが体力を使う。

頭の疲労は意外に蓄積されるものだし、

このくらいはあたしも昔行っていたから慣れっこだ。

櫛の通りを確認してから、一旦ブラシを

ドランクに持っててもらう為、肩を軽く叩いた。

合図を受けて、差し出された手にポンとブラシを置く。

ぼやけた頭でもそれくらいのことは出来るようで助かっていた。

そのまま手櫛で下から上へ頭の上部に髪を纏める作業に入る。

サイドの髪も同じように手で招き寄せて一纏めにしていった。

ある程度纏めたところで肩を叩くと、

ドランクがブラシをこちらに差し出してくれる。

それを手にして、面を整えてから、空いている手で毛束を持つ。

再度肩を叩いてブラシを預け、シンプルなゴムで結んでいく。

たるまないようにぎゅっと締め付けてから手を離すと、

一束に纏まった髪がゆらりと揺れていた。


「出来たぞ」

「ありがとうスツルム殿」


鏡越しに声をかければ、すっかり目が覚めたのか、

普段の笑みを顔に浮かべたドランクがお礼を言う。

満足した出来が提供できているなら何よりだ。

初めの頃は、自分とは違う髪質や、エルーン特有の耳に

苦労して時間を食ってしまった。

何回かこなすうちにドランクの髪にも

だいぶ慣れたものだと、自分の腕に成長も感じている。

こんなこと上手くなっても、喜ぶのは目の前の男だけだというのに。

人の髪を整えていると、幼い頃に妹の髪を結んであげた記憶が蘇る。

体の弱い母の代わりに、髪を整えてあげるのは自分の仕事だった。

甘えたい年ごろの妹は、毎日髪ゴムとブラシを

手にして、あたしの所にやってくる。

今日はどんな髪型がいいか話しながら過ごした朝の時間が懐かしい。

この髪型も、こいつが出会った頃にしていたものと一緒だ。

それに気が付いて、なんだか妙に昔のことばかり

思い出して、ノスタルジックな気分になる。


「……朝飯取ってくる。昨日と同じでいいか?」

「今日は甘いジャムがいいな」

「わかった」


感傷に浸っている場合ではない。気持ちを戻すために、

次は朝食の用意に取り掛かることにする。

そうはいっても宿で提供されている朝食を、

選んで部屋に持ってくるだけだ。

昨日はさっぱりしたものがいいと言っていたから

レモンのジャムをチョイスしたが、今日はそれなら

特産品と銘打っていたチェリーにした方がいいだろうか。

そういえば近くの農場が朝一搾った新鮮な牛乳というのも気になっている。

飲み物はそれにするとしよう。

あとはたんぱく質も何かしら取らないと栄養が偏る。

昨日並んでいたラインナップを頭に思い浮かべながら、

何がいいかと考えていると、不意にドランクに呼び止められた。


「待って、スツルム殿」


その声に視線を向ければ、奴は天井を向き、目を閉じて佇んでいた。

先程まで鏡で見ていたその顔が、あたしの胸元辺りで固まっている。

そんな体制になって結んだばかりのゴムが緩んでも知らないぞ。

それよりも、何をしているんだ?いつまで経っても

微動だにしないドランクの意図が読めず、

静かに眺めていたら痺れを切らしたのか、

目と口を開けてあたしに問いかけてくる。


「朝のちゅーは?」


当たり前の日常とでも言いたげなドランクの瞳がこちらを見ている。

子供のように無邪気な疑問に対する返答代わりとして、額を中指で強く弾いた。急な攻撃にバランスを崩したドランクは、椅子ごとぐらりと揺れるが、

ギリギリの所で足を地につけた。


「……バカも休み休み言え」

「はぁ……駄目かぁ」


ドレッサーの引き出しに櫛を仕舞って、すたすたと扉へ歩を進める。

そんなもの、した記憶もしてもらった記憶もない。

朝の日課のように組み込もうとするな。

そう叱れればいいのだが、じーっと何も言わず

こちらを見ているドランクの視線がやけに痛く、口を噤むほかない。

今の自分が仕事に関して何も手伝えない現状がわかっているから、

あたしにだって罪悪感はある。

そもそも、あたしからキスなんてしたこともない。

すれば調子に乗るのが目に見えていて、なんだか気が引けるのだ。

だけれど、ドランクが《それ》を望んでいることは、薄々気が付いていた。

先程からチクチクと棘が刺さるような痛さが、地味に面倒だ。

《仕方がない》と心に決めたあたしは、

扉のノブを回しながらぽつりと呟いた。


「……終わったら考えてやる」

「えっ!」

「……ご褒美のほうがお前は捗るだろ」


その言葉にドランクの耳がピンッと伸び、瞳の光がきらりと輝いた。

見るからにやる気があふれる様子が伝わってきて、

『随分現金な奴だ』と心の中で呆れてしまう。

それでも、嬉しそうな顔を見れば、

胸の奥がきゅっとなって擽られるのだから不思議なものだ。


「うん!わかった!」


軽やかな声を耳に届けてから、ばたんと扉を閉じ、

廊下に出る。独りになったその瞬間、甘やかしすぎたと後悔に苛まれた。

あいつのためにも、あたしのためにも、

あまり甘やかさないと決めていたのに、つい言ってしまった。

でも、ドランクのやる気が失われてはいけないのだ。

期限内に終わる見込みではあるが、このくらいは許容範囲の内だろう。

そうだとしても、随分と面倒になりそうな提案をしてしまった。

これが惚れた弱みというやつなのだろうか。

それとも自分の中にある無意識な感情が動かしてしまったのだろうか。

どちらにせよ、厄介なことには変わりなかった。

一体、何をさせられるのか。

……いや、ただのキスだろう?

それも朝起きた時にするくらいの軽いやつだ。

……しかし相手はドランクだ。そんなもので済ませる奴か?

《ご褒美》と銘打ってしまったのだから、

相手の要望を聞かなくてはいけないだろう。

だがしかし、過剰なものを要求されたら断るしかない。

ハードルの高いものは、絶対に無理だ。

断られたドランクが駄々をこねる姿が目に浮かぶが、

致し方ないのではないか。

いやでも、今後の仕事に影響を及ぼしても困るのだ。

それならば、素直に聞くしかない。

しかし……いや……でも……。

朝食のことを考えたいのに、一向に纏まる気がしない。

慌ただしい頭の中を落ち着かせ、これからのことを考える。

朝食のメニュー、ご褒美の事、戻った後で下手に

蒸し返されないようどんな態度で今日を過ごすか。

日の光に照らされた廊下を、ゆっくりゆっくりと歩いても、

その正解は見つけられそうになかった——。

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