小話17

甘えるドランクの話。(団長視点です)


「おっはよ~団長さん」


すっきりと晴れた朝の空に、気の抜けた傭兵の声が響いた。

手すりに預けていた自分の体重を動かして声のした方を振りむけば、

いつもみたいにへらりと笑ったドランクがこちらに手を振っていた。

朝の挨拶と共に『早起きだね』と付け足すと『団長さんもね』って返ってくる。

この時間、うちの艇はまだ眠りの底にいる団員の方が多い。

自分はたまたま目が覚めてしまったから朝の鍛錬に勤しんだ後、

静かで清らかな空気を独り占めしているところだった。

しかしながら、目の前の彼はそう早起きなタイプには見えない。

疑問を混ぜた視線を送っていると、

自分達はそろそろ行かなきゃいけない時間だからさ と

何も言っていないのに答えてくれた。


「いやぁ送ってもらって助かっちゃった!お陰様で良く眠れたよ~」


食糧補給のために立ち寄った島で、顔見知りの傭兵コンビに出くわして、

行く方向が一緒ということで乗っていかないかと誘ったのだが、

乗り心地は悪くなかったようで艇の長ながら安心した。

一応何度か乗せているから悪態をつかれることは無いだろうと

わかってはいるけれど、それでもお客さんなわけだから

少しくらいは気を使うというものだ。

まだまだ子供な自分でも、それくらいは心得ている。

そのまま他愛もない話に付き合ってもらっている最中、

ふと目に入った後ろのフードが裏返しになっていることに気が付いた。

これから依頼人に会いに行くと言っていたのに、その状態は不味いだろう。

親切心から指摘をすれば、ドランクは驚きもせずにまたへらっと笑って答えた。


「あぁこれ? そのままでいいんだ~」


その状態が問題ない?流行りのファッションか何かなのだろうか?

予想外の返答に目を丸めていると、背後から微かな足音が聞こえてくる。

聞き取ったのは自分だけではないようで、隣のドランクもそれに気が付いて、

ふわりと体を運ばせて、艇内から現れた人物に声を掛けていた。


「おっはよ~スツルム殿!

 10時間ぶりくらい?元気だった?よく眠れた?

 僕が一緒じゃなくて寂しくなかった?

僕はね~やっぱりちょっと寂しかったかな~」

「朝からうるさい。迷惑だぞ」

「うんうん、元気そうでよかった~」


足音だけで人物までわかるなんて、さすがはコンビといったところだろう。

纏わりつかれているスツルムは、普段より声量を抑えながら、

やかましい相方をあしらっていた。

まだ大半の団員が寝静まっていることが分かっていて、

声のトーンを落としてくれるし、先程も足音を立てぬ様に気を使ってくれたのだろう。

やっぱり優しいところがある、なんていえば剣を向けられてしまうだろうと、

お礼の言葉は心の中に仕舞い込んだ。

おはようスツルム と先程同様声を掛けると、彼女は間髪おかずに

『おはよう、世話になったな』と足早に艇を去ろうとマントを翻した。

朝ごはんくらい食べていけばいいのに、と思ったが仕事の邪魔をするのも野暮だろう。

さて行くか、と整ったところで、スツルムが眉間に皺を寄せた。

なにか気に障ることでもあっただろうかと眺めていると、

さっさと出発しようとしていたドランクを呼び止め、ため息を一つついた。


「待てドランク。お前またフードが裏になってるぞ」


あっそれ、直さなくていいんだよ、と言いかけた自分の声を遮ったのは、

さっきそう答えたドランクだった。


「えっほんと~?スツルム殿、直してもらってもいい?」


……ちょっと待て、さっき自分の気遣いを無碍にしただろう。

そう指摘する間もなく、ドランクは手慣れた様子で屈みこみ、

スツルムも何も気にせず目の前のフードを整えていた。


「ほら出来たぞ。いつもちゃんと確認してから部屋を出ろって言っているだろ」

「ごめんごめんスツルム殿。でも後ろって自分だと気がつきにくいからさ~」


ぽかんとしている自分に気が付いたのかちらりとこちらを見たドランクは、

口の前に人差し指を掲げて、しーっと歯を見せ嬉しそうに笑った。

『内緒ね』なんて台詞が聞こえてきそう笑みに、こちらは乾いた笑いしか出そうにない。

わざと構って欲しくてそんなことしているのか。

"また"と言っていたスツルムの言葉に、

それが頻繁に起こっていることを悟った。

バレたら怒られるだろうに、なんでそんなことをするのか。

……いや、別に怒られてもいいのか。

スツルムがドランクに対して怒ることは、

日常茶飯事と言わんばかりに見かけている。

あの食えないエルーンは、彼女の関心が自分に向けばなんでもいいのだろう。

そして、なぜかそれが自分にバレているのに、どことなく嬉しそうだったのは、

誰かにそれを見せつけたかったからなのだろうか。

あらゆる仮定がぐるぐると自分の中に渦巻いて、

気が付けば爽やかな心地に包まれていた胸は、

甘ったるい感情が充満してしまっていた。

まだまだ子供な自分だから、その行為がいかに幼い事かわかってしまう。

あぁ……大人でもあんな気の引き方をするんだなぁ。


とりあえず、人の艇でいちゃつかないで欲しい。

片方にはその自覚がないけれど。


今度二人を乗せる時は、雰囲気にあてられぬ様、気を付けなければ。

そう誓った自分の『ごちそうさま』という声が、心の中に響いていた――。

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