小話15

小話13 のその後。ドランク編。



赤色が視界に入るたび思いだす一筋の糸。

その幻覚を僕はまだ追いかけていた。


「っおい!そっちに行ったぞ!」


慌てるようなその声に導かれるように意識を戻すと、

目の前に蜂の形をした魔物が鋭い針をこちらへ向けていた。

手に持っていた宝玉を使って僕が魔法を繰り出す前に、

真っ二つに割れた敵のその向こうに見えたのは、

向けられた針よりも鋭い視線だ。

苛立ちと焦りを孕んだその瞳に、胸の鼓動は早さを増していた。

はらりと舞う敵の残骸など気にせずに、スツルム殿はこちらへ歩み寄ってくる。

その距離が縮むたびに、心拍数も上がっているような気がした。

胸打つ鼓動のせいで、針で刺されたように心臓が痛い。

その上、彼女から浴びせられるであろう言葉の針の数々を考えると、もっと痛い。

あぁ叱られる…と身構えた僕に向けられた言葉は、鋭さが全くない柔らかなものだった。


「……お前、この間から調子悪くないか」


予想外の言葉に、僕は言葉にならない声が口から洩れる。

その反応を見て、見上げた瞳がこちらを疑うように細められる。

―――なぁんだ心配してくれていたのか。

僕がいつもとどこか違うことに、スツルム殿が気が付いているのが

妙に嬉しくて、頬を緩めてへらりとした笑みを返す。


「最近ちょっと眠りが浅くてさ~気温が高いから寝つきが悪いのかも?」

「ふぅん……あんまり無理するなよ」

「スツルム殿ってばやっさし~」

「ば、馬鹿!迷惑をこうむるのはあたしだから気にしてるだけだ!」


本心からの言葉だったのに本気にとらえてもらえないせいで、

スツルム殿は頬を赤らめながら怒って踵を返してしまう。

今度は怒られないように集中しなければと思いながらも、

前を歩く彼女の左手からずっと目が離せない自分がいた。


+++++

今日のことを反省しながらベッドに寝ころび、左手を天井に向けて広げる。

何の変哲もない手の甲に、くるりと変えてみてもやっぱりなにも変わらない手のひら。

目線を動かし、小指の根本に向けても、その事実は何も変わらない。

でも、あの日確かに存在していたリボン結びは一体どこで解けたのだろうか。

あの日見た幻覚を、僕はまだ忘れられずにいた。

スツルム殿の小指と、僕の小指を繋げていた赤い糸の幻を。

たった1日しか見ることの出来なかった不思議な糸の存在を、追いかけ続けていた。


――運命の人に繋がっている赤い糸


そうスツルム殿から聞いた時の衝撃が、まだ胸に残り続けている。

この間見た白昼夢のような赤い糸は、今はもうどこにも見えない。

それなのに、どうしてあの存在を追いかけてしまうのだろう。

君の小指と僕の小指は本当に繋がっているのかな。

それがただただ疑問だった。

本当に運命なんて不確かなもので繋がっているのだろうか。

…でも、繋がってても、繋がっていなくても別にいいではないのだろうか。

それは、僕が辿り着いた結論だった。

そんなものに左右される僕じゃない。

そんな事実がなくても、僕がスツルム殿のそばに居たいことに変わりはない。

だから、見えないものに振り回されていないで、仕事に集中するべきだ。

……でも、それが事実なら、僕らは本当にずっと一緒に居られるのかな。

仕事の相方としてだけではなく、人生のパートナーになれるのかな――。


「……え?」


心に浮かんだその未来に、自分自身で驚き思わず声が漏れた。

その未来を望んでいる自分がいることに気が付いてしまったからだ。


……えっもしかして、僕ってスツルム殿に恋してる?

……いやいや待って、スツルム殿のことは好きだよ?


そうじゃなきゃ相方になってほしいなんて僕から言い出さないもの。

でもそれは、彼女の生き方がまぶしくて、

僕もそんな風に生きることが出来たらって考えたからだ。

彼女の傍で生き続ければ、いつかは自分もそうなれるかもって期待を持ったからだ。

だから、その時は恋愛感情を抱いてなんかいなかったはずだ。

……はずだった。

スツルム殿が美味しそうにご飯を食べているところを見るのが好きだ。

彼女が幸せそうに頬を緩ませるその表情に癒されるから。

スツルム殿を少しだけからかって、時には怒らせることも好きだ。

彼女のクールな面からは想像できないくらい感情的に怒るその表情が新鮮だから。

そこでふと、いつの間にかいろんなスツルム殿の表情を

見たがっている自分がいることに気が付いた。

自分のことなのに、なぜこんなにも知らないことが多いんだ。


「(僕は赤い糸なんて見える前から、スツルム殿のことを無意識に意識してて……)」


あの時みたいな高鳴りに、熱を帯びていく心の正体に、気が付けないほど子供じゃない。

だけど、この衝動を簡単に受け入れられるほど、大人でもなかった。

あー明日からどんな顔して接しよう。

いつもの表情が作れるだろうか。いつもと同じように会話できるだろうか。

久しぶりの甘酸っぱい心に答えを出せない。すぐに出すことなんてできるわけなかった。


翌日、あの赤い糸が復活してることなど知らずに悩める僕の夜は無情にも更けいく——。


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