小話14

小話13 のその後。スツルム殿編。


無意識とは怖いものだ。

己のことを己よりも知っているのだから。


「スーツルム殿」


突然視界に現れたドランクはあたしの世界から反転して見えた。

目を見開いて驚けば、なぜだか向こうも同じような反応を返してくる。

崩れた体勢を立て直し、目を細めて睨みつけると、困ったような笑みを浮かべられる。


「っ何してるんだお前は」

「え~一応声かけたけど振り向いてくれなかったのスツルム殿じゃない」


全く気が付かなかった自分を棚に上げれば、相方に反撃をされてしまう。

「悲しいなぁ」なんて言いながら嘘泣きをするドランクにイラっとしながらも、

攻めるのはお門違いに感じて、素直な謝罪と、微かな抵抗が口から洩れた。


「そ、それは悪かった…。でも…そんな状態で覗くな」

「ちょっと元気なさそうに見えたからおちゃめな僕が顔を出しちゃったって言うかさ~」

「なんだそれ……」


呆れたように笑ったはずなのに、次に返ってきたのは満面の笑み。

いつもこいつはニコニコと、こちらが怒っていようが呆れていようがお構いなしだ。

その証拠に、隣に座って何事もないように話し始めた。

あたしが聞いていても聞いていなくても、沈黙が嫌いなドランクはお喋りを止めない。

自分の声で場が明るくなるのが、こいつは好きなんだろう。

自分自身はあまり気落ちするタイプではないが、

時々調子を崩した時はそんなこいつの明るさに助けられることもある。

ドランクもそんなあたしに気が付いて、

わざとふざけたりいつもより明るくふるまっている節があるのだろう。

わかりにくいあたしのことを理解してくれているのは正直ありがたいし、

細かいところに気が付いてくれるところは、嫌いじゃない――。


「…は?」


自分の思考に違和感を覚え止めると同時に声が出た。

可愛げのない発声に、ドランクが口を止めてこちらを見る。


「ん?どうかした?」

「…………何でもない」

「えっ?なんでもないって間じゃなかったよ!?」


嫌いじゃないってなんだその言い方は。

なぜ、そんな考えに至ってしまったのか。

別に好きなわけでもない、はずだ。

こんなこと考えてしまうのは、絶対に数日前に見えたあの赤い糸のせいだ。

あの日から、定期的に思い浮かべるあの糸を、まだあたしは追いかけているのだろう。

いやいや、待て自分。冷静になれ。

こんな五月蠅い奴好きなわけないだろう。自分の好みではない。

それに事ある毎に嘘を吹き込んでからかってくるような幼稚な男だ。

運命の糸なんてもので呼ばれているもので繋がっているからと言って、

そんな関係になるわけがないだろう。

……でも、細かいところに気が回るところとか、頭の回転が速いところは認めている。

あいつのおかげで仕事がやりやすくなったことは事実だ。

それにあたしの食の好みなんて仕事と関係のないことまで把握をしている。

そんな相方を手放す気には今のことろなれないだろう。

……だからどうして手放すなんて考えが出てくるのか。


本当に、あたしは、ドランクのことが好きではないのか?

自分で見つけたあいつの嫌なところを気にせずに、

何故か良いところを思い浮かべようとしている自分は、矛盾の塊だ。

あたしは、どうしたいのか。もしかしたら、心の奥底にはこいつへの気持ちが眠っていて、

それを呼び起こすために現れたのがあの糸だったのだろうか。

……本当に何を考えているんだあたしは。

こんな妄想じみた思考を巡らせるようなタイプではないだろうと自分自身を叱咤する。

最近ではふとした瞬間にあの時感じた胸の鼓動を思い出してぼーっとすることが多くなった。

あの日から、あいつのことをつい目で追いかけることが多くなった。

傍にいないと、落ち着かないことが多くなった。

……まってくれ、まだわかりたくない。あぁでもこの感情の正体は———。


「スツルム殿、本当に大丈夫?なんかずっと黙ってるし顔が赤くなってない?体調悪いなら……」

「だからなんでもないって言っただろう……」

「でも…」

「いいからっ…!お前は気にするなっ!」

「あっちょっと待って!」


耳に届いた静止が聞こえてはいたが、あたしの足は止まらない。

だんだんと歩幅が広くなり、最終的につま先は地面を強く蹴っていた。

力強く腕を振って駆けだすあたしは、小指に見えていた今は見えない幻覚が、

ほどけないかどうか心配しながら風を切っていた。

全部全部あの日聞いた迷信のせいだ。

全部全部あの日見てしまった幻のせいだ。

そう思ってはいてもこの高鳴りの正体に気が付いたあたしは止まらない。

鼓動も、気持ちも、走ることも、何一つ止めることが出来なかった————。

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