小話13
赤い糸と二人
※どちら視点かわからない状態で書いた小話です。
ドランクでもスツルム殿でもお好きに解釈していただいていいです。
朝、小指の違和感で目を覚ます。
寝ぼけ眼で確認すると左指の根元に赤い糸が括り付けられていた。
中央にいる小さいリボン結びは左右対称に綺麗な形を保っていて人の手が加わったようには思えない。
手繰り寄せようと摘まんでみようと試みたが、触ることが出来ずに空振りをした。
それならばどこに向かっているのかと辿れば、ドアの外へと続いていて終わりには着くことが出来なかった。
――― 一体全体これはなんだ?
星晶獣の仕業かと考えたが、ここ最近関わった記憶がない。
それならば敵の魔法を受けてしまった関係か、という方にも覚えがない。
一番可能性が高いのは先日訪れた遺跡だったが、こんな害のなさそうな呪い聞いたことがない。
思考を巡らせたが当然ながら答えは見つからない。
どうしたものかと眺め続けていると、部屋に備え付けられていた時計の音が耳に入る。
ハッと視線を向ければ、針は相方と約束した時間まであと10分を示していた。
生憎今日は依頼人に先日の報告をする用事がある。遅れるわけにはいかない。
とりあえずこの糸の事は放っておくことにし、身支度を整えてから慌ただしく飛び出した。
宿の受付に向かうと既に相方が待っている。
その姿に、自分の足がピタリと止まる。
急ぎはしたが集合時間に部屋を出たのだから、そこにいるのは当たり前だ。しかし問題はそこじゃない。
相方の左横から赤い糸が垂れているのが見えたからだ。
そっと目で追って行くと、ゴールは自分の手元。
そこからまた戻ってみるが、何度見たところでその事実が変わることはない。
先ほど見つからなかった終わりは、すぐそこにあったようだ。
相手にも発生しているということは、二人して何らかの干渉を受けたということか。
いったいどこでいつの間に……と考えを巡らせていると、此方に気が付いた相方が歩み寄ってきた。
どういう原理かわからないが、距離が近づくたびに糸は短くなっていく。
明らかに不自然な現象なのに、不思議と疑問に思わない自分がいた。
相手に何か言われる前に遅れた謝罪をすると、何事もないように出発を促される。
黙っているとどうかしたのかと問われたので、慌ててなんでもないと返し受付嬢に鍵を預けた。
この糸のことをいつ切り出せばいいのか、タイミングを逃したことに気が付いたのは数分後のことだった。
――― これが見えているのは自分だけなのかもしれない。
そんな考えは、周りの様子を見て思ったことだった。
先程の受付嬢も、待ちゆく人間も、もちろん隣を歩く相方も何も言わない。
大人だったら見てみぬ振りが出来るが、子供だとそうはいかない。
しかし誰も自分たちを気に留めないのは、状態に異常が見られないからだろう。
その現状から考えるに、やはりこれは自分にしか見えていない謎の赤い糸だ。
誰にも見えないなら相談しても医者に連れて行かれるだけの様な気がして、結局言い出すことが出来ずに仕事へ向かう。
……そう、今は仕事に集中すべきだ。例え数分で済むことだとしても、きっちりと行うべきことだ。
それに、時間が経てばその内気にならなくなるだろう。そう雑に決め込んだ結論は、甘い考えだった。
気にしないようにしていたが、ふとした瞬間にやはり思い出してしまう。
別にこれが何なのかどうしても知りたかったわけではない。
しかし妙に気になるこれのせいで、今日は一日集中できない日だった。
仕事中は流石に問題なかったが、食事中や移動中に会話が途切れると、ついつい視線がそちらを向いてしまった。
それは、必然的に相方を見てしまうということと同じで、今日はやけに目が合うからか、
どうかしたのかと尋ねられることも少なくはなかった。
その度に何でもないと返した自分を相方は変に思っていたことだろう。
だが、日も沈みもうすぐ一日が終わりを迎える。
振り返ると普段より長く感じる疲れる1日だった。
赤い糸の原因は分かっていないし、何が起きるのかも不明だ。
でも、今日は今相方と囲んでいる食事を終えればあとは寝るだけのようなものだ。
朝起きたらなくなっているかもしれない、だから忘れようと酒を喉に通す。
いつもよりペースが速いせいで回ったアルコールは自分の思考回路を緩くした。
だから、それならば相方に訊ねてみてもいいかもしれないと『赤い糸』についてぽつりと口に出す。
突然会話を振られた相方は、目をぱちくりさせながら『運命の?』と付け加えてきた。
こちらから話題に出したのにピンときていない自分を見て、
相方は『運命の相手と繋がっているという話』ではないのかと問いかけてきた。
よくよく思い出してみれば、そんな話を幼い頃に聞いたことがあるような気がする。
『そんなものだった気がする』と返した自分は、言葉のキャッチボールが出来ていただろうか。
実際には、いきなり浮かんでしまった可能性のせいでそれどころではなかった。
その後の会話が記憶にないのは、酒のせいではないだろう。
相方と別れ部屋に入り、すぐさまベッドになだれ込むと、頭の中を赤い糸が埋め尽くす。
本当は風呂に入り身を清めなければいけないのに、今の自分はそれどころではなかった。
待て待て待て待て。いや、そんなはずはないだろう。
自分たちは数年来の付き合い。
最近では疾風怒濤の傭兵コンビという名も定着をしてきているらしい。
だからと言って『運命』だなんてそんな。それはどういう意味なのか、いや一つしか思い浮かばないが。
第一にこれがその赤い糸だと確定したわけではない。
一度《そう》だと思ってしまった事柄を中々否定できない己の心臓が、動くスピードを上げていく。
心臓がバクバクと高鳴って、息が苦しいような気がするのは、うつ伏せで倒れ込んだせいなのか。
寝返りを打ち仰向けになったところで変わるはずもない鼓動は、時計の音が聞き取れないほどに主張を増している。
ふと左手を天井に掲げると小指の根元が輝いて見える。
それがとても眩しくて、思わず目を細めると、そのまま意識が静かに下へと沈んでいくのを感じた。
翌日目覚めると、赤い糸は跡形もなくなっていた。
小指にも違和感はない、むしろ正常だ。
昨日の出来事は夢でも見ていたか、疲れすぎて幻覚が見えていただけか。
どちらにせよ、存在を証明できない代物だから仕方がない。
ただ唯一、自分の中に残っているのは胸に感じたあの高鳴り。
苦しいほどの速さを持っていた鼓動だけは自分の中に存在していて、
今も赤い糸や相方と繋がっていたことを思いだすとあの時と同じように動き出す。
この気持ちは夢か現か。それがわかるのは、もう少しだけ先のお話―――。
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見えていたのがスツルム殿だったら…のその後→小話14
見えていたのがドランクだったら…のその後→小話15
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