小話12

何でもない日と二人


―――なにか、起こしそうな気がする。


そんな曖昧で不確かな気配を察していた。

いつもは鈍感だとか好き勝手に言われる自分だが、

数日前から奴が何かをする気でいるなと感じ取っていた。

無駄に長い間所謂パートナーというものを続けてきた腐れ縁故の勘というものだ。

でもそれが何なのか掴めずに淡々と日々は流れて行った。

あいつから何か言い出すこともないし、あたしから何か聞き出すこともない。

それがいつなのか、それがなんなのか、妙な気持ち悪さはあるけれど、

個人的な事情を無理に聞き出すことはしない。

人には、聞かれたくないことの一つや二つあるものだから、当たり前だろう。

それに…あいつが何をしようと別に関係ない。

仕事の事や今後に係わる事なら話は別だが、そういう話を隠す必要は無いだろう。

その時が来たらわかるだろうと、感じたものを言葉に出さずに胸に閉まった。

そんなあいつのそわそわというか…もぞもぞというか…

そういう気配が落ち着いたなと感じたのは、

何でもない日の仕事終わりに入った酒場でのことだ。

今日の仕事 ―といっても明日から護衛につくことになった依頼人との顔合わせ―

を滞りなく終わらせ、さっさと宿に戻ろうとしたあたしを酒場に誘ったのはあちらだった。

明日から仕事だというのに酒を飲むのかと思ったが、

美味い肉料理が出るのだと言われれば断る理由はなかった。

連れられたそこは、酒飲みたちで埋め尽くされ、やけに賑やかだった。

今日は若干の暑さがにじむ日だというのに元気なことだ。

その分、酒が美味く感じるという気持ちはわからなくもない。

だからといって騒ぐ気持ちは一切わかってやれない。

騒がしいのがそこまで好きじゃないあたしを思ってかは知らないが、

ドランクに促され進んだ先は窓側の端にある席だった。

いつの間に終わらせたのか「もう注文は済ませてある」と言われ、

メニューを開くこともなく待つこととなる。


料理や酒が届くまで、あいつはいつものお喋りを辞めはしない。

周りの騒がしいBGMよりはマシだろうと黙って聞いていると、

程なくして樽を加工したジョッキに入ったビールが2つテーブルへと置かれた。

てっきり高そうな酒でも頼んでるのかと思えば、いつもと変わらない酒に肩透かしを食らったような気分になるが、

続けざまに出てきた鉄板でいい音を立てている山盛りの肉を見てその気分も消し飛んでいった。

数種類のソースをつける、と店員が説明しているが、肉の焼けるいい音のせいで耳に入ってこない。

ジョッキを手に取り、促されるままガチャンと乾杯をかわして、自身の喉を潤していく。

「相変わらず良い飲みっぷりですね」と茶化されるが、暑いのだから仕方ないだろう。

さっきも言ったが、こういう日は冷えた酒が美味い。

早々にウェイターへお代わりを要求したその直後、ふと感じた。あの気配が落ち着いたなと。


「もういいのか」

「えっ?なにが?あっお肉なら好きに食べて~」

「なにかあったんだろ」


率直に尋ねると、的外れな返答をされる。肉を食べるのに許可を得るわけがないだろう。

差し出されたフォークを手に取り、そのまま肉へと振り下ろす。

さっきのソースはどれがどれかわからないから自身に一番近い茶色のものにした。

口に含むと、ガーリックの香ばしい匂いが口いっぱいに広がっていく。

一口噛むたびに肉の旨味も重なって、幸せが気持ちに包まれた。

十分味わって飲み込み、やっと気が付いた。ドランクがぽかんとした顔で固まっていることに。

食わないのか、と声を掛ければ、意識が戻ったのかはっと肩が飛んだ。


「えっ……えっ!?スツルム殿気付いてたんですか!?」

「…驚きすぎだろ」


失礼な奴だなと眉を顰めながら、肉を今度は黄色のソースをディップし口へ運ぶ。

口の中にチーズの風味が広がり、そこでやっとソースの正体に気が付いた。

さっきのソースも美味かったが、肉の味をあまり邪魔せず、チーズが主張するこの味も好きだ。

そうこうしているうちに2杯目のビールが卓に届く。

ドランクは相変わらず驚いた表情をしていたが、暫くするとぽつりとつぶやいた。


「だって僕何も言わなかったから」

「……ずっと一緒にいるんだし、なんとなく変だっていうことくらいわかる」

「…そっか」


何かを噛み締めるようなその表情が、むず痒い。

気が付いていないふりをしてビールで痒さを流し込む。

冷えたビールがこの気持ちを解消してくれるような気がした。


「ねっねっワイン頼んでいい?ちょっと上質なやつ!一緒に飲も!」

「はぁ?」


私の返事を聞く前に、ドランクは手元のビールを一気に飲み干し店員に声を掛けた。

鼻歌を歌いだしそうなご機嫌さに止める気も失せてくる。

何がスイッチだったのか知る由もないが、どうせ止めても無駄なことをあたしは知っている。


「今日は僕のおごりだから!ね?」

「…明日は早いんだから程々にするぞ」

「は~い」


店員を呼び止めなにやら小難しい話をし始めたドランクを放って、テーブルの肉を片付けていく。

もう少し欲しいな…という欲望のままに、話し終えた店員を呼び止めお代わりを要求すると、

「僕まだ一つも食べてない!」と騒ぎ始めたドランクの脛に蹴りを入れて黙らせた。

ボケっとして食べなかったのはお前の責任だ。代わりが来るんだからいいだろう。

そうこうしているうちに、ウェイターがグラスを片手にワインを運んできた。

なにやら年代とか品種とかドランクに説明しているが、あたしにはやっぱりさっぱりわからない。

まぁ美味いんだろう、なら別にいい。

間髪おかずに運ばれてきた追加の肉を前に、再度の乾杯を促され、カチャンと上品な音が鳴った。

一口含むとほのかな甘みが口内を埋めつくす。さっきまで飲んでいたビールとは真逆の味だが嫌いじゃない。

目の前の奴は「チャーミングなワインだね」と言っていたがさっぱりだ。

なんだチャーミングって。お前はワインに可愛さを求めてるのか?

そんなあたしの心情を察したのか、ふふっと軽く笑うのでもう一度同じ場所に蹴りを食らわせた。


「…結局なんだったんだ?」

「ん?」

「だから、なにかあったんだろ」


ワインもそろそろ底を尽きそうだという頃、切り出した言葉にドランクはあたしから目線を外す。

ん~…と唸り声をあげて口籠る様子にさっきまでのテンションはどこへ行ったと言いたくなる。

ワイングラスをくるくると回しながら、どう返そうか言葉を考えているようだ。

そんなに考えなくてはいけないようなことなのか?と思って黙って待っていると拍子抜けする答えが返ってくる。


「……僕の胸の中に閉まっておきます」


そう言い切って、ワイングラスをゆっくり傾けたドランクは、

もういうことは無いと言わんばかりにいつもの笑みをこちらに向ける。

そっちがその気なら別にいい。てっきり誕生日か?と思ったが、それを知ったところで何かしてやれることもない。

ただただ、生きているだけで幸せなような業界に身を置いているのだ。

多くを求めても無駄だろう。


「また来年、スツルム殿が僕の隣にいて、僕が変だってことに気が付いてくれればそれでいいから」

「……なんだそれ」

「まぁまぁ来年といわず再来年もその先も…」


言いかけた口は、最終的に「なんでもない」と閉じられた。

『未来の約束事なんて傭兵のあたしたちがしてどうするんだ』という言葉は、流石に口に出すことを憚られる。

分かっている人間に追い打ちをかけることもないだろう。

何年も共に行動しているのだから、その先も…と言ってしまいたくなる気持ちはわからなくもなかった。

初めて会った時は、こんなに長く傍にいるなんて思わなかった。

お互いに気が合うという第一印象は抱いていないだろう。

ちなみにあたしが感じた印象は、うるさいだった。

こいつは喋ってないと死ぬのか?と思ったことを思い出す。

此方が何も言わなくても喋り続けるその様は今も変わらないが、

それが無いとドランクじゃないなと思うまでになってしまったから慣れとは不思議なものだ。

何年も、何回も、季節が巡ってもドランクもあたしも別段変わらない。それがお互い丁度いいと思っている。

そういえば、あの日も仕事終わりにお疲れ様会とか言い出して酒場に連れて来られたな。

ただの仕事に対して何を言ってるのかと呆れながらも、

奢りだと言われてほいほいついて行った自分を思い出してしまった。

……あぁそうか、そういうことか。

こんな些細なことを覚えてるなんて本当に細かいやつだ。


「……気が向いたらな」


こんなそっけない返事にすら、この上なく嬉しそうな顔をするのだから、こいつは本当に能天気だな。

そんな姿を見て、思わず口角が上がってしまったあたしも、同じようなものだろう。

飲み干したワインに似た甘ったるい雰囲気に浸りながら、一時を過ごすのも悪くないだろう―――。


『なんでもない日おめでとう』


+++++++++++++++++

ほんとは出会った日に、何か特別なことをしたいと思ったけど、色々考えた結果、

いつも通りの日常を過ごすことが一番幸せだなって思ったドランク

(表現力が無くて書けなかったところ)

ドラスツが弊騎空団に来て1周年の記念に書きました。

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