小話11
指輪とドラスツ
―――傭兵の朝は早い
枕元に置いた懐中時計の針が午前五時を指していることを確認し、そう思う。
……あっ、嘘嘘、ごめんね嘘。
傭兵じゃなくて今日は僕自身の朝が早かったってだけ。
ちょーっとだけかっこつけたかったんだってば~。
そんなふざけている僕になんて気が付かず、隣ですやすやと眠っている相方に目をやると、
いつも冷たい目線を送ってくる人物と同一だなんて思えないくらい穏やかな表情をしていた。
少しだけ寝相の悪い彼女側のシーツは皺になってしまっている。
昨夜は寒かったのか、縮こまるように丸まっているその姿が、猫みたいだな~と和んでしまう。
そんな姿が、可愛らしくて好きだ。
「(今日もまた惚れ直しちゃったな~)」
自分の感情を自分で茶化して、早起きした目的を遂行すべく、動き出す。
スツルム殿が起きないようにそっと毛布から抜け、自分のカバンを手繰り寄せる。
荷物の中に隠していた小さな小箱の行き先は決まっているけれど、そこに辿り着くまでが問題だ。
途中で起きたら折角の計画が水の泡だが、この時ばかりは自分の器用さと彼女の鈍感さに感謝した。
そぉっとそぉっと毛布を捲って手を伸ばす。
鍛錬の跡がにじみ出ている指先を通り抜け、目的の物は指の根元に到達した。
調子に乗って指を絡めてみても起きないところを見ると、自然と口角が上がってしまう。
規則的な寝息を立てて、気持ちよさそうだな~なんて眺めていると、
いつの間にか時間が過ぎて行ってしまうのだから不思議だ。
ゆっくりするのはおしまい。
用事を片付けたらさっさと次へ進まないといけない。スツルム殿が起きる前に僕の準備を整えなくては。
別段彼女は気にしないだろうけど、なんとなくピシッと格好は整えておきたいのが男心だ。
いつもは女々しいとか言われるが、僕だって男子だからね。
髪の手入れも念入りにして、シャツも皺がないかよーく確認する。
最後の仕上げとばかりに、彼女に付けたものと同じものを自分自身の指に通して、天に掲げてみる。
よろず屋さんから買ったそれは、力の増幅器。指輪の形状をしているものだ。
いままでもその類のものを目にしなかったわけではないけれど、
その日見せられたそれだけは、なんだか特別に感じて。
あっ、これって運命ってやつ?なんて思ったりした。
スツルム殿が珍しく興味を持っていたのも原因だろう。
が、新しく出たばかりでお高めと聞いて、途端に興味を無くす所はスツルム殿らしいなって思わず笑ってしまった。
だけどスツルム殿が一度興味を持ったものを諦められる僕ではなくて。
コツコツと貯めた買いがあったなぁと付けて初めて実感する。
彼女は『これ』をどう思うだろうか。
まさかの気が付かない…なんてことはないと思いたいのだが、
鈍感な彼女だから絶対にないとは言い切れない気もしてきた。
よくよく考えれば、何か記念日まで待てばよかっただろうか。
でも、手元に来た瞬間にすぐにでも渡したくて堪らなくなってしまった僕の心情も察してほしい。
ピアスにマントにまたもう一つ。君とお揃いが増えることが楽しくて仕方ないんだ。
やっぱり早く起きて、スツルム殿。
さっきまでは起きないでくれと願っていたのに、
今では早く反応が見たくて仕方ないから起きてくれと急かしてしまう。
怒るかな?それとも喜ぶかな?いや、呆れるかもしれないこんな高いものって。
思い浮かべたその姿でさえ愛おしい。どんな反応でも、どうやら僕は嬉しい様だ。
そっと手に手を重ね合わせると、二つの指輪が朝日でキラキラと煌めいていた。
「(まるで門出を祝福してくれているみたい)」
『君と僕の新しい始まりになるかもしれない日に祝福を』
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