小話9

手が出せないドランクの話


どうして、こうなってしまったのか。

悔やむような、嬉しいような、言い表すことのできない心はぐるぐると回る。

ゆっくりと整理をしたいのに、心臓がうるさくてそれどころじゃない。

あと少しだけ動いてしまえば、唇と唇はくっついてしまうだろう。

だから安易に触れてしまわないように出来るだけ動かないように努めた。

そうは言っても限界はある。なんで人は呼吸というものをしないと生きていけないのか、

なんて哲学的なことまで考えだしてしまった。

あと、少し下にある柔らかい膨らみが体にべったりと密着してしまっている。

これにはあらゆるところが反応してしまわないか、

それを悟られないようにしなければいけなくて気が気ではない。

色々な感情を必死で抑えて平常心を保とうとするが、この状況で落ち着けるわけがない。

目を背けることもなく見つめ合う僕たちは、どのくらいの時間をこの状態で固まっているのか。

何も言えずに黙ったまま、無情にも時間だけが流れていく。

向こうも何も言わずに固まっているところを見ると、キャパオーバーなのは僕だけじゃないように思う。

こうなった瞬間にすぐ離れればよかったのに、なんで僕はこういう時のイレギュラーに苦手なんだろう。

いやでもしょうがないではないか……こればっかりはしょうがないではないか!

早く退かなくてはと焦る気持ちはあるけれど、

このままもっとくっつきたいという欲も存在していて、自分の中でせめぎ合っている。

どうすれば。どうしようか。離れなきゃ。でも勿体ない。

そんな自問自答を繰り返して、結論を出せずにいる。今日の僕も優柔不断だ。

………そもそも僕に決める権利なんてないんじゃないか?

考えの果てにその結論を思いついた。

こういうことは僕の感情よりも、スツルム殿の気持ちを優先すべきだ。

スツルム殿が嫌がることはしたくない。

いや、口だけで言う拒否と本気の拒否は違うものとカウントする。それとこれとは話が別だ。

まぁでも、スツルム殿の事だから、そのあたりの事は心配してはいない。

嫌なことは嫌だときっぱり言うし、この状況もいつもなら思いっきりぶすっといかれているだろう。

その拒絶がないのは、思考が固まってしまっているからだろうか?

でも本当に拒否されなかったら―――?

………いやいや待ってくれ、そんな軽々と事を進めていいのだろうか。

彼女との付き合いは長いけれど、心を通わせたのはつい最近だ。

早すぎないか?軽い男だと思われないか?もう思われているなんて考えは遠くに投げ捨てた。

いつもみたいにおちゃらけながら進めてもいいかなと思いながらも、

どうせならもっとロマンとか、ムードとか大切にしたいじゃない?という面倒な心が邪魔をしてくる

スツルム殿はそういうの気にしない気がするけれど、

ちょっとでもいい男でありたいと思ってしまうのは仕方ないだろう。男の性だ。


「おい…いつまでそうしてるつもりだ」


下から聞こえた声に、肩が跳ねる。

いつもと同じ不機嫌そうなその声に、やってしまったなと反省した。

脳内会議が長すぎる。スツルム殿がそんなに気が長くない事なんてわかりきっていたことなのに、

あまりの想定外な出来事に、判断が出来なかったのだから許してほしい。


「ぁっ、ご、ごめんね~スツルム殿!今退くから…」

「そうじゃ、なくて」


浮かした手をパシッと掴んで止めたのはスツルム殿だった。

どうしたんだろうかと固まっていると、上目遣いのスツルム殿が恥ずかしそうに小さな声で呟いた。

「………そういうこと、するんじゃないのか…」

き、き、き、きた~~~!

その一言で、僕の背後に花が咲き乱れた、確実に。

祝福の鐘のような幻聴さえ聞こえる。いや、幻聴じゃないのかもしれない。

僕が僕自身を祝福していると、スツルム殿は反応がないことに困ったのか、

空いた右手で恥ずかしそうに口元を隠してしまった。

自分のピンっと立った耳が、か細い声だろうとスツルム殿の言葉を聞いていないはずがないでしょう。

さっきまで合わせていた目線もプイっと他所を向いてしまっている。

僕の方はそんな姿を目に焼き付けるために瞬きせずに見続けた。

放すタイミングを失ってしまったと思われる左手は、まだしっかりと僕の手首を握っていてほのかに温かい。

その微かな温かさでも、僕の顔は茹蛸状態に変わる。

頭が熱くて、思考が定まらない。

言いたいことはいっぱいあるのに、上手く言葉が紡げない。

したいこともいっぱいあるのに、もはや何から始めればいいのか。

スツルム殿が望んでいるのだから、色々すっ飛ばしていたしてしまってもいいのではないかと思ったが

何の準備も整っていない丸腰の状態で挑んでいいわけがない、と僕の中の紳士が警報を鳴らしている。

したい、触れたい、心構えが無い、意気地もない。

なんでこんな時ばかり、理性が邪魔をしてしまうのだろうか。


「……やっぱりあたしなんかとじゃ、したくないのか」

「したい!したいです!したい、けど」


自分の中での折り合いが付かないが、悩んでいる暇などスツルム殿は与えてくれない。

その誤解だけは、否定しなくてはいけないと食い気味に返してしまった。

でも、そんないつもの強気さが姿を消してしまったスツルム殿を見て、慌てないわけがない。

じゃあなんなんだって怒りを孕んだ瞳で睨みつけてきて、僕は心情を吐露するほかなかった。


「………こういうの久しぶりだから準備も何もできてなくて…」


正直に白状したというのに、今度は何を言い出したんだこいつはって目で僕を見てくる。

しょぼくれた耳が妙に重く感じる。本気で言っているのにその視線は無いだろう。

そっちがその気ならわかってもらうまで伝えるしかない。


「種族が違うって言ってもさ、ほら、そういうことはちゃんとしたほうがいいじゃない?

いや準備しとかなかった僕がいけないんだけど……あっあるにはあるよ?もしかしたらそういう

仕事もあるかもしれないし。でも結局なかったから使用期限過ぎてるのしか手元にないから「長い」


僕の必死の言い分はスパンっと一刀両断され、止めざる終えなくなった。

口だけならまだしも、太ももを殴って止めるのは地味にダメージが来るからやめてほしい。

いつも剣で刺されている奴が何を言っているのか?って思われるかもしれないけど、

今日の僕は少し余裕がないのだ。

打撃のせいでさっき心に誓った思いも砕けそうだ。


「別にしなくていいだろコンドー「わー!ダメ!スツルム殿女の子がそんなこと口にしちゃダメ!!」


呆れたように言い放つスツルム殿の台詞を、今度は僕が遮った。

ドラフはそういう関係はオープンだと思ってはいたが、そこまでストレートな物言いはどうかと思う。


「お前女に夢見過ぎじゃないか」

「夢見るとかそういうのじゃなくてさ~~」

「…どうせ子どもなんて出来ないだろうから、いいだろしなくても」


ぽつりとつぶやいたスツルム殿の言葉は、僕にも彼女にも突き刺さる。

異種族同士、そういう話になるのは仕方がないことだ。

可能性が低いことを考えるのは、彼女は面倒で好きではなさそうだ。

それでも、僕の気持ちは決まっているし、曲げる気もない。


「というか、そうじゃなくて…大事にしたいの!僕が!

出来ないって言っても100%じゃないし…いやスツルム殿との子どもってなると

絶対可愛いから欲しいって気持ちはあるけど…

ってそうじゃなくて、やっぱりスツルム殿にいっぱい負担がいくことじゃない?

そういうこと考えると気軽にしちゃダメというか、そういうことは僕が気を使うべきというか」


伝えたいことは言わなくてはと、本能に従って喋り続けていく。

自分の口から言葉が出るたび、我ながらこんなにペラペラと喋れるものだと感心した。

あ~呆れられているかもしれない。というか絶対に何もできないヘタレだと思われてる。

そうじゃない、そうじゃないんだと言いたい。

僕は、君に本気なだけなんだ。本当に大切にしたいから躊躇や遠回りをしてしまうだけなんだ。


「ずっとスツルム殿の隣にいたいから、大切にしたいんだよ」


傭兵。異種族。自分たちの立場を考えると愛し合うこと自体が"間違い"かもしれない。

そんな中でも、一人の女性を大切にしたいと思う気持ちは"間違い"じゃないだろう。

―――――だから焦らずに、君との時を進みたいと思う気持ちは"間違い"だろうか?

その答えは、僕の下にいる可愛い人を見ればおのずと導けるものだった。


「スツルム殿?」

「……わかった、わかったから退け」

「ほんとに?ほんとに僕の気持ち伝わってます?」

「わかったって言ってるだろっ…」

「ねぇスツルム殿っ」

「……あーもう煩い察しろ!」

「痛っ!!」


顔を見せてくれないスツルム殿をついつい構って、怒らせてしまう。

見せたくない理由なんてわかってる。僕の気持ちが伝わったのもわかってる。

照れ隠しに殴られても、もう大丈夫。

それに、スツルム殿にその気があるとわかったなら、明日からの僕はきっと完璧でいれるはず。

その時は、君が振り絞った勇気を今度は僕が振るってお誘いしよう。


「…恥ずかしいやつ」


……手は出せないくせに、っていう余計な一言は聞かなかったことにしておこう。



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スツルム殿は家庭環境的にも傭兵という仕事柄的にも女の子扱いとかに

慣れてないので言葉に出されると恥ずかしがりそうだなと思いました。

ドランクは妙な所で紳士感出してくるタイプ。

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