小話8
七夕の日とドラスツ。付き合ってる設定です。
「おい」
一言呼びかけると長い耳がぴくぴくと揺れていた。
その動作は聞こえている証拠だというのに、一向に顔をこちらに向けないことに腹が立ち、
スタスタと近づいて背後から蹴りを入れる。
やっと振り向いたその顔は、口を尖らせて何か言いたげに目線を投げかけてくる。
「も~蹴らなくてもいいじゃないですか」
「閉めろ、虫が入るぞ」
「はぁ~い」
文句を無視してこちらの要望を伝えると、明らかにわかっていない生返事をするだけで、
やはり行動を起こそうしない。
窓の縁に寄りかかって、星一つない空を見上げることの何が楽しいというのか。
しかも風呂上がりの頭の濡れた状態で何を考えているのか。
体調を崩されて迷惑をかけられるのはこちらなのだ。
前に一度、看病をさせられたことを思い出して、眉間の皺が増えたように感じだ。
イライラしていると、閉められる気配のない窓からふわりと生暖かい風が室内に入り込んだ。
今夜は一雨きそうだな…と思いながら、ベッドの縁に腰かけて、肩にかけたタオルで
自身の頭をわしゃわしゃとかき乱す。
風邪をひいて困るのは自分自身もそうだ。でもそれ以上に困るのは奴なのだ。
明日の朝は依頼人に会う予定があると聞いている。
会っても何も話さないあたしはともかく、ドランクには外せない用事だ。
近づいている雨雲は、本格的に仕事が始まる頃には過ぎ去るのだろうか。
宿の女将がこの時期は天気が崩れやすく雨が多い、
とぼやいていたのを思い出しながら開けっ放しの窓から空を見た。
「そういえばスツルム殿、七夕って知ってます?」
「知らん、どうでもいい」
「え~嘘でしょ~僕みたいに嘘つきになっちゃダメですって」
「五月蠅い」
代わり映えのしない空から目を逸らさず、ドランクはあたしに問う。
有名な昔話を知らないわけはないのだが、人の話を聞かないこいつに答えてやる義理はない。
それに、どうでもいいといったのは嘘じゃない。他人の恋愛事情など知ったことか。
幼い頃その話を初めて聞いた時、1年に1度しか会えないのは可哀相だと思ったが、
今では自業自得だと感じるレベルだ。現を抜かして仕事しない奴に権利など無い。
ふっ…と視界に陰りが落ちる。
ふと見上げればドランクが目の前に佇んでいて、伸ばされた手はあたしの肩に触れた。
傾いた体に抗わず、そのままベッドに身を委ねる。
一瞬眩しい、と感じた電球の光は、覆いかぶさったドランクによって遮られた。
いつもと変わらないにやけた笑みはむかつくが、眩しいよりはマシだなと諦めた。
…まぁこの状況を作ったのはこいつだけどな。
あたしの心の声など分かるはずもないドランクは、
右手をあたしの顔の真横に置き、左手でゆっくりと耳を撫でた。
くすぐったさに身をよじると、勘違いしたのかいつもより甘い声で囁いてきた。
「僕たちも…逢瀬しません?」
「しない」
こちらのことを無視して紡がれた言葉に間髪おかず返答すれば、
先程までの真面目な表情は何処へ行ったのか、鳩が豆鉄砲を食らったような表情を浮かべている。
固まっていないで離れろと目線で訴えて、どのくらいの時間が経った頃だろうか。
その場から動く気配のない奴に痺れを切らして、
耳を撫でていた手を叩くと、先程までピンっと伸びていた耳がへにょりと力を失った。
「どけ。お前、朝一で仕事だろ。あたしはもう寝るぞ」
「スツルム殿~…もうちょっと空気読んでさ…ちょっとくらい…」
「そんなもの読んだところで腹は膨れない」
「も~~~~お腹膨れなくたってお仕事の上では重要だし!」
「今はプライベートだ。あと窓、閉めろ。雨が来るぞ」
情けない顔をして駄々をこね、しょぼくれた様子で隣のスペースに倒れ込んだドランクは、
なぜかあたしの体を抱きこむ。
はぁ~~という大きなため息はあたしに聞かせるためにわざと吐いたのだろう。
ため息なんてこっちが吐きたいくらいだ。
人の気も知らないで、と思いながら奴が拾えるか拾えないか微妙な声量でぽつりと呟いた。
「別に、あたしたちはいつでもそういうこと……出来るだろ」
言った直後に後悔した。あぁ、やはり調子に乗らせてしまったと。
聞き取らないわけがないのだ。こいつが、あたしの発言を。
がばっと起き上がったドランクはいつもの胡散臭い笑みとは
違う柔らかな表情を浮かべていて、思わず目線を逸らす。
この顔には、妙に弱い。
ダイレクトに嬉しいという感情が伝わってくるのは、むず痒くて落ち着かない。
…でも、嫌いじゃない。
「誘うなら回りくどいやり方するな、面倒だ」
「…うん」
「……………寝る」
「待って待って僕も寝るから!」
慌ただしく窓を閉めるドランクを横目に毛布に潜り込む。
ウキウキと戻ってきたドランクはすぐさま隣へと侵入してきた。
何のために隣にもう一つベッドが鎮座しているというのか…と思わなくもなかったが、
今日くらいは許してやることにした。
暫くすると窓に雨がこつんこつんと当たる音がし始める。
その音にドランクの心臓の音が重なり合って眠気を誘う。
温もりが、弾ける音が、心地いい。
「(…不器用だな、こいつも)」
眠気の海の中でぼんやりとそんなことを思う。
普段は気軽にじゃれ合ってくるくせに、深いものを求めるとなると遠回りしようとする。
素っ気なくするくせに、直接的なものを求めてしまう。
――――――あたしも、こいつも、儘ならない。
「(でもそれくらいで、丁度いいだろう)」
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