小話5
*上に乗っかるスツルム殿が書きたかったやつ。
見上げれば スツルム殿の 冷たい目
見上げる、だなんてなかなかありえないシチュエーションにドキドキしたいところだけれど、スツルム殿のいつも以上に冷たい目線でそれどころではなかった。僕を押し倒して馬乗りになっている彼女はなぜこんなにも怒っているのか。
日常的に怒らせてばかりの僕だけど、大体の理由は分かって怒られているし、容赦なく刺してくる彼女が、手を出さずに馬乗りの状態で動かないというのはいささか怖い状況ではある。
いったい自分はどんな地雷を踏んだのだろうか。
今日は別段変なことを言った記憶はない。それどころか僕にしては珍しくあまり怒らないように控えめに接したつもりだったんだけど何がいけなかったというのか。もしかして、スキンシップ取らなさ過ぎて不安になっちゃったり~?と茶化してしまいたい衝動があるが、この状況下でそれをするほど馬鹿じゃない。
「ス、スツルム殿~?」
「どこだ」
「んん??何が?」
「どこか痛めてるだろ」
不機嫌そうな、子供に怒るような声色でスツルム殿が言った言葉に、どきりとした。
確かに今日の戦闘中に軽ーく怪我をしてしまった。ほんとに軽ーくなのだ。すこーし服に血が染みるかな?くらいの怪我なのだ。魔法で治すのも勿体ないかなと思うくらいの怪我。ばれると面倒だから黙っていたし、そんなそぶりも見せなかったのに、なーんで気が付いてしまったのだろう。鈍感なのにこういうところと肉料理に関しては目ざといなぁ。あぁでも僕のそんな些細なことにも気が付いてくれるのかと思うと嬉しくなる。
「全く、なんで魔法で治さないんだ」
「まぁまだまだこれからって時でしたし。それにまた怪我するかもしれないじゃないですか~。なのに使ったら勿体ないでしょ?」
「……あたしが怪我するとすぐ治そうとしてくるじゃないか」
「それはそれ、これはこれだからね」
僕の傷とスツルム殿の傷を同等に扱う事なんてできない。だって彼女は僕より勇ましいけれど女性なのだ。女性の体に傷が残るのはいただけないからと思いつつも、僕に出会うより前に出来ていた傷跡は好きだったりする。それは彼女の努力の証だから。今ではこんなに戦闘に長けているスツルム殿の成長の証だから、新しいものを見つけると彼女の事をまた一つ知ることができたようで嬉しくなる。
スツルム殿は昔の事を話したりしない。僕も話したくないから話さない。その距離感が心地いいし、別段問題はないのだけれど、どうしても彼女の事をもっともっと理解したくなってしまう。なぁんて、独りよがりの思考を受け入れてくれる気がしないから口には出さない。
「…おい聞いてるのか」
「へ?」
「魔法で治す気がないなら軽い処置くらいはしろ」
僕から降りてしまったスツルム殿は呆けている僕など気にせずに鞄をあさり始めた。あーあ勿体ない…と思っている僕なんて知る由もない彼女は、手元に茶色の小さな箱を携えて戻ってきた。念のための薬など入れている救急箱だ。無言で差し出された手を取って起き上がらせてもらうと、その傍らにちょこんと座ったスツルム殿は箱を開けて物色しだす。
「えっ、もしかしてスツルム殿が手当してくれるんですか?」
「…自分でやれと言ったらするのか」
「ん~なんか傷口が痛み出してきちゃった~無理かも~」
「気持ち悪い声を出すな」
甘えるように返答すれば、声では呆れつつも手には消毒液とコットンが。
本当はスツルム殿に優しくされたその事実だけで傷なんて治ってしまったも同然だけど、お言葉に甘えてしまおう。
服をめくり傷口を見せると、予想以上だったのかスツルム殿の眉間にしわが増える。
いつもはスツルム殿が僕の傷を増やすのに、こういう時には怪訝そうにするなんて…難儀な人だ。そういうところも好きだけれど。
それにしても今日はちょっとご褒美をもらい過ぎたような気がする。スツルム殿の手当ては不器用すぎて少し沁みるけれど、その刺激も嬉しくて。
……僕はいつからそんな刺激が嬉しくなってしまったんだ?いやいや、スツルム殿に刺されている時点でお察しか。
こんな調子だとまたふいに怪我をしてしまいそうだ。
その度に構ってくれるスツルム殿を想像して微笑むと、傷口を抉られて思わず体がすくむ。
「いっ…!痛いよスツルム殿!?なんでグリってしたの~手当てでしょ!?」
「…馬鹿なこと考えるなよ」
釘を刺すような物言いにいつもお喋りな口も思わず閉じてしまう。考えてることがばれてるなんて、僕たち以心伝心だね☆って言ったらなんて返ってくるだろうか、と考えて傷口が増えるだけだと自己完結する。
しかしながら僕って大切にされているな~。スツルム殿はどうせ傷があると仕事に支障が~とか表向き考えてそうだけれど本当に素直じゃないなぁ。
でも、そんな中に見える優しさが惹かれるところでもあるのだけれど。スツルム殿はほんとに飴と鞭の使い方が上手だな~。
「(……あぁ~明日も頑張れそう)」
――――こんな些細なことで生きる活力になるなんて僕自身も難儀なものだ。
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