小話3

【診断メーカーからお借りしました】

いろんな恋の病

『スツルム殿は愛しい人の隣に行くと脚が鉛の様に重たくなる病にかかりました。かわいそうに。きっと、とてもおそろしいのでしょうね。…きっと打開策はある筈ですよ。』


「足が動かない?」


相棒の困った顔に"そうだ"と素っ気なく返す。顔には表わさないがあたしもこの状況に焦りはある。

傭兵なのに、戦闘要員なのに足が動かない。端的に言って戦力外通告だ。

原因は先程遭遇した星晶獣のせいだろう。いたずら好きな星晶獣を諫めることが今回の仕事の依頼だったが、これはいたずらの範疇を超えているだろう。まったくもって厄介な存在だ。


「動かないのは足だけ?他は?」

「手は、動く。胴体も問題ない」

「ん~~どうします?一回村に戻りましょうか?」

「……あたしは置いてとりあえず追え」

「えっ、こんなところにスツルム殿置いていけないですよ!」


正気かこいつは、と思ったが、身動きの取れないこの状態で置いて行かれるのは些か不安なところもある。

しかしながらしょうがないだろう。今は仕事を優先しなければならない。

こんなところで言い争いをするくらいならさっさと行けと言っているのに妙に渋ってくる。

こんなやり取りで時間を使うべきではないと諭すとやっと立ち上がったドランクに胸をなでおろす。


「じゃあ行くけど、何かあったらすぐに大声とか出してくださいね」

「わかったから行け」

「すぐには戻ってこれないかもしれませんけど、なるべく早く駆け付けるからね」

「…わかったわかっ……あ」

「え?」


ドランクが向かおうとしたその瞬間、あんなにも重かった足が嘘のように感覚を取り戻す。

すっと立ってみせると、相棒は犬のように駆け寄ってあたしに抱き着いた。

反応がいちいち大げさな奴だ。


「なーんだ!一時的な感じだっ…うわぁ!?」


直後、あたしの足はまた力を失くしてしまう。寸でのところでドランクが支えたおかげで倒れこむことは免れた。

心臓がドキドキとうるさい。これくらいのことで動揺するんじゃない。と、懸命に抑え込む。

鼓動の音が大きいのは、転びそうになったからかそれとも――――。


『お姉さんの大切な人はお兄さんなんだね!』

「は?」

「え?」


どこからか聞こえてきた声のする方に、思い切り剣を投げたが、何にもあたることなく、傍らの気を傷つけただけだった。

それを見てなのか、甲高い笑い声は軽やかな足音と共に遠ざかっていく。

さっきの言葉の意味は正直わからないが、苛立たしいという事実はわかる。

ついでにこんな状況なのにどこか嬉しそうなドランクも腹が立つ。


「えー…もしかして僕が近づくと駄目な感じ…?」

「そうみたいだな。わかったら近づくな。離れろ。ウザい」

「えーやだやだ!だってスツルム殿の大切な人が僕だって痛っ!?」

「うるさい。喋るな。あとで追いかけるからさっさと行け」


先程のやり取りをまたする羽目になるとは。やけに聞き分けの悪いドランクは

なにか思いついたかのような声を上げる。

疑問に思っていると、膝の裏に手を差し込まれ、背中を抑えた状態で抱きかかえられる。

頭の処理が追い付かないあたしのことなど気にしていないドランクはどこか満足そうだ。


「じゃあ僕がスツルム殿の足になれば万事解決だね!」


―――馬鹿かこいつは。

お荷物だからさっさと追えと言っているのに何を言い出したんだ。大体、このままじゃ戦うこともままならないだろう。そんな状態でどうするんだ。

そんな言葉が浮かぶが、うまく口から出てこない。さっきの星晶獣の攻撃が全身の回ってきてしまったのだろうか。

いや、これは、そうではないのだろう。


「(あーもう…)」


上手く言葉にできない思いに苛立つが、大人しく収まっている自分に一番腹が立つ。

この怒りはさっきのいたずらっ子にぶつけてやる。駄目だったら現在進行形でご機嫌なこの優男だ。

―――八つ当たり?そんなこと知るか!

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――――



「いやー姿消せるから時間かかるかと思ったけど存外早く終わりましたね~」


帰路を歩く足取りは先程のように重くはない。

一時はどうなるかと思ったが、イライラを発散できたあたしとしては今日のことはもう忘れて次の仕事に移りたいところだ。

隣で腰をさすっているドランクのことなど知らん。いつも以上に刺されたというのにどことなく嬉しそうなこいつは、やはりドМだな。


「でもよかった」

「…なにがだ」

「スツルム殿の足、治って」


いつもの胡散臭い笑みとは違う、穏やかな笑みでそう言ったドランクは、いつもは嘘をついてばかりだが本心のように思った。

でも当たり前だろう。仕事のパートナーが歩けないなどもっての外だ。そう、仕事ができないと困る。それだけだ。


「お姫様抱っこできたのは楽しかったですけど、やっぱりスツルム殿には一緒に隣を歩いてて欲しいなって」


その一言に息を飲む。

言葉に出すと、意識してしまうことを、思い出させてくる。

あの時の熱も、鼓動も、心の中にしまっておこうと思ったのに、思い出させてくる。

なんでこいつは、いつもそう簡単に、恥ずかしいこと言ってくるのか!


「…っお姫様抱っことか言うな!」

「えぇ~でもぉ~事実ですしぃ~…いっでぇ!もーさっき散々刺したんだからやめてくださいよー」

「っうるさい!」


もう一度、と思い切り振りかぶった一撃は避けられて、驚いているとドランクの腕にぽすんと吸い込まれてしまう。

まるでさっき、立てなかった時みたいだ。あぁ、また思い出してしまう。もう忘れたいのに忘れられない。

―――今日はほんと災難だ!

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