Work and Dating
ドラスツがデート(仮)する話。
イチャイチャしてないけどモダモダはしてます。
描写は一応ありますが筆者に服のセンスがないので、
お好きな格好をした二人を想像しながらお楽しみください。
「市内散策?」
怪訝そうに首をかしげる彼女に臆することなく、僕は一度だけこくりと頷いた。
「うん。街の中を見て回るだけのお仕事だよ」
「なんでそんなものが金になるんだ?」
肯定をしても彼女の疑問は止まらない。
むしろ表情はますます訝しげに変わっていった。
その様子に僕はいつも浮かべている笑みは絶やさしていないが、実をいうと心臓はバクバクと脈を打っている。
だがここまでは想定内だ、問題ない。
逸る心を抑えなければ。彼女に悟られないように進めなければならない。
目の前のコップを持ち上げて、注がれているレモンティーをストローで吸い上げ一口含む。
ほのかな酸味が心を落ち着かせてくれるが、震えそうな指先を悟られる前に僕は話の続きを始めた。
「新しいホテルを建てる予定だからいい感じの土地か見てきてほしいって依頼だよ、スツルム殿」
「そんなの自分で行けばいいだろう」
「色んな人の意見を参考にしたいって話だったよ?」
呆れたような彼女の声にも、僕は諦めない。
己の戦闘力で生きてきたのだ、そんな簡単なことが仕事になるなんて信じられないのも無理はない。
でも、これは正式な依頼だ。
「聞いた話だと観光客に対してと事業主に対してだと反応が違う人とか見えてくるものが違かったりするって言ってたかなぁ。
まぁよろず屋さんからの依頼だし、そんなに怪しまなくてもいいと思うけどな~僕は」
話を進めれば、スツルム殿はだんだんと表情を元に戻し、馴染みのある名を出せばいつも通りの彼女がそこにいる。
そうは言っても無表情ではあるのだけれど、さっきの嫌そうな顔と比べれば、警戒心は薄れているのが見て取れた。
ただ二人で街中を歩いて過ごすだけの仕事。
こんな簡単で旨味のある仕事はないだろうと、僕は畳みかけていく。
普段は身を危険に晒すことも少なくはない仕事が多い中で、傭兵の僕たちにこんな依頼が舞い込むことはそうそうない。
だからその仕事の魅力を伝えるために、お喋りな口は止まらない。
依頼主に渡す書類は僕が作成するし、スツルム殿はただリサーチしてあるお店を率直に評価すればいいだけだ。
行くお店はテイクアウトタイプの飲食店に、島の名産品を扱っている雑貨屋、それとこの時期限定の氷菓子のお店。
それ以外は予算を越えなければ好きに行動していいとのお達しだ。
なんと太っ腹な依頼人なんだろうね!なんてわざとらしく褒めた言葉には冷たい目線を向けられた。
でも美味しいグルメの情報を出せばスツルム殿の目が光る。
だって彼女はお肉に目がないから。念には念を入れて調べた甲斐があったというものだ。
「スツルム殿がノリ気じゃないなら断るか、僕だけで済ましてきちゃうけど…」
「別にいい」
最後に少しだけ逃げ道は作って落としこめば、遮るようにスツルム殿が了承を入れた。
本当に一人で行く気なんてなかったけれど、食い気味の賛成にやっと僕の心が一息ついた。
了承を得れば此方のものだ。
僕は空になったコップに気が付き、近くに居たウェイターさんに同じものを頼んでから心を撫で下ろす。
喋り倒しで乾いた喉を潤す前に、今一度今回の計画を頭で整理することにしよう。
今回の依頼、僕には仕事とは別の目的があった。
スツルム殿とデートしたい。
ただそれだけの男心だ。
そんなのいつでも好きにすればいいじゃないかと思うだろうが、僕らの関係とスツルム殿の性格を考えるとそう簡単にいくものではない。
恋人になって約1ヵ月と数週間。もう数日で2ヵ月という所だ。
新たな肩書が増えたといっても、僕らの日常には何の変化も訪れていなかった。
というよりも、どこから始めればいいのか悩んでいたという方が正解かもしれない。
だって、仕事の間柄でいた時の方が長いんだもん。
コンビを組んでから数年以上、はじめは警戒心を持たれたから距離があった。
それが何年も続けばそんな隔たりはなくなり、ほぼすべての仕事は一緒だし、オフの時も特段何もなければ共にいる事が常になっていた。
そんな普通の男女よりも距離の近い状態が続いていたのに、いきなり恋人になったからって簡単に何かが変わることなんてない。
というか、何を変えたらいいのだろうか?と悩んでも仕方ないのではないか。
いやいや僕だって恋愛に関してそれなりの知識はある。
スツルム殿と出会う前に恋人がいたことだってある。
だからどのようなことをするか、なんてことはわかっている。
しかしながら、二の足を踏んでいるのは彼女の恋愛観がわからないからだった。
他の男の話なんて聞きたくない、なんて我儘からそういう話題を出してこなかったから、ドラフとエルーンで恋愛の進め方が違うかもしれないと気が付いたのは、告白をした後のことだった。
今更スツルム殿に『どんな恋愛の仕方がいい?』なんて聞いたら、いくら何でも機嫌を損ねそうだ。
大の大人が情けないというか、今時の若者の方がもっと上手にこなしているであろうことを、悩みに悩んでいたというわけだ。
だって失敗したくないし、嫌われたくない。
スツルム殿が相手となると慎重に事を運びたくなってしまうのだ。
でも、それでもちょっとくらい”それらしいこと”はしてみたいじゃない?
だがしかし、相手は僕のあからさまな好意に気が付かなかったスツルム殿だ。
普通に誘ってもさっきみたいに首をかしげて僕の心を折ってくるに違いない。
被害妄想だとわかってはいるが、目に見えている結果に沿って動くほど僕は馬鹿じゃない。
そこで今回の仕事を見つけてきたというわけだ!
……自分の手柄のように言ったが、実際に見つけてきたのは僕じゃなくてよろず屋さんだけど。
そんな依頼存在するのだろうか、という疑問は僕にもあった。
だから色んな所に伝手のある彼女を頼ってみたわけで。
無ければ自腹を切って捏造すればいいと考えていたが、世の中には色々な仕事が存在するものだ。
実際に傭兵へ回すような依頼ではないと言われたが、それはこちらもわかってのことだ。
でもさぁ、僕たちだってちょっとくらいそういう色んな意味で美味しい仕事したっていいじゃないか。
なんだかんだ言いつつも紹介をしてくれた彼女に、持つべきものは顔の広い商人だな、と仲介料を気持ち多めに支払いことを心に決める。
「じゃあ僕はよろず屋さんに受けるって返答してきちゃうね!
2週間以内に報告して欲しいってことだったから、調査は3日後で。
待ち合わせはこの場所になるからよろしくね」
「お前…その様子だと既に受諾してきたな………ちょっと待て誰との集合場所だ?」
「僕とスツルム殿」
僕の返答に、スツルム殿は目を丸めて此方を見つめる。
そのきょとんとした表情も可愛いね、スツルム殿は何時でも可愛いけど。
「今回僕とスツルム殿の泊まる場所が別々になるからさ~」
「は?」
「そういう依頼なんだって」
どの層に向けた宿が店を構えていてどういう雰囲気なのか見てきてほしい、というのも依頼の内だと聞いている。
宿の様子もなるべく多く調べたい、と言われれば二人揃って同じところに泊まるよりも、別々の方が効率良いに決まってる。
……というのは建前みたいなもので、本当は少しでもデート気分を味わいたくて、僕から依頼主さんに申し出た次第だった。
コンビなのだし一緒の宿にすると言われていたが、待ち合わせが出来るようにしたい一心で頼んでみたら、逆に喜ばれてしまったくらいだった。
この時点でまだ本決まりではないのに、既に確定のような雰囲気を出しておいて、"万が一"が起きた時に依頼主は任せる気満々だと断りにくい空気を作りだしておいたのは、今思えば杞憂だった。
僕が待つことになるのかスツルム殿を待たせることになるのか。
どちらになるかは当日にならなければわからないが、どちらにせよ想像しただけで心が高鳴るシチュエーションだ。
それにしても、同じ町にいるのに宿が分かれるのはいつぶりだろうか?
部屋が別々になることはそこまで珍しくないが、宿泊先が別となると出会った直後にあったくらいなものだった。
ここ数年は本当に一緒にいることが多くて、そんな頃を思い出すのが大変なくらいになっている。
流れた月日の長さは僕が片思いしていた期間と同じようなものだから、それを思い出すことを今はやめておこう。
ちなみにスツルム殿が泊まる宿は、女性で一人ということもあり港から近くの人通りが多い治安の良いところにして貰う予定だ。
というよりも、そのつもりで話は進めてある。
女の一人旅だと勘違いした奴が何をしでかすかわからないのだ。
彼女の腕っぷしの強さは身をもって知っているが、それとこれとは話が別だ。
伝えておくことは大方全て話し終わった後、僕は最後に一つスツルム殿に問いかけた。
「あと、当日お仕事だけど傭兵ってバレちゃいけないからラフな格好でうろつく予定だけど…スツルム殿そういうお洋服持ってる?」
「お前…あたしの事なんだと思ってるんだっ!」
「ただの確認だってばスツルム殿!ここで刺そうとしないで!」
「ふんっ……服くらいすぐに用意できる」
口をへの字に曲げて拗ねた様子のスツルム殿も可愛いなぁ。
浮かれた頭はそんな感想を抱きつつも、そっかと落胆した僕がいた。
少しだけ、ほんの少しだけ彼女の服が選べるんじゃないかという期待を抱いていた自分の肩を叩いて、気持ちを数日後へと走らせていった。
じゃあまた当日に、と別れて3日後。
待ち合わせに選んだ時計台の下には、僕の他にも数人同じような状態の人々がまばらに存在している。
『お昼過ぎ以降は晴れ間が多く、気温は例年より高めになる』
そう宿のオーナーから聞いたことを思い出しながら空を仰ぐと、まとわりつくような風が頬を撫でた。
今の空は雲が多くて、時々顔を覗かせるように日の光が雲の切れ間から差し込んでいた。
本当にこの後晴れるとなると、じっとりとした暑い一日になりそうだ。
隣では女性が目的の人物を見つけたようで、駆け寄った先で腕を絡めて歩き出す。
そんな幸せそうな様子から目線を外し、僕は懐中時計の蓋をぱかりと開けた。
後ろを少し振り返れば時計があることは分かっているけれど、頭はなるべく前を向いていたい。
スツルム殿が止まっている宿からして、この目の前の道からくる可能性が高いからだ。
待ち合わせまであと5分の所を刺している針が、妙な緊張感を僕の心に作り上げる。
初めは持ってきた文庫本を開いて暇を潰していたが、一文字も頭に入ってこないせいでやめてしまった。
そしたら今度は時計ばかり見てしまう。
最初は待ち合わせの時間まで余裕があった。それなのに、もうこんなに時間が経ったのか。
僕の鼓動と同じペースで、時計の秒針は進んでいっている。
年甲斐もなくそわそわと落ち着かない様子の自分は、周りからどう見られているのだろう。
人の目というものが気になって仕方ない。
自分は人と一緒に歩いても問題ない格好をしているだろうか。
今日鏡の前に立った回数はもはや覚えてない。
部屋を出るまでに5回はチェックしたと思うけれど………いやそれ以上かもしれない。
だって服を決めるの大変だったんだもん。
当たり前だけれどスツルム殿の洋服がわからないから、どんな格好しようかなって悩んでしまうし、
これに決めた!と思っても、でもこっちのほうが…と優柔不断をいかんなく発揮してしまった。
こういう時、彼女はきっとスパっと決めてしまうんだろうな、なんて待ち人に焦がれながらまた時計を眺めていた。
もどかしい時間を過ごしていると、秒針があと1周するとついに予定の時刻を迎えてしまうところまで来た。
いや、しまうだなんて言ったら失礼だ。
早く来てほしいと願っていたくらいだったではないか。
遅刻することは少ない彼女のことだから、そろそろ来るだろうと予感していたら、聞き馴染みのある声が僕の思考を遮った。
「遅くなった…っ」
視線を向ければ数メートル先に、此方へ駆け寄ってくるスツルム殿が目に飛び込んでくる。
そんな距離すぐに詰められて、今は僕の目の前で少し息を切らして呼吸を整えている。
僕はというと、彼女が視界に入ったその時から、目が離せなくなっていた。
濃いネイビーに染め上がったスカートの裾が膝の下10㎝ほどのところでひらりと舞っている。
その下からは普段隠れている足が、爪が少し見えるくらいのサンダルに支えられている。
トップスは白く、肩が見えるくらいネックラインが大きく開いていた。
首元に何も飾っていないせいで、やけに開かれているように感じてしまう。
これはオフショルダーという種類の服だっただろうか。
襟元はひらひらと大き目のフリルが踊っていて、袖は先端に向かって広がるような構造をしていて七分ほどの長さをしていた。
飾り気の少ないシンプルな装いが、夏に合う爽やかさを演出しているようだ。
適切な感想が出て来ない僕は、そんな漠然としたことを考えていた。
布地の白に丁度降りてきた日の光が反射して眩しい。
いやスツルム殿がキラキラとして見えているだけなのかも。
それくらい今の僕には彼女が煌めいて見えたんだ。
普段の戦闘に最適な服と違った格好をしたスツルム殿なんて初めてじゃないはずなのに、なぜこんなにドキドキと心臓はうるさいのか。
思わず唾を飲み込んで、逸る鼓動を抑えることに必死だった。
今声を出したら、絶対に裏返ってしまう。
そんな恰好悪いところ、スツルム殿には見せたくない。
彼女が顔を上げたと同時に、僕の心臓も落ち着いてきてくれて、ほっと胸を撫で下ろした。
「待たせたな」
「全っ然待ってないよ~!」
本当は30分も前からスタンバイしていたわけだけど、それは嘘を吐いてもいいだろう。
だって、恋人同士みたいな会話ってちょっと憧れてたんだよね。
幸福感に包まれた僕は、さぁ出発と勢いで言う前に、ある違和感に気が付いてスツルム殿に問いかけた。
「ねぇスツルム殿、そのバッグ何が入ってるの?」
僕の目に留まったのは、彼女が肩にかけている麻で出来たトートバッグだった。
それの入口は、いつも身に付けているヒョウ柄のスカーフで覆われていて、中は見えない。
スツルム殿の今日のコーデにはちょっと合わないように感じるのは僕だけだろうか?
疑問に思っておいてなんだが、中身の正体には心当たりがないわけではなかった。
「………剣」
あぁ、やっぱり。
少し間をおいて帰ってきた答えは、頭に浮かんでいたものと同じだ。
何とも彼女らしい持ち物である。
「あー…装備持ってきたの?」
「だ、だって何かあったら困るだろう」
それはそうだ。スツルム殿の仰ることはごもっともである。
現に僕だっていつもの宝珠は所持しているけれど、スツルム殿の剣と比べれば、重さも大きさも違ってこっそり持てるものだ。
それでも、目立たないようにしているところを見るに、普通に晒してはいけないものだと理解しているのだろう。
変な所で生真面目だなぁ、と笑ってしまいそうになるのを抑えて、僕はバッグのハンドルをそっと掴んだ。
「それ僕が持つよ」
「あたしが勝手に持ってきたんだから気にするな」
「いやいや、その格好で持ってるとちょっと不自然かな~って」
「む……」
「男の僕が持つ分には気にならないだろうからさ、ほら」
渋々肩から降ろされたトートバッグはガシャリと音を立てて僕の手に渡ってくる。
予想よりも重さのあるそれは生身の状態に載せるものではないと今度は苦笑いしながら、スツルム殿が先程持っていたように肩へとかけた。
「じゃあいこっかスツルム殿」
そう言って目的の方向へ誘導するように指を指した。
本当はこんな宙の上ではなくてスツルム殿に向けて差し出せればいいな~なんて甘い考えをしていたが、直前で勇気が出なかった。
折角デートと意気込んだのに、こんなところで躊躇するなんて、と心の中の自分が責めているが、気が付かないふりをして、僕は歩みを進めていった。
集合場所から出発して、到着したのは目的地・テイクアウトの飲食店だ。
一先ず小腹を満たそうと提案すれば、スツルム殿は素直にこくりと頷いた。
ここは蒸し饅頭のお店で、昔からお店を構えていて有名だと聞いている。
到着した時には数十人が並んでいて、人気の高さが見て取れた。
最後尾に並ぶと、列の整備を行っている店員さんから、にこやかな笑顔でメニューを差し出される。
冊子上のそれを開き、二人揃って眺めながら時間を潰すことにした。
「どれも美味しそうだね~」
表紙を開くとご飯になりそうな種類のメニューがずらりと紹介されていた。
ページの下部にはスイーツの文字があるから、隣のページは甘いメニューが並んでいることだろう。
もう少しでお昼時だ。それならやっぱりご飯系だろうか。
ご飯系でも中身が肉か魚か、野菜のみなんてヘルシーそうなものまである。
一番人気は大きなエヴィが一匹入った海鮮饅頭のようだ。
港から上がったものを直接仕入れているのだろうか。
収まりきらないハサミがはみ出してしまっていてボリューミーな一品のようだ。
でも、その隣にあるトマトとチーズを使ったピザ風なんて異色なものも気になる。
横に描かれているイラストは、半分に割れた饅頭からチーズが二つを繋ぐように伸びていて、美味しそうな表現が食欲をそそる。
どれにしようか悩んでいると、前に並んでいる二人組が一つを分ける相談をしているのが耳に入る。
どうやらここの饅頭はちょっとサイズが大きいようだ。
メニューからは想像できないが、背伸びをして店内を覗いてみると、確かに手に取ったら僕の両手でぎりぎり収まる大きさをしてそうだ。
僕たちも半分こ、といければいいのだけれど、あのくらいのサイズならスツルム殿はぺろりと平らげるだろう。
僕にはすこーし多い気がするけれど、残ったらスツルム殿にあげればいいだけだ。
「スツルム殿はどれにする?」
「これ」
静かにメニューを眺めていた彼女は既に決めてしまっているようで、何の迷いもなく人差し指を着地させる。
スツルム殿が選んだのは、サイコロ上のお肉がぎゅうぎゅうに詰め込まれている、これまたボリューミーなメニューだ。
一点を見つめて動かない様子を見ると、どうやら首ったけのご様子だ。
大きさや内容量のことも考えて、僕はチーズとトマトにすることに決めた。
列は思ったよりも早く進んでいき、メニューを決定した数分後には僕たちの番が回ってきた。
先程の2種類とアイスティーを2つ頼むと、手際のよい店員さんがすぐに整えてくれる。
これは確かに列が長いわりに進みが早いのも納得だ。
用意してもらった袋を受け取りお店から出ると、先程空を覆っていた雲はどこへいったのか、強い日差しが地面を照らしていた。
休める場所はないかと散策すると、丁度木陰になっているベンチを見つけて、二人で腰かける。
聞いていた通りの気温の上昇に、少し歩いただけでも汗が溢れて頬を伝う。
ふと見降ろしたスツルム殿の首筋を流れた汗が、服の胸元に吸い込まれていった。
渇いた喉がおもわずごくりと音を立ててしまった。
なんだか見てはいけないものを見たような気分を払拭するべく、僕は袋の封を開ける作業に取り掛かる。
顔が熱いのは、絶対に気温がいきなり上がったせいだ。
気を取り直して開いた袋を覗き込むと、紙に包まれたお饅頭とカップが綺麗2つずつ収まっていた。
とりあえずスツルム殿にお饅頭を渡して、隙間を開けてから飲み物を取りだすために再度中を確認する。
よく見てみると零れないように固定してくれる台にカップを差しこんでくれているようだ。
そのまま持ち上げて二人の間に置いてみれば、安定した飲み物環境を確保できる。
距離が空くのが寂しいけれど、これ以上の最適解が見つからないから仕方がない。
準備が完了したのを確認したスツルム殿から僕の分を受け取って、『いただきます』と包み紙を解いていく。
中から現れた白いつるりとした表面のドーム状に膨らんだしっとりとした生地が現れる。てっぺんにはさっき見たお店の名前が焼き印されていた。
どうやらシンプルな作りながら、手の凝っていることもしている様だ。
食べ始める前にちらりとスツルム殿に目線を戻すと、彼女も丁度ご対面を果たしているところだった。
僕が持っていても大きいと感じるのに、彼女が持つともっと大きな食べ物に見える。
ここからではちゃんとした表情がわからないけれど、きっと目を輝かせていることだろう。
そんなスツルム殿を想像するだけで幸せな気持ちが溢れそうになる。
幸福感を胸に貯めてそのまま観察を続けていると、口を開けたままスツルム殿がピタリとその動きを止めた。
どうしたのかと疑問に思っていると、口を閉じて代わりに動いたのは指の方だ。
そのまま端っこの方を摘まんで、一口大程の大きさを千切った彼女は、そっと口を開けてそのかけらを中へと運ぶ。
予想外の光景に衝撃が走った。
――そんな食べ方、初めて見るんですけど!
いつもなら豪快に食べるスツルム殿が、丁寧にちぎってから口に入れた…?
もしかして、服を汚さないようにと気を使っての事…?
仕事柄、普段服が汚れようがあまり気にせずに過ごしているところばかり見てきたから、そんな一面があるなんて知らなかった。
混乱している僕など気にせずに、スツルム殿はもぐもぐと口を動かしてごくんっと飲み込むと一言『美味いな』とだけ呟いた。
その声色は、好きな物を食べた時の柔らかさをしている。
微かな違いだが、僕にはわかるんだ。
違和感はあるけれど美味しいものを食べているスツルム殿を邪魔する気は起きなくて、僕もそのまま自分の分を食べ始める。
―――どこかモヤモヤしたものを感じながら飲み込んだ食事は、なんだか味がわからなかった。
――――やっぱり今日のスツルム殿はどこか変なんだけど!
任務(と書いてデートと読む)を始めて数時間後、見なかった振りをした感情を、やっぱり抑えることが出来なくなった。
だって、今日のスツルム殿はどこかおかしいんだ。
ごはんの食べ方に勢いがなかったのを皮切りに、あれから僕は些細なことが気になってしまっていた。
ちょっと揶揄ったらいつもは眉を吊り上げて怒るのに、今日は手を上げるどころか何も言わずに不満そうに眉を顰めて此方を睨んでくるだけだ。
装備が手元にないせいだとは推測できるが、手も口も出ないなんて僕にとっては珍しいことだ。
あと、時々どこか上の空の様子で僕の話を聞いていない時がある。
…あっ、でも話を聞き流されるのはいつものことかもしれないな。
でも、些細な歪が気になって気になって仕方ない。
だから僕はタイミングを計っていた。
ちなみに、今僕たちがいるのは期間限定でオープンしている氷菓子のお店だ。
店内を満たすひんやりとした空気が、外の熱気で暑くなった体を冷やしてくれて、居心地がいい。
ここは果実の実をふんだんに使ったソースが売りのかき氷が食べられるお店らしい。
冬は趣を変えて、果実を甘く煮て具材にしたグラタンを提供しているらしく、その時々で姿を変えて観光客を呼び込んでいるとの話だった。
季節が変わったらまたスツルム殿と来れたらいいな。
そう思えるように行動してきたつもりだけれど、雲行きの怪しさにそんな気分どころではなくなってしまっていた。
…と、現実逃避はこれくらいにして問題と向き合わなきゃいけない。
どの道今日の感想は聞かなければならないのだ。だってそれが依頼だから。
通された席は奥まったところにあって、少し人目の付かないところなのが幸いだ。
これなら万が一、喧嘩になっても目立たないから穏便に済ませることが出来るだろう。
「スツルム殿、気のせいだったら申し訳ないんだけど」
目の前の彼女に問いかけると、少しだけ意識が別の所へ行っていたのかワンテンポ遅れて2つの瞳が僕の方へ向く。
「……もしかしてちょっと調子悪かったりする?」
「なんだいきなり」
返答の速さから僕の中で体調不良の線は消えた。
不機嫌そうに眉を顰める姿は、普段のスツルム殿と変わりない。
それでも、普段通りでないことには違いないのだ。
さっきだって上の空だったじゃないか。
それに、食べ方も怒り方もいつもと違う。
スツルム殿なのにスツルム殿じゃないみたい。
そんな幼稚な感想を抱いているけれど、直接指摘するのは憚られた。
彼女が理由なくそんなことするはずない。
だから、絶対に何か意味があるはずだ。
「いや、いつもと様子が違うような気がしてさ」
「そんな、ことは……」
それは、明らかに"そんなことある"反応だ。
濁すような歯切れの悪さに、やはりどこか無理をしていたのだと察してしまう。
本当に人目につきにくい席に通されてよかった。
「ごめんね」
「なんでお前が謝るんだ」
「いや、もっとちゃんとスツルム殿の意見を確認してから受けるべきだったかなって」
ははは…と渇いた笑いしか出てこない僕は、なんだかスツルム殿の目が見れなくて自然と目線は下を向く。
きっと、傭兵らしくないこういう仕事は彼女には向かなかったのだろう。
内容が嫌とかではなく、感覚的に合わない事って絶対にあるし、人には向き不向きがあって当たり前だ。
だから、やっぱり無理にこういうことをするべきじゃなかったんだ———。
「そう、じゃ……なくて」
少しだけ震えるような声に仰ぐように視線を戻した。
そこには頬を染めて硬直した様子のスツルム殿が、口をキュッと結んで何か言いたげな視線を僕に送っていた。
事態の把握が追い付かない僕は、何故スツルム殿がそんな態度をしているのか全く分からなかった。
なんて声をかけていいのかわからずに二人して固まる事数秒後、やっとスツルム殿が口を開いてくれた。
「……デートみたいだと、思ってたんだ」
-だから無駄に意識してしまって。それなのにお前はいつも通りだったから、あたしだけ緊張して馬鹿みたいだ-
そう続けた彼女の頬はだんだんと赤みを増して、ついには恥ずかしそうに目を伏せた。
つられて僕も顔に熱が集まっていくのを感じる。
『デート』
今スツルム殿の口から確かに聞いた言葉。
僕は元からその気持ちでいたけれど、確かに彼女は僕の計画なんか知る由もない。
そのせいでただの仕事なのに、なんて自分を戒めていたのだろうか。
彼女なりに考えて隣にいてくれたことに気が付いてしまった。
大口を開けるのは女の子らしくないとでも言われたことがあったのだろうか。
悪態をつくのが可愛げないと叱られたことでも思い出したのだろうか。
だから今日はなんだかスツルム殿らしくないって僕は思ってしまったのだろう。
二人でまた黙り込んで数秒後、声を掛けようと口を開きかけたところで注文していたかき氷を持った店員さんが現れた。
テーブルに置かれた氷からほのかな冷気が浮かび上がってきて、顔を冷やしてくれている。
落ち着いて、冷静に。
普段余計なことはすらすらと出るのに、肝心なことが言えないのはやっぱり僕の悪いところだ。
僕はちゃんと言わなきゃいけない。
目の前の氷が解けきる前に、君の熱が冷めてしまう前に。
一呼吸おいてから、僕はスツルム殿に目線を合わせた
「ねぇねぇスツルム殿」
「…なんだ」
「ほんとはね、僕この依頼スツルム殿とデートしたくて取ってきたんだ」
「……はぁ!?」
「だからね、美味しいものは好きなように食べていいし、僕が変なこと言ったらもっと怒っていいんだよ」
当たり前なことを口にする僕を、スツルム殿は目を見開いてぽかんと眺めていた。
何を言われているのか解っていなさそうな表情に、スツルム殿の頭も混乱しているのか先程まで真っ赤だった頬は少しだけ落ち着きを取り戻し始めていた。
あぁ、待って待って。僕のセリフはまだ終わってないんだ。
「だって僕、いつものスツルム殿が好きなんだもん」
一度収まった赤みが、またスツルム殿に戻ってくる。
髪の毛と同化しそうなくらい赤く染まっている耳が、愛おしくて仕方なかった。
小さな声でなんだそれ…と呟いた声は、さっきまで張り詰めていた様な硬さがなくなっていた。
それに僕も胸を撫でおろして、がくっと肩の力を抜いて椅子の背に体を任せた。
「……お前はあたしを怒らせるようなことをしないように努めろ」
「えーだってスツルム殿の反応が可愛くってさぁ」
眉間に皺を寄せて、呆れたような声。
素っ気ないけれど、いつものスツルム殿だ。
いつもの、僕のスツルム殿。
「そうだ、スツルム殿」
「なんだ何回も…」
「明日デートしよ?」
僕の名案にスツルム殿は首を傾げる。
でもそんなこと気にも留めず、僕の口は止まることはしない。
「この依頼は今日巡ったところで報告書は書けるからお終いにして、明日は二人でデートしよ?」
「でもあたし行きたいところなんて……」
「別に今日と同じところに行っても僕は良いよ?
ほら、一番初めに食べたテイクアウトのお店にまた行こうよ。
メニューが多いかったし今度は甘い方も食べてみてもいいんじゃない?
それでさ、明日僕と初デートしてください」
言えなかった願いを口にすると、スツルム殿は困ったように下げていた眉を寄せて、一度だけこくりと頷いた。
「……代り映えしない服でいいなら」
自身のなさそうな声が耳に響き、不安そうな瞳がこちらを見つめてゆらゆらと揺れていた。
そんなこと気にしなくても、なんでもいいに決まってる。
スツルム殿がいればそれでいいんだから。
それこそ今日と同じ服だって僕の気持ちは変わらないだろう。
あぁでもそれなら……計画時に練っていたとある提案をしてみてもいいかもしれないな。
「あっじゃあ今から買いに行こうよ~!僕選んであげる」
「断る。お前絶対に変なの選ぶだろ」
「え~そんなにセンス悪くないと思うんだけど!
それにスツルム殿は気に入らなければ嫌って言えばいいことじゃない?
流石に僕だって趣味じゃない服は押し付けないよ~!
あっ僕がお金出せばいいんじゃない?プレゼントするよ?
ねぇねぇどうかなスツルム殿……いでぇ!」
「ごちゃごちゃ煩い!……わかった次は服屋だな」
僕の言葉を遮るように足を蹴ったスツルム殿は、この話は終わりとばかりにスプーンで氷を目いっぱい掬って口の中へとお迎えした。
突然の大声に周りは好奇の目を向けてくるが、それも慣れっこの彼女は気にも留めない。
折角人目につかない席だったのに盛大に目立ってしまったが、最早そんなことはどうでもいい。
僕は僕で冷たいのにそんなにいっぺんに口に入れてしまって大丈夫だろうか、なんて別の心配をしていた。
それはどうやら的外れだったようで、スツルム殿は少しだけ目を細めながら口の中の冷たいスイーツに舌鼓を打っているようだ。
表情が少しだけ柔らかくなったところを見ても、どうやら調子は戻った様だと安堵する。
そんな様子に生暖かい目線を送っていると、また同じところに蹴りを入れられてしまった。
やっぱり、いつものスツルム殿が一番だなぁ、と痛さと一緒にささやかな幸せを噛みしめた。
あ~明日が楽しみだ。こんな事になるなんて思いもしなかった。
スツルム殿は単純なことが多いのに、僕には予測できない喜びを与えてくれる。
思わず口が半円を描くと、なぜ蹴られたのに笑っているのかと不思議そうなスツルム殿の瞳がこちらを見つめる。
誤魔化すようにこっちも食べる?と聞けば、いつもみたいに小鳥のように口を開けて催促された。
一口掬って入れてしまえば、満足そうに先程疑問に思った事など忘れて口を動かし始める。
――この可愛い恋人にどんな服を贈ろうか。
僕の本心が伝わるのは当分先だろう。
それでも、別に構わないのだ。
願いはいつか叶うと、そう分かっているから。
焦らず進めればいいだけだ。
まだ始まったばかりの僕たちなのだから———。
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