バッドエンドのその先へ
<<タイトル詐欺に近いハピエンです>>
1回振られてるドランクと、振ったのに数年後好きになったスツルム殿の話。
両片思いです。
自分の中にある感情に名前を付けた瞬間、
その終わりはバッドエンドだと一人息を飲んだ。
『恋』
人が人を好きになること。
強く惹かれる思いを抱くこと。
その相手のことが頭から離れられなくなったり、
傍にいないと切なく心が痛むこと。
そんな想いが心の奥底に確かに存在しているのだ。
相手は仕事の相方だった。
長年一緒に仕事をしている、本名すら知らない胡散臭い男。
男を好きになるなんて、想像できるはずがなかった。
だが気が付いた時にはもう後戻りできないところまで
この気持ちは根付いてしまっていた。
一度根を張った感情を、引っこ抜くことは難しい。
もっと早く気が付いていたら、こんな実りのない恋心、
さっさと捨て去って記憶の彼方に置いていけるのに。
苦しい想いと共に、数年前の記憶が蘇る。
青空の晴れ渡る風の強い日。
あいつに付き合って史跡探索に行った帰り道の夕暮れ時。
突拍子もなく告げられたドランクからの告白。
口に出した本人すら驚いた表情を浮かべていた脈絡のない告白。
数秒後には、腹を括った様子で返事を聞いてきたから、それを自分は断った。
仕事相手にそんな感情を抱いてどうすると一蹴した。
仕事に私用は持ち込めない。
それに傭兵はいつどこで恨みを買うかわからないのに、
大切な存在を増やしてどうする。
切り捨てられないものが多いなんて煩わしい。
そう切り捨てた時のあいつは、表情を一瞬だけ陰らせた。
当たり前だ、良い結果を貰えなかったのだから。
直感的に、こいつともここまでか……と覚悟したが、
次の日には告白などなかったかのように、いつもの相方がそこにいた。
それならばあたしも気にすることはないと決めて、
数年後の今もあの時と変わらず一緒に仕事をしている。
だから今更恋焦がれるなんて、もう遅いと自分で分かる。
一度振られた相手がそんなこと言いだしたら、
きっと、あいつの恋を粗末にした罰が下ったのだろう。
あの日の自分が、今の自分を見たら、何と言うだろうか。
この気持ちが伝わったら、あいつはどう思うだろうか。
コンビ解消は免れないだろう。いや案外割り切れる奴かもしれない。
それは、その時になってみないとわからないだろう。考えるだけ無駄だ。
伝わっても伝わらなくても苦しいなんて、
どう進んでもいい方向には転ばない。
先延ばしにしても意味などないと分かっていても、
あたしが選んだのは、それでもあいつと共にいることだった。
この気持ちを隠して、そのままの関係でいよう。
それがあたしの決断だった。
実らない恋の延命治療をしても意味がないとわかっていた。
しかし、それ以外の選択肢が、あたしの中に存在しなかった。
自分の中で心が軋む音は、聞こえないふりをした———。
「ねぇねぇスツルム殿」
「なんだ騒々しい」
「もしかして好きな人できた?」
それは、あの日みたいによく晴れていた昼下がり。
唐突に投げかけられた問いは、全く予想していなかったものだった。
昼食を取るため立ち寄ったカフェは、まだ昼時の騒がしさを保っていた。
仕方なく通されたオープンテラスは、透明な扉で遮られていることもあり、
中の喧騒とは違った静かな空気が流れている。
テーブルが一つに、対面に置かれた椅子が二つ。
二人きりになれるからと普段はカップルに人気だと店員が言う。
その様子からどこか勘違いをしているような雰囲気があったが、
気にせずに腰を下ろし、渡されたメニューを開く。
静寂が崩されたのは、店員が去っていった直後のこと。
手元のメニューをぱらぱらと捲りながら、
ドランクはこちらを見もせずに軽い調子で質問を口にした。
『好きな人』
その言葉にどきりと心臓が跳ね上がる。
数日前に感じた痛みが、じわりと胸に戻ってきた。
とっさに答えられず、口を噤んでしまう。
誤魔化せばいいのに、うまく言葉が出てこなかった。
あたしはこいつみたいに、口が達者ではない。
下手に喋って言い負かされる未来が見えるようだった。
胸の鼓動が少し落ち着いたのを見計らってから呟いた声は、
あたしの心を表すように淀んだ低いものだった。
「……なんだいきなり」
「いや~勘が働いたというか、なんか最近ちょっと雰囲気変わったなーって思ってさ」
なんて目ざとい奴。
そんな男が好きなくせに、思わず心の中で悪態を吐いた。
妙にテンションの高い声が、昔の記憶を呼び起こす。
これはあれだ、女子同士で集まって、恋の話に花を咲かせている、
あの独特な空気に似た何かを感じる。
かしましいお喋りは、得意ではなかったし、今も苦手だ。
昔のことを思い出すのはやめにしよう。
今この状況を切り抜ける手段が思いつくわけでもないのに無意味だ。
それにしても、自分はそんなあからさまな態度を取っていたのだろうか。
悟られぬように、普段通りに接していたはずだ。
でも知られてしまったものは仕方がない。
「……だったらなんだっていうんだ」
不貞腐れた可愛げのない告白。
それを聞いたドランクは、自分から話を振ってきたというのに、
目を丸くして息を飲んでいた。
お喋りな口はキュッと閉じられて、言葉を紡がない。
あたしの気持ちを察して聞いてきたくせに、
随分浮かない顔をして、そっと目を伏せた。
そうかあの日の仕返しか。
傷つけたら、傷つけられるに決まっている。
「……メニュー、決まったのか」
「あー…えっと……うん、大丈夫」
それを聞いて、話は終わりだと言わんばかりに、
手を上げ店員を呼び寄せる。
注文を取った店員はすぐ去ってしまい、
また静かな時が二人の間に流れ始めたが、
ドランクはすぐに何事もなかったかのように世間話を始めた。
いつも聞いている声色に、自分の胸が締め付けられる。
あたしの想いを受け止めても、何も変わらない現実が寂しかった。
自分から話を遮ったというのに、傷つくなんておかしな話だ。
頭で理解はしていても、心というものはなかなか追いつかないものだった。
料理が運ばれてきても、ドランクの雑談は止まらない。
一方的に喋る姿はいつも通りのはずなのに、
どこか落ち着かない自分がいる。
口を忙しなく動かして、何かを語っていることは認識しているが、
何も耳に入ってこず、曖昧な相槌を繰り返すばかりだった。
黙々と口に運んでいる食事も、味が全く分からない。
ジュウジュウと音を立てて油が跳ねている目の前のハンバーグが、
美味しいかどうか、今の自分には判断が出来なかった。
人は落胆すると、こんなにも駄目になるのか。
ただ咀嚼を繰り返し、飲み込む。それを人形のように繰り返し続けた。
途中、声が途切れたかと思うと、すぐにあたしの名を呼ぶ声がした。
ゆっくりと目線を向けると、ドランクは手元のソテーにナイフを入れながら、
こちらに目線を向けることなくあたしに告げる。
「あのさ、この後ちょっと話したいことがあるんだけど」
言葉と共に、向かい風が吹き抜ける。
いや、実際には風などなかったのかもしれないが、
自分の体が後ろに倒れ込むように揺れ動いたような気がした。
あぁ……やはりそう来てしまったか。
声の雰囲気から察するに、その内容は明るいものじゃない。
きっと、この恋に気が付いてしまったその日から、
わかっていた終わりに向かって進んでいるのだろう。
「……ここでするような話じゃないだろう。食ったら移動するぞ」
「うん……そうだね」
感情を抑えるために眉間に力を入れ、歯を食いしばる。
手にしたナイフとフォークが、皿にぶつかる音すら煩わしい。
あっけなく迎えてしまうエンディングは、
何とも不幸な結末なのだろうか。
やはりあたしの思った通り、実らない恋だった。
数日という寿命の、可哀想な感情だった。
自業自得だというのに、悲劇を気取って情けない。
そう責め立てる自分を落ち着かせ、心に開いた傷口を。
だって結果は、出てみないとわからないではないか。
物語の幕は、まだ下りていないのだから———。
宿に戻るにもチェックインには早すぎて、
人が来ない場所を知っているという相方に
ついて行った先には、古びた教会が佇んでいた。
神父がいなくなって大分経つらしいと言いながら、
ドランクが扉を開くと、淀んだ空気と共に土埃が舞った。
中にはチャーチベンチが規則正しく2列に並べてあり、
正面のステンドグラスから入り込んだ光で照らされている。
椅子の上に積もっている埃からも、人が訪れていないことが見て取れる。
迷う様子もなくドランクは中へ進んで行き、
丁度半分ほど過ぎたところで足を止めた。
くるりとこちらを振り返り、入らないのかという目線を投げられれば、
足を踏み入れないわけにはいかない。
教会という神聖な場所で、今から行う事を考えると複雑な心境だ。
別に神など信じてはいないが、ドロドロとした感情をぶつける様を、
こんなところで見せていいのだろうか。
戸惑いはあっても、足は前へ前へと進んで行く。
もう数歩で追いつくというところで、ドランクが右側あるベンチの端に
腰かけたのを見て、己は反対側に身を寄せた。
仲良く隣に座って、なんてことは、今のあたしには無理だった。
「一応の確認だけどさ、本気なんだよね?」
息つく間もなく切り出したのは向こうだ。
首を少し傾げながらこちらに気を使いながら、様子を見ているようだった。
きっぱりと切り捨てないところはドランクらしい。
まだ、あいつの中では検討の余地があるのか。
けれど、あたしはもう心決めてしまっている。
———今更逃げたって、もうどうにもならない。
「……中途半端な気持ちで好きになるわけないだろ」
それが答えだった。
どうしたって真っ直ぐ前を向くしかない。
何を言われても受け止めるしかない。
目の前のこいつに、気持ちを吐露するしかない。
終わってしまう恋だとしても、あたしの中に存在していたことは消せないのだから。
「……そっか……そうだよね」
あたしの言葉を聞いたドランクは、目を伏せてぽつりと呟いた。
あぁ駄目だった。ここまでだ。こいつの顔を見ていたらわかる。
伏せる直前、瞳の奥が酷く落胆したような暗い色で一瞬濁ったのが見えた。
決意なんて、するべきではなかった。
目の前の男は明らかに傷ついた表情を浮かべている。
都合のいいあたしに喪心した様子が窺えた。
自分がその立場だったらそう思いかねない。
処刑を待つ罪人のように、あたしはドランクが言葉を発するのを待った。
その時はそう遅くなく訪ずれる。
「ん~……僕としては不本意だけど、やっぱりコンビは解消になっちゃうのかな?」
———やはり、結果はバッドエンド。
傍にいることが出来れば、そういう関係にならなくても
構わないなんて都合のよう願いは叶わない。
自分の心の中を表すかのように、辺りの明かりが少しずつ弱まっていく。
太陽が雲に隠れたせいで、入り込んでいた光が段々と消えていき、
教会に薄暗い影が落とされる。
それはまるで、これからの未来を表しているかのようだった。
「……お前がやりづらいならそれでいい」
「スツルム殿は……嫌じゃないの?」
「あたし、は……」
あたしの気持ちなんて決まっている。
傍に居たいと願ったのだから。
そのために、この気持ちを隠すことに決めたのだから。
でもままならなくて、気持ちに嘘をつかないと決断したのだから。
それが、自分自身を傷つけることになってしまっても、
そうありたいと望んだのだから、止まることなんてできなくなってしまっていた。
「……お前がいいなら、まだ一緒にやっていきたい」
なんて見苦しい懇願なのか。
離れてしまったほうが楽なのに、どうしてそれを願うのか。
簡単に捨てられない感情に育った『恋』が、
あたしの背中を押すのだから仕方がない。
こいつが逃げ道を作ってくれているから、
そこに行ってしまいたくなるは仕方がない。
ドランクからの返答を待つ沈黙が痛い。
いつもはすぐに言葉を返してくる男が、黙っているのだからわかるだろう。
そう言い聞かせても、心が逸るばかりだった。
待てずに言葉を発すれば、それは向こうも同じだったらしい。
「好きでもない男を、まだ傍に置いてくれるの?」
「好きじゃなくなった女の傍は、やっぱり無理か?」
同時に発せられた言葉は綺麗に重ならず、
お互いの声が遮ってごちゃ混ぜになって消えた。
そのせいで、相手が何と言ったのかなかなか理解が出来ずに、
整理の付かない頭の中が混乱し始める。
好き、という単語は分かった。だがその後が分からない。
まだ傍に置いてくれるとはなんだ?それは、あたしが聞く事だろう。
「え?」
「は?」
今度の声は綺麗に反響して、溶けていった。
ドランクは、先程の暗さが少しだけ治った様子で、瞬きをずっと繰り返している。
「スツルム殿の好きな人って誰?」
「誰って……」
やっと向けられたのは唐突な疑問だった。
何故そんな今更なことを聞いてきたのかと、思わず戸惑ってしまう。
わかっていて言わせようとしているのか?
そうだとしたら、やることが悪趣味すぎる。
いや元からこいつは意地が悪い男だ。
「……お前以外に誰がいるんだ」
不満そうに口に出すと、一気に羞恥が体を駆け巡る。
思わず視線を逸らすために、勢いよく下を向いてしまうほどだった。
改めて言葉にすると、なんて幼稚なのか
ちらりと伺えば、同じような格好で俯いているドランクがそこにいた。
顔が見えないせいで、反応もわからない。
一体全体なんだというのか。
「ゆ、夢?白昼夢?僕幻覚でも見てるの?いや幻聴?」
意味不明なことを呟き続けるドランクに、
次第に苛立ちが募ってきて爆発しそうだった。
さっきからなんなんだこいつは。
こちらと対話しようという気はないのか。
「スツルム殿、僕のこと好きなの?」
「はぁ?お前、わかってて聞いてきたんじゃないのか!」
「わかるわけないじゃん!僕一回振られてるんだよ!?」
「それは……」
静寂を壊す言い争いの声が、教会中を包んでいる。
息を切らし、相手に向かってぶつける感情が、入り混じっている。
ドランクから投げられた真っ当な言葉に、怯みながらまた口を開いた。
「……それは、わかってる。でも、気が付いた時には好きになってた」
弱弱しく震える声に、膝の上の拳をぎゅっと握りしめた。
本当に気が付いたら、視線で追い続けていた。
始めは仕事の相方だから、一緒にやっていくうえで
どういう人物なのか見極めなければいけなかったから。
その後は、明るく剽軽にふるまうくせに、
どこか冷めたところや隠し事をしていることが
気になったから目が離せなくなっていた。
そう過ごしているうちに、いつの間にか傍に
「お前の傍にいたいと思うし、お前以外に傍にいてほしい奴なんていない」
素直な気持ちを投げつけると、ドランクは大げさな動きで心臓を抑えだした。
オーバーなリアクションは、あたしの不安を増幅させる。
「さっきからなんなんだ……」
「いやちょっと、威力がありすぎて……」
荒い呼吸を繰り返しているドランクを不満そうに眺めていると、
落ち着きを取り戻し始めたのか、息を大きく吐いてやっとこちらの顔を見た。
そこでやっと、あたしの表情に気が付いたらしく、
疲れた表情をしてはいたが、へらりと花が咲くような笑みを浮かべた。
その様子にため息を一つ吐き、自分の中の疑問をぶつけることにした。
「……お前は、どうなんだ」
「どうって?」
「その、あたしのこと…」
聞かなくても、きっとそうだろうという答えを導き出せるだろう。
でも、どこかまだ確信の持てない自分がいて、相手に求めてしまう。
そんな不安を知ってか知らずか、ドランクは子供のような笑顔で言ってのける。
「僕さ、諦めの悪い男だよ」
直接的に言われなくても、その答えは理解できた。
ドランクだって恋を捨てることが出来なくて、ここまで一緒に来たのだろう。
荒れた心は、途中で挫けなかったのだろうか。
手放さないでくれて良かったと、また都合の良い自分が顔を出す。
「ねぇねぇスツルム殿」
「今度はなんだ」
「そっち行ってもいい?」
許可を出す前に立ち上がり、こちらへ歩み寄ってくるドランク。
その足取りは、先程まで沈んでいた人物と同じだなんて思えないくらい軽かった。
なんだかドランクの思い通りに事が進んでいるような錯覚を覚えて、
不機嫌そうな目線を向けてしまう。
そんなものには動じずに、数歩の距離をあっという間につめてしまう。
まだ納得していないあたしの事など気にも留めず、
ぐいぐいと押してスペースを確保しようと急かして座り込む。
無理矢理開けられたせいで距離近いなんてものじゃない。
片膝同士をあてながら、狭い椅子の上で見つめあう形をとる羽目となってしまった。
上目で覗いた先に、さっき見えた濁りはもう跡形もない。
少しずつ入りこんできた光に当たり、きらきらとした瞳がこちらを見下ろしていた。
柔らかくて生温かい目線が降り注ぐ中、ドランクが口を開く。
「好きだよ、スツルム殿」
それは、一番初めに聞いた時と同じ言葉に声色の台詞だった。
あの時とは違う感情が、心の中で湧き上がる。
その気持ちに抗わず、こくりと頷きながら
『……あたしも』と小さな声で言葉を返す。
二人きりの教会ではか細い声でもよく響いただろう。
ドランクの頭には大きな耳が付いているのだからしっかりと聞き取っているはずだ。
「好きになってくれてありがとう」
「……礼を言うなんて、馬鹿なやつ」
「スツルム殿の傍にいれるなら馬鹿でいいよ」
ふわりと笑った笑顔の向こうに、差し込み始めた光のベールが広がっていく。
まるで祝福をしているようなその光景に、明るい明日が待っている気がした。
その道筋から逸れぬように、願いを込めて瞳を閉じた。
———バッドエンドのその先に、ハッピーエンドが待っていた。
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