小話38
ドラスツが店員やってるカフェに日参したい人生だった。(モブ目線)
燦々と降りそそぐ陽光に疲労しながら、
目的地に向かって足を進める。
地面から浮かんでくる熱気が、
お気に入りの青いスカートに纏わりつく。
今年の最高気温を越えている、
そんな錯覚を覚えるくらい、
体は冷たいものを求めていた。
暑い時期のお昼時、本来なら外になんて
出たくない時間帯だ。
しかしながら、ここ数週間
自分はこの時間の為だけに仕事を
していたようなものだった。
だから、行かないという選択肢は存在しなかった。
雨の日も暑い日も、仕事がある日は
絶対にここで《ランチ》を食べる。
それだけが自分を突き動かしていた
といってもおかしくない。
数メートル進めば、目当ての店が目に入った。
並んでいるお客さんは見当たらない。
今日は少しだけラッキーだ。
いつもならランチタイムと言うこともあって、
数分待たないと中には入れない。
お昼休みはそこまで長くないから一分一秒を
争うというのに……なんてハラハラしたことある。
今日はゆっくりと味わえそう、なんて
胸をときめかせながら扉を開けると、
カランカランという鐘の音と共に
冷えた空気が頬をすり抜けていく。
急いで閉めていると、見慣れた店員さんが
こちらに駆け寄ってきた。
「いらっしゃいませ~今日はいつもの席空けてありますよ!」
語尾を弾ませ、エルーン特有の耳を
ひょこひょこ動かしながら、青髪のお兄さんは
窓際奥の席にちらりと視線を向けた。
店内は半分ほど席が埋まっている。
どうやら私のためにわざわざ空けて
おいてくれたようだ。
あそこは店内をよく見渡せる個人的な特等席。
昨日は生憎先客がいて座れなかったが、
空いていればいつもそこに座ることを、
この人は把握してくれていて、
あえて空けてくれたのだろう。
「ありがとうございます。……なんか今日はいつもよりご機嫌ですか?」
「あっ、わかります~?いや実は……ってここで話し込んだら怒られちゃうや!とりあえずお席にどうぞ~」
軽く会釈をしていつもの席に向かい、
椅子に腰かけると額から汗が流れ落ちた。
鞄からハンカチを取り出して拭っていると、
テーブルの上にお冷やがことっと置かれた。
お礼の言葉を紡ぎながら視線をあげると、
そこにいたのはいつものお兄さん、
ではなくドラフの女性がそこにはいた。
真夏の太陽みたいに真っ赤な髪は、
お兄さんの青い髪と対照的に見える。
「……注文は」
「えっ……あっ…いつ…………ロコモコ丼ください」
「わかった」
突然のことに呆けていると、
あちらから問いかけてくれた。
慌てて注文をすると、伝票にサラサラっと
メモを取り、足早に去っていってしまう。
あまりのことに吃驚して、
挙動不審になってしまった。
このお店でお兄さん以外に接客されたのは、
実ははじめてのことだった。
注文も《いつもの》で伝わっていたせいで、
油断してしまっていたのもよくなかった。
他の店員さんもいるというのに、
それが当たり前になってしまっていたことが
恥ずかしくて、額から汗がまた吹き出てくる。
一人反省会をしていると、先程の女性が
お盆に大きな白い器を載せて此方にやってくる。
自分の中に妙な緊張感が走る。
目の前に見慣れたご飯が置かれ、
注文の確認をされたので、簡潔な『はい』
という返事が自分の口が発した。
これで終わり、かと思ったら彼女は
なにか言いたげな目でこちら見続けている。
不思議に思っていると、ばつが悪そうに
しながらポツリと呟いた。
「………いつも」
「?」
「………あいつと、何を話している?」
突然の問いに、少しだけ口を開けたまま
体が硬直した。
私がなにも言えないせいで、
二人の間に数秒の静寂が訪れる。
高鳴る胸の鼓動を抑えながら、
視線を中に浮かして、必死に言葉を考える。
「あ~…………お兄さんの相棒さんのお話を聞聞かせて貰ってまして……」
「………………は?」
「えーっと、相棒さんに考案したメニューを誉められたとか?あとは食べに行ったお肉料理のお店が当たりだったーなんて話も聞きましたね……。昨日、違うな一昨日の夜は、疲れたから頭撫でて貰っちゃったー………みたいな?そんな感じ、です」
「っ…!!」
誤解のないように努めて、
本当のことを彼女に告げる。
無表情だったその顔が、段々と赤みを増しつつ
眉間に皺が寄っていく。
「…すまなかった、ごゆっくりどうぞ」
「あ、ありがとうございます………」
軽く会釈をした彼女は、来るっと振り返り
乱雑な歩行で一直線にお兄さんの元へ。
振りかぶったメニューをその背に叩きつけると、
頭にはてなを浮かべたお兄さんが
抗議の声を上げていた。
その様子を見て、沸き上がる気持ちを抑えながら、
私はハンバーグにお箸を入れて一口大に。
パクリと口に放り込んで、ゆっくりと噛みながら
気持ちの整理を始めた。
いや~~??無理だけどね???
今の私に余裕なんてものはない。
もうロコモコの味なんてさっぱりわからん
レベルで混乱していた。
きちんと確認したことはなかったが、
あの人……赤髪のドラフの女性が
お兄さんの相棒さん………なはずだ。
ずっと観察してきた私にはわかっている。
ここを特等席だと私が言っている理由、
それは店内をよく見渡せる……お兄さんと
相棒さんのやり取りがよく見えるからだった。
初めてこのお店に来た日、午前中に起きた
トラブル対応でヘトヘトになっていた私は、
たまたまこのお店にふらりと立ちよった。
時間は既に14時を過ぎていて、
昼時のピークを過ぎた店内は疎らに
お客さんが入っているだけだった。
ひっそりとゆっくり食事を取りたい。
そう思って通してもらったこの特等席。
メニューを持ってきてもらったものの、
疲れすぎて決める能力が飛んでしまっていた私は、
自然とお兄さんにおすすめを聞いていた。
即答で帰ってきたメニュー『ロコモコ丼』。
なんでも、普段は傭兵をしているが、
期間限定でこのお店を手伝っていて、
その間だけ自分が考えたこのメニューを
置いて貰っているらしい。
嬉々として語るその姿が、随分と輝いて見えた。
まるで、夏の太陽みたいだ。
「よっぽど嬉しかったんですね」
「え~そう見えます?いやぁ実はこのメニュー、僕の相棒も気に入ってくれたみたいで!スツ…彼女ってば表情がわかりにくい方なんですけど、それを食べた時はお花が飛びそうな位喜んでくれてて~。それに普段はあんまり誉めてくれたりしないんで、それがとっても嬉しかったから顔に出ちゃったかな~?でも美味しいんでおすすめですよ!」
ニコッー!と笑ったお兄さんに押されながら、
私は胸をドキリと高鳴らせながらオーダーを返す。
「じゃあ………それひとつお願いします」
「は~い!」
メニューをさっと持ち去ったお兄さんを見て、
鼓動がやけに早い心臓をお冷やで落ち着かせつつ、
店の中に視線を回す。
どうしても追いかけてしまうのは、青い髪。
ずっと追いかけていると、さっきのお兄さんが
赤い髪のドラフの女性に叱咤される様子が
目に飛び込んできた。
あれが《相棒さん》?
お兄さん、叱られてるのに嬉しそう。
あの二人、本当に仕事仲間?
もしかして、お兄さんの片想い?
え~~妙に気になっちゃうよ……!
そんなことを考えながら視線を泳がせていると、
先程のお兄さんがお盆に丼を乗せて戻ってきた。
届いたご飯は思ったよりボリュームがあって、
大きなハンバーグを一生懸命食べ進めたのは、
記憶に新しい。
でもそれ以上に、自分の胸の中は
別のもので満たされていた。
お兄さんの惚気話、渇いた心がめっちゃ潤う。
ここ最近仕事と家の往復で、
恋愛とは無縁の状態だった。
別にそういう話は嫌いじゃないし、
友人カップルの話をよく聞いていたけど、
仕事のせいで随分とご無沙汰だったように思う。
そんな中で訪れた突然のオアシス。
あれ、私もしかして他人の恋愛好きなタイプ…?
いや、娯楽に飢えていただけのかもしれない。
なんかこう、仕事をはじめてからそれが手一杯で、
楽しいことに触れれてなかったから、
妙に心に来てしまったのかも。
丼を空にする頃には、欲の全てを満たされた
自分が誕生していた……というわけだ。
それからロコモコ丼ついでにお兄さんと
相棒さんの話を聞くため、毎日ここへ通っていた。
期間限定、と言っていたからいつかは
このお店から去ってしまうだろうけれど、
その時がくるまで出来るだけ浴びていたい…。
その一心で、財布を痛めながらも
足が止まることはなかった。
お蔭様で毎日充実している。
職場の人にも最近生き生きしてますね、
何て言われてしまった。
そんな日々も3週間ほど経っていただろうか。
ついに、相棒さんが接触してくるなんて…!!
嫉妬、されてたよね?多分。
いやいや滅相もない、恋愛感情なんて微塵も
これっぽっちも起きてません。
こちらがそう思っていても、
気が気じゃなかったのかもしれない。
それはそうだ、自分の相棒がやけに嬉しそうな顔で
毎日来る女を接客していたら、
気になってしまうものだと思う。
それが、本当は自分の話をしていただけだった、
とわかった彼女の心境も居たたまれなさがあるが、
完璧にお兄さんよりの私としては、
今すぐにでも報告したくて仕方がない。
あぁ、どうしようか。
会計の時にこそっと報告する?
でも、その後の二人の反応は見たいんだよな~~!
いっそ追加でなにか頼んじゃう?
……それはそれで、お昼時間までに
消費できるかは問題だ。
あーもう!悩ましい!
もだもだ、ぐるぐる、決まらない。
悩みに悩んだ私は、会計時に言うことを選んだ。
タイミングを見計らって席を立ち、
レジを操作する彼に今日あったことを告げる。
飄々としてたお兄さんの顔が、
豆鉄砲を食らったみたいに目を見開いて、
思い切り視線を彼女に注ぎ始めた。
また来ます。一言告げて外に出る。
結果は明日にでも彼に聞こう。
それを楽しみに、午後の仕事も頑張ろう。
高く登った太陽が、やけに眩しく感じた。
足取りを踊らせながら、職場までの道を進む。
彼と彼女の進む道も、良いものになることを
祈りながらーーー。
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