小話21
はじめてのあとの朝 ドラスツ
※直接的な描写はないけど1ミリくらいおとななドラスツです。
気怠い体とぼやけた視界。
働いていない頭と胸の憶測に留まる熱い塊。
息をするたびに熱が零れてしまいそうで、
もったいないと口と閉じ飲み込むと、
全身に沁みわたっていくような感覚に包まれる。
――夢と現実の境目が曖昧な朝は、幸福が満ち溢れていた。
自分がそんなこと感じるだなんて、交わりあった相手の影響だろうか。
昨夜の情事を瞼の裏に浮かべると、脈拍の駆け足が体に響きわたった。
暗く、明かりの乏しい夜だから、闇に紛れてしまえてという気持ちでいた。
いくら恋仲だとは言え、すべて曝け出すのはまだ無理だと思っていた。
でも見えないのだから、どんなみっともない姿をしてもいい。
それならば、こんなにいい日はないだろう。
そんな考えは、目線がぶつかり合った時のあいつの表情で覆される。
自分の姿が曝け出されていることを思い知って、羞恥の心が芽生え始めた。
そうなったところで、嫌だとやめるわけにもいかない。
ここまで来て無理だなんて、言えるはずがなかった。
仕方がない、諦めろ、そう自分に言い聞かせた。
掴んでいた枕から手放して、片方は目を覆い隠し、もう片方は口元へ自然に動かしていた。
あたしが見えなければそれでいい。
相手に声が届かなければ、もっといい。
そこまで思い浮かべると、急ぎ足の心臓が落ち着いてきた。
と、同時に、妙に相方の姿を視界に入れたくなった。
そっと寝返りを打つと、あいつはあたしと反対の方向を向いていた。
規則正しく上下する肩に、少しだけ歪な円が描かれている。
揺れ動くたびに口から溢れる嬌声は、時間が経つほどに大きくなる。
先ほどまで気にならなかった自分の高い声が、こんなにも激しく心を乱す雑音に聞こえる。
だから、止めなくてはと、物理的な手に出るほかなかった。
歯を立てたその時、静止をかけたのはドランクだった。
『嫌ならこっちにして、スツルム殿』
そう止められて、許しを得て噛みついた肩に、くっきりと刻まれてた昨夜の痕跡。
肩だけじゃない。
背中にも半月型の証拠が残されていて、情景を生々しく物語っているようだった。
優しくされたのに、優しくできなかった。
本人が良いと許可を出したのに、その跡を見ると小さな罪悪感が生まれ始める。
体をにじり、距離を詰める。
拳1個ほどの隙間はあっという間に埋められた。
目の前に広がる背中に指の腹で触れてみれば、少しだけひんやりとした肌の感触がする。
普段着込んでいるせいもあってドランクの肌は白い。
その白さに不釣り合いの赤い傷。
ゆっくりと撫でても、昨日のような熱は、当たり前だがそこにはなかった。
三往復程したところで気が付いた。
なぜこいつは上に何も着ていないのだろう。
普段は嫌というほど着ているいるし、衣服は着て寝る奴だと知っている。
ではなぜ……なんて疑問に思ったのが間違いだった。
伸ばした手にゆるりと被っている袖が答えじゃないか。
自分の体形に合わない服に気が付いて、一気に熱が頬に集まった。
確かにことが終わった直後で記憶は途切れている。
そこから考えるに、意識のないあたしを世話するのは大変だっただろうし、
確認もせずに色々とやることは、気が引けたのだろう。
別に荷物を漁ったくらいで怒らないのに、変なところで律儀な男だ。
いや、下着を触られるのは流石に嫌だが、昨日くらいはあたしだって許す心を見せただろう。
そうじゃなければ、あんな行為するはずがないのだから――。
少し背筋を伸ばし、こつんと額を押し当てる。
ドランクは、昨日のことを後悔していないだろうか。
必死な相手にしがみつかれ、身体に傷を作り、終わった後も気を使って面倒だと
思われたのではないだろうか。
普通に抱かれる女なら、こんなことにはならないはずだ。
自然に漏れたため息が静かな部屋にこだました。
それと同時に震えていたのは
―――あたしじゃなくて、こいつの体だった。
小刻みに揺れるそれに気が付き、慌てて起き上がると、離れたことを察したドランクは仰向けになりこちらを見た。
悪気もなさそうな雰囲気で、いつものだらしない笑みを浮かべている様が、妙に癇に障る。
「お前っ……起きてるなら声くらいかけろ!」
「だって~スツルム殿がいきなり可愛いことしてくるからさぁ」
「かわっ…!?……そんなことしてない」
あたしの言葉なんか聞いちゃいないドランクは、のんびりと体を起こして、腕を上げて一度伸びをする。
すぐに力を抜いてそのまま体を倒し、額をあたしの額へくっつけた。
昨日ぶつかり合ったあの瞳が、数センチ先で揺らめいている。
目線をそらせないでいると、優しく静かに伸びてきた指が、
愛おしそうに手の甲を撫でてきてくすぐったい。
「おはよう、スツルム殿」
「……おはよう」
気の抜けた声にぼさぼさの髪。
触れる肌から感じるぬくもり。
ゆっくりと絡まる手から伝わる熱が、額から指先から手のひらに広がって
交わった時とは違うぬくもりに包まれる。
――夢と現実の境目がはっきりした朝も、幸福が満ち溢れていた。
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