小話1

夏とドラスツ



――どこまでも広がる青い空

―――泳いでいる魚が見えるほどの透きとおった海

――――僕の両手にある美味しそうなご飯とカラフルなドリンク

―――――そして……向かう場所には最っ高に不機嫌なスツルム殿


「スツルム殿~ご飯持ってきたよ~」

「………」

「お寝坊さんしたからちょっと混んでて遅くなっちゃった!」

「…………」

「いやぁそれにしてもいい天気!さっすがアウギュステって感じですね~」

「……………」


周りが楽しそうに談笑している中、僕らのテーブルでは僕の寂しい声だけが響くだけだった。

ちらっとだけ厳しい目線を向けるだけで何も言わない。

僕が持ってきた料理に手すら伸ばさない。

そんなスツルム殿に内心冷や汗を掻きながらも、僕はいつも通りの態度を貫き通した。

ここで折れてしまっては僕の計画が駄目になってしまう。

だからこそ、スツルム殿に機嫌を直してもらいたい。

彼女が怒っている原因はいくつか思い浮かぶが、確信は持てない。

それほどまでにこの状況になるまでに色々とあったのだ…。

次の依頼人との待ち合わせ場所はここ、アウギュステだった。それは別段問題ないだろう。

依頼人との交渉などは僕が任されているし、いつもそれに黙ってついてきてくれている。

しかしながら依頼人との待ち合わせの日を偽って早くここに来たことは怒ってそうだ。

でも、人は誰しもうっかりミスってしちゃうものだから、そこは許してくれてもいいと思うのだけど、…と自分を棚上げして思う。

………まぁ、ミスではなく想定通りなんだけれども?

どうせアウギュステ行くならちょーっとくらい、それこそ1日くらい遊びたいんだもん。

次に思いつくのは、その後にスツルム殿の洋服を隠したことだろうか。

隠したと言っても、燃やしただとか、捨てただとか、そんなことはないし、替えの服はちゃんと用意してある。

はっ……もしかしたら、普段着ないような薄水色のワンピースが掛かっていたことが原因かもしれない。

でもでも、今そのワンピースをスツルム殿は着ている。ということは……それは許してくれているのかな?

今日はとりあえず依頼がないわけで。

暑い日差しの照り付けるアウギュステでいつものマントじゃ暑いかな~と思って僕が用意したワンピース。

僕の見立て通りスツルム殿によく似合っている。アウギュステの澄んだ海を映したような淡いグラデーションのかかっているその服は昨日一目ぼれして買った。

もしかしてそれを散財だと怒ってたりとか?

………うーん、でも元々ここで着る服買う予定だったし、無駄遣いではない、断じて。だってこんなにスツルム殿に似合っているのだ。無駄なわけない。

というかもう…一応この食事場所まで来てくれたのだからそこら辺のことはある程度熱は冷めている気がする。ただ、簡単にはしゃぐ気にもならないのだろう。

…だから怒っている。仕事のつもりで来たのに僕に遊ばれているから怒っている、のだと思う。

いやいやいや、自分で言っておいてなんだけど遊んでないけどね!?

スツルム殿とはいつも本気!と言ったら刺されてそのまま部屋に帰られかねないだろうから今は黙っておこう。

彼女の腰にはひらりとしたワンピースに似合わない剣を携えている。そういうところは、ほんと真面目だ。

でも今日だけは不真面目になってもらいたい。

今日くらいはスツルム殿とゆっくりしたい、というのが僕の本音だ。

別にあの綺麗な海で泳いでくれなくていいのだ。

よく見かけるボール遊びだとか、そういうのにも興味はない。

でもカップルも多くいるこの島で、仕事だけは寂しすぎる。

仕事の相棒ではあるけれど、それ以上に恋人という間柄なのに、仕事をしてはい次の依頼へ~というのは寂しすぎる。


「……スツルム殿、あの、その~~……」

「…………なんだ」

「!……えっと……怒ってる?」


覚悟を決めて声をかければ数時間ぶりに返ってきたスツルム殿の声に、笑みが零れそうになるが、ぐっと堪えて申し訳なさそうな声で問いかけた。

そうすれば、スツルム殿はなんだかんだ僕のことを許してくれるとわかっているずるい僕だ。

でも使えるものは使う。僕だってスツルム殿に惚れているから許していることもありますし?そこはまぁお互い様だろう。


「……もう気にしてない」

「ほんと?」

「しつこいぞ。どうせこの場から逃げられるわけでもないんだ、別にいい」

「うっ……そんなに嫌だったの?スツルム殿…」

「…言葉の綾だ。…ただ、回りくどいのはやめろ。色々と面倒だ」

「はーい!じゃあ今日は一日デートね~」


ため息と共に出てきたお許しの言葉に、抑えていた笑みを戻す。

途端にニコニコしだした僕にスツルム殿は再度ため息を吐いたが、諦めたのか僕が買ってきた料理に手を伸ばし始めた。

前に訪れた時に好きだったものは覚えているからラインナップは完璧なはずだ。僕の我儘に付き合ってもらうのだからそれくらいのエスコートはきちんとこなすつもりだ。

箸休めがてら食べようと思っている甘いスイーツも、前にいたく気に入っていた肉料理のお店もこっそり予約した。

明日は依頼が入っているし、チャンスは今日だけだからめいっぱい楽しまなくてはいけない。


「後であれも食べに行きましょうね~」

「…あれ?」

「ふわふわのかき氷ですよ!前来た時に気に入ってたじゃないですかスツルム殿。暑いし最適でしょ~」

「………いらない」


そんな僕の予想を超えて、断ってきた一言に衝撃が走った。スツルム殿が、気に入っていた食べ物を断ってきたという事実が受け入れられなかった。

ここまできて予定を覆されるとは思っていなかった僕は、握っていたスプーンが手から零れ落ちてしまい、お皿の上でいい音を立てる。

まさかまだ許されていないのだろうか。そんな一抹の不安を胸に僕は口を開いた。


「えっ!?食いしん坊のスツルム殿が…っいっでぇ!」

「う、うるさい!」


からかうように尋ねると、剣ではなく拳が飛んできたところを見ると構ってくれる気はあるようだ。

よかった、いつものスツルム殿だ。いつも通りではないのは食欲?と思ったが、口に運んでいるところを見るとそういうわけでもなさそうだった。

でもスツルム殿も剣術は長けているけれど女の子だ。もしかしたら、男の僕ではわからないなにか特別な理由があるのかもしれない。

長年一緒に過ごしてきたのにそれがわからないとは僕もまだまだだな~。

覗き込むように顔を見れば、驚いたような表情を浮かべる彼女に、僕は先程同様恐る恐る尋ね始めた。


「……スツルム殿ほんとに要らないの?どこか調子悪い?」

「そ、ういうわけじゃ…ないが…」

「じゃあどうしたの?僕には言えない?」

「言えない、と…いうか…」


僕から目線をそらして逃げようとするスツルム殿は、どことなく頬が赤い。

もしかして、熱だろうか?この暑さで熱が出てきた…?食欲はあるから重症ではないと思うが、風邪だとしたら

掛かり始めが肝心とも聞く。そんなことを考えていると、スツルム殿は恨めしそうな目で僕のことを見てきた。


「前、それ食べた時………その…お前が…」

「へ?僕?」

「あっ…………味見とか言っていきなりしてきただろ!!」


頭の片隅から記憶を掘り起こしてくる。思いだしたというか忘れていたわけではないのだけれど、しまい込んではいた。

スツルム殿と所謂深い仲になったすぐあとに来たのがここアウギュステだった。

その時に、そのかき氷を食べていたスツルム殿に異様に意識がいってしまって。

正確にはかき氷が運ばれていくその口元に釘付けになってしまって。

そのまま本能が勧めるままに、ベタなことながら味見と称して気が付いたら唇が重なっていたわけで。

口の中に広がるかき氷のレモン味は一生忘れないし、あの時見たスツルム殿の驚いた顔は一生の宝物に近いと思いつつも、

自分のしたことの恥ずかしさに記憶を封印していたんだった。

それをスツルム殿はしっかりと覚えていて、警戒してくるところがまた愛らしい。


「あ~…それで思い出しちゃうから食べたくないの?」

「っ…わざわざ確認するな!」

「もう、ごめんごめん!でも、僕もう」


その愛らしさにまた惹かれ、許されないなと思いつつもまたしてしまった。

あの時のことを思い出して、恋しくなってしまった。

触れた唇はあの時とは違い、慣れた感触が伝わってくるし味も雰囲気のあるものではないけれど、離れた後に笑みが零れてしまう。

僕はあの頃ほどスツルム殿に対して臆病に生きていないし、こんな人前でも気にしなくなってしまって大胆になったものだ。

そんな自分の成長に感慨深さを持ってしまった。


「それに頼らなくてもキスできるようになったから問題ないよ☆っ痛い痛い!待ってスツルム殿、落ち着いて!ここで騒ぐのはまずいですって!」

「…は?それを?お前が言うのか?」

「だって~~回りくどいことするなって言ったのスツルム殿じゃないですか~!」

「っ……帰る!」

「まっ……!スツルム殿謝るから待って、お願い」


スタスタと迷いのない彼女の歩みを、急いで追いかける。

それから部屋に籠ったスツルム殿の機嫌を直す為、僕の計画していた一日は潰れてしまうのだった。


――――それでも、その先にいたスツルム殿の真っ赤な頬を見ると、僕はまた同じ過ちを犯してしまいそうな気持になってしまった。


「(あーあ…また一つ好きって気持ちが増えちゃった!)」

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