雨音lullaby
雨降りとドラスツ。CP要素薄いです。
「最悪……」
ぽつりと呟いた言葉は、気の滅入るような雨音の中に吸い込まれていった。
先程まで鬱蒼とした森林にいたが、その緑さえ今は雨の激しさによって隠されている。
――なぜ自分がこんな状況下に晒されなければならないのか。
身動きが取れない状況に苛立ちを募らせていると、元凶の呑気な声が聞こえさらに苛立ちが増していく。
「スツルム殿~そんなに空と睨めっこしたって雨止みませんよ!早くマント脱ぎなよ~」
振り向くと奴は、ヘラヘラとした笑みを浮かべてこちらに来いと言わんばかりに手招いている。
―――誰のせいでこんなところにいると思ってるんだ。
その言葉をぶつけてやろうと思ったが、そうしたところで大したダメージにもならなければ反省もしないだろう。
無駄に怒っても仕方がない。長年一緒に仕事をしているせいで学んでしまった。
「お前の魔法でどうにかならないのか」
「ん~~雨はじいて帰れなくもないとは思いますよ~?でもどうせ通り雨だろうし、ここで消費することもないんじゃないかな?まぁまぁ焦らず少し休憩しましょ!」
揃いで着けているマントを脱ぎ、傍らの岩場に干している様子を見ると暫くここで過ごすつもりなのだろう。
歩み寄り、マントを脱いで投げ捨てようとすると、貸せと言わんばかりに手を伸ばされる。
素直に従えば、なぜかウキウキした様子で自分の隣にそっと並べて広げていた。
「も~駄目ですよスツルム殿。その辺に投げちゃ皺になっちゃうじゃないですか~いっだっ!?なんで今刺したんです!?」
こういうところはだけは本当に細かいなこいつは。その姿になぜかまたイラっとして一突き。むしろ、鬱憤が溜まりすぎているんだ、これくらいしても許されるだろう。
さっきも言ったが、この状況になったのは元はといえばこいつのせいなのだから。
「お前…あたしに悪いと思ってないだろう」
「だってレディの頼みは断れないじゃないですか~それに雨降る気配なんて全くなかったですしぃ!」
昼を少し過ぎた頃、腰を落ち着けた宿に着いて一息入れようとしたところに、相方…ドランクが持ってきた依頼は、依頼ともいえないような小さなお願いだった。
『さっき聞いたんですけど美味しい山菜が裏の山に生えてるんですって~それで、僕たち腕がたちますよって話したら、今日は仕入れられなかったからもしよければ採ってきてくれないか?ですって』
山菜を採ってきてほしいなんて、子供のお使いだろう。なんで傭兵のあたし達がしなくちゃいけないんだ。
一人で行ってこいと突き放したが魔物が住み着いていると返されるとついて行くほかないことを悟った。
どうせ宿にいても剣の手入れくらいしかやらないだろうし、と思った結果がこれだ。
渡された籠の底が埋まるくらい採り、山を下りている最中に降り出した雨。
最初はマントについているフードで凌げる程度ではあったが、次第に大粒になってきてしまうとそうはいかなくなってきた。
慣れない山道、視界を遮る雨。条件が悪すぎる折にドランクが見つけた洞窟に逃げ込み、今の状況だ。
「ちょっとのお使いで朝ご飯いっぱいつけてもらえるんだから安いもんでしょ!」
「む……」
「まぁ僕がスツルム殿とデートしたかったってのもありますけど」
「……いつも二人で歩いてるのになにがデートだ」
「それってほぼ毎日が僕とデートってこと~?も~スツルム殿ったらだ・い・た・いっだい…!」
相変わらずの減らず口にまた一つため息を吐けば、幸せが逃げますよ~?なんてふざけたことを言われる。
溜息1つで幸せが逃げたら、お前の側にいるだけでどれだけ不幸になるかわかったもんじゃないぞ。
「(体があまり濡れなかっただけまだいいか…)」
荷物は宿に置いてきてしまった。今、体を拭くものは何も持っていない。
そこまで長い時間ここに足止めされないだろうとは思っているが、体を冷やすのは得策ではない。
明日も明後日も仕事が詰まっているのだ。
「止むまでどうします?僕とお喋りしちゃう?あっ、恋バナとかどうです?それとも~…」
「寝る」
「って、ちょっと待ってスツルム殿!そんな地面に直接じゃ体痛めますよ!」
あたしの心境など知る由もないドランクの問いに、さっと一言返してその場に寝ころべば、慌てた様子でそれを咎められる
お前と浮ついた話をする気なんて毛頭ないから寝るしかないだろう。
しかしながら、ドランクの言う事も一理ある。さっきも言ったがこの先仕事が詰まってしまっている状態だ。依頼主の信頼を損ねるようなことは、極力回避するに越したことは無い。
「む…」
「だから、はいどーぞ」
勧められた先はドランクの上。正確には胡坐をかいたやつの足の上だった。
両手を広げて誘うようなその姿に、自分でも自覚のあるくらい酷い顔をしてしまう。
そんなあたしに特に怯むことなくニコニコとした笑みを浮かべている奴に、やっぱり折れてしまうのだ。
「…………」
「…………」
「………変なことするなよ」
「流石の僕でも誰かに見られる可能性がある外でなんかしませんよぉ」
「それは外じゃなくてもやめろ」
「またまた~スツルム殿も嫌いじゃないくせに~痛ッ!」
いっそのことやはり直接寝てやろうと思ったが、そうすると絶対にこいつはうるさい。
どうせ小一時間くらいなものだろう。その間くらいは大人しくしてやろうと思ったが、やはりイラっとした時には多少解らせないといけないなと再認識した。
雑に腰を下ろせば、思ったよりも座りやすい。そうはいっても、褒めてやるつもりは毛頭ないが。
やっと一息つけると思っていたら、ドランクの腕が目の前で交差する。
いわゆる、抱きかかえこまれている状況になってしまった。何を考えているんだこいつは。
「…おい」
「別に変なことはしてないじゃないですか~!ここの洞窟少し寒いんだからほら、くっつくくらいは、ね?スツルム殿マント脱ぐとちょぉっと肌見えちゃうじゃないですか?僕たちの仕事は体が資本ですし~?幸い、僕は着込むほうだからほら?ね?ね?」
「……風邪を引いたら困るからな」
「うんうん」
抗議の声を上げると、ペラペラと喋る口がいつも以上に絶好調で、頭が痛くなってくる。
この短時間でよくもまぁそんなに言葉が思いつくな、と感心する。そういうところは評価しているが、自分相手にやられるとやはり面倒だなと再認識した。
どうせ寝てしまえば気にならない。ドランクが喋っていようが、雨が止むまでのBGMだと思えばいいのだ。
「一応聞きますけど、寒くない?大丈夫?…って言っても温もりは感じてますけど~スツルム殿って体温高めですよね」
「普通だろ」
「スツルム殿あったかいから僕も眠くなっちゃいそう~」
「駄目だ」
「えっ?」
「雨が止んだ時、誰があたしを起こすんだ」
「あっですよね~…」
何か言いたげなその声に疑問は感じつつも、別段気にすることではない。
当たり前のことだろう。ここで夜を明かす気など毛頭ない。
むしろドランクが持ってきた仕事なのだから、こいつが責任を持つべきだ。
外に目を向けると先程より少しはましになった雨が、木々に降り注いでいる。止むまでにはまだ時間がかかりそうだ。
段々と温かみを感じるようになったあたしの体は、無駄に疲れたのもあってか疲労感が駆け巡ってくる。そんなあたしのことを知るよしもせず、ドランクは一人で話続けていた。ぽつりぽつりと呟く言葉は軽やかで、眠気のせいもあってか耳に心地いいと感じてしまう。
「どうせならもう少しおまけしてもらえるように言ってみようか~?あっでもその前に、戻ったらすぐ夕食になるかな?」
「…肉が良い」
「ふふっ、宿の人にちゃぁんと頼んでおいたから大丈夫だよ。お肉もいいけどこの山菜は食べましょうね~。きっと自分達で採ったから美味しく感じるね、実際に美味しいんだろうけど!」
「ん…」
「朝は自家製のパンとジャムが美味しいって言ってたからそっちも楽しみですね。いやぁよかったよかった。スツルム殿は朝も食欲ありますよねぇ…僕見てるだけで満足しちゃいますもん。……あっそれと次の依頼の場所なんだけど…」
あたしが返事をしなくても、ドランクは喋り続ける。耳は届いているが、返事をする余裕がなかった。
雨水が木々に当たる軽快な音。どこからか漏れ出したのか滴り落ちる雫の規則的な音。いつも聞きなれている男の柔らかい声。
すべてが交じり合って、まるで子守歌のように眠気を運んできて、自分がまどろみの中に入っていくのが解る。
「……」
「…ス……ム……の………?」
自分に語り掛けているであろう相方の声に反応もできない。
このまま、柔らかなこの心地よさに身を委ねてしまおうと決めた直後、そのまま――――。
――――――――
―――――
――…
「スツルム殿~起きて~!」
耳元に響く声に、はっと目を覚ます。声のする方を見てみればすぐ近くにドランクの顔があって、離れろ、と手で遠ざけた。
「……止んだのか」
「きれ~な日の光が出てきましたよ~。……よく寝れました?」
「寝心地は悪かった」
「え~酷い~」
跳ね除けるように立ち上がり自分のマントを手に取ると、少し湿ってはいるが身に付けられない程ではない。乾き具合から見て、過ごした時間は1時間ほどだろうか。
ちらりと外を見れば、ドランクが言ったように夕日が差し込んでいた。
さっさとここを抜け出そうとドランクの方を見ると、どことなく嬉しそう顔でマントを手に取り、此方に笑顔を向ける奴がいた。
何か言いたげなにやついた顔に、寝起きもあってか不機嫌な声が木霊してしまった。
「……なんだ、言いたいことがあるなら言え」
「いやぁ、いつも察しても口に出すなって言われるからさ~…って待って待ってスツルム殿!言うから刺さないで~!」
腰の剣に手を当てると、短気なんだから~などと文句を言い始める。こいつは…いつもいつも本当に懲りないな。
「……スツルム殿、雷落ちたの知ってます?」
「雷?寝てる間にか?そんなの知る訳ないだろ」
「スツルム殿が寝てすぐ位に天気が落ち着いてきてこのまま止むかな?って思ったんですけど~いきなり激しく降り出した時があって!直後に雷がこの洞窟のすーぐ近くに落ちたみたいなんですよね~。結構大きい音がして、木が倒れた感じもありましたし。あ~もしかしてやばいかな?とは思ったんですよ?でもでも~スツルム殿気持ちよさそうに寝てましたし~。まぁ暫くしたら雨も上がったしこの通り帰れそうなんで、めでたしめでたしなんですけど」
「……簡潔的に言え」
「…とまぁ、そんな大ごとが起こっても寝続けてたから、もしかして安心しきってぐっすりだったのかな~って?」
茶化すような物言いに回りくどいと思いつつも、言われた結論をゆっくりと飲み込む。
つまり、あたしはすぐにでもこの場を離れたほうがいいような状況が起こったのに、寝こけていたと。そんなの、いつ身の危険に傭兵にあるまじきことではないのか。
問題はそこでもあるが、その、あたしが起きなかった理由が、ドランクが傍にいて安心していたから…?
確かに聞きなれた声に落ち着いて、意識が眠りに落ちた記憶があった。
それを思い出すと奴の言っていたことが的確のように思えて、段々と羞恥心がこみ上げて体を支配する。
その感情に流されるがままに、腰の剣を手にし、行う事はただ一つだった。
「いや~僕って信頼されてるますね゛ぇいったい!思いっきりいきましたね!?」
「っ…煩い!ただ疲れてただけだ!」
「え~熟睡しちゃうほど疲れてたのに山菜取りについてきてくれたんですか~!僕感激だなぁ~ったい!ぐりぐりしないでください!」
「~~~!なんでそうお前は一言多いんだっ…!……さっさと帰るぞ!」
「自分で言えって言ったのに~!…あっ待ってよスツルム殿~置いてかないで~」
急ぎ足で外に出てみれば、雨上がりの澄んだ空気に出迎えられる。空を見れば夕焼け雲が泳いでいて、余韻に浸る間もなく足早に歩きだす。
ふと目に入った、地面にできた大きな水溜まり。
そこに映った自分の顔は、遠目から見ても頬が赤らんでいて。それを隠すように、水溜まりを蹴って進んでいく。
あぁ、きっと夕映えのせいだーーー。
そう思いながらもなかなか引かない頬の熱は、気のせいだろうと押し込めた。
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