愛の果てにはさようなら
『恋の彼方で会いましょう』の続きで、
スツルム殿視点のお話。
続きという名の蛇足みたいなものなので、
引き続き生暖かい目でご覧ください。
余談ですが、心/拍/数#0822という曲を
BGMに書いてます。
―――愛の向こうには何があるのか。
そんな正解のない疑問を抱いてしまった。
恋の向こうにはきっと愛があるんだろう。
では愛の向こうには何があるのか。
恋が終わると愛になる。
愛の終わりは決別…別れだろうか。
昔のあたしだったら絶対に
気にしなかったことだろう。
恋だの愛だのに現を抜かすなんてくだらない。
剣を揮う力があればそれだけで十分。
自分の力で自分の道を切り開ければそれでいい。
それなのに、どうしてこんな感情を
抱いてしまったのだろうか。
仕事の相方として隣に立つことになったその男に、初めは良い印象を抱かなった。
口が軽く、ひょろっとしていて男らしくない。
同族の男と比べてしまうあまり余計にそう思えた。
しかも沈黙は苦手だとか言って
必要以上に喋りかけてきて、
時々嘘まで吐いてくる始末だ。
それでも、奴の仕事の腕は確かで。
自分が苦手な依頼人との対話や交渉を
行ってもらっていることも、助かってはいた。
信用できない胡散臭い笑みや
ペラペラと喋る軽口は
イラっとするし好きではない。
そもそも自分は騒がしい奴も
気さくにコミュニケーションを
取ろうとしてくる奴は苦手だ。
自分の体質と合わない。
そんな行動をとらなければ死ぬ
というわけでもないのだから、
極力したくないというのが本音だが、
そうもいかないこともわかってはいる。
だから、段々とほだされてしまったのだ。
時折見せる幼さの残る笑みや
穏やかに話しかけてくる声は
嫌いじゃなくなっていた。
此方の思考を汲み取って色々なことを
気にかけてくれるところも、
居心地がよくなっていた。
戦闘の時に背中を預けられるのは
奴しかいないとまで思うようになっていた。
そうだ、いつのまにか傍にいるのが
当たり前になってしまっていた。
あいつが隣に居ることが、
日常になってしまっていた。
だから、あいつがいつか自分の隣から
いなくなるかもしれないと思った時、
自分の中の奴に向けていた
好意に気が付いてしまった。
何がきっかけだっただろうか。
明確には思い出せないが、
気が付いた直後は大変だった記憶しかない。
頭がぐるぐるしすぎて熱を出すし、
食事が喉を通らないし、
ドランクの近くに居たくないのに
風邪だと思われて必要以上に構われる始末だった。
1日苦しんだわりに、復活したのは翌日だった。
悟ってしまったのだ。現実を受けいれただけだ。
――どうせあいつはこちらの事なんてそういう目で見ない。
ただの仕事上の相棒。
それ以上でもそれ以下でもない。
あたしより女性らしくていい女なんて
いっぱいいるんだ、当たり前だろう。
恋なんてものをしたことがなかった
あたしの初恋とやらは、一瞬で去っていった。
初恋は儚いとは聞いていたがあっけないものだ。
それでも、隣にいることくらいは許されるだろう。だから、想いが伝わらなくても別にいい。
ただ、要らないと言われるその日までは、
傍らで戦っていようと思っていた。
そう思っていた、
そう思っていたのに、
それなのに。
自分の気持ちに気が付いてから、
ドランクを意識する回数が増えていって、
ふと気が付いてしまった。
ドランクの柔らかい笑顔が、
自分にだけ向ける笑顔だと気が付いてしまった。
ふと触れた指先を、思い切り引っ込めて、
少しだけ頬を赤くして乾いた笑いをする姿に
違和感を覚えた。
ただ触れただけなのになぜそんな反応をされるのか。
というか、今までもこんな反応をされていたのだろうか。
意識をしたことがないから気が付かなかった。
だけど、意識してしまったら
もう見て見ぬふりは出来なかった。
まさか、あたしの気持ちを悟られてしまったのだろうか。
自分で言うのもなんだが、あまり感情を
表に出す方ではないからばれるとは思わなかった。
むしろ、自分の事を刺してくるような女に
好かれていると思うものなのだろうか。
……実際問題好きなわけではあるのだが、
それとこれとは話が別だ。
じゃあなんで、と考えても経験が少なすぎる
あたしに出せる答えはそう多くない。
……本当に?本当は、ドランクも、あたしのことを――
……あたしはこんなにも自分に都合のいい様に考えてしまうやつだっただろうか。
それはドランクの十八番じゃないのか?
やはりずっと一緒にいて毒されてしまったと
思えば仕方がない。
時々考えては結論を出せずに、
ただただ気持ちだけ募っていく。
だけれど、それを確認することはできなかった。
自分を好いているかもしれない
という可能性があるだけのやつに、
自分の事を好いているのかって聞くなんて、
馬鹿のやることなんじゃないかって思うと
何もできなかった。
あいつの気持ちに気が付いてはしまったが、
嘘を吐くことになれているあいつに
そんなこと聞いてもはぐらかされるに決まっている。
なのになぜああなってしまったのか。
『ずっと傍にいてスツルム殿……隣にいるだけでいいから…』
甘く、儚げなドランクの声を今でも時々思い出す。ぎゅっと抱きしめられた腕は、
その訴えを体現するかのように
強く、必死で、あたしの体に痕を残していった。
一瞬、何が起こったかわからず呆然としていたが、言われたことの甘美さに体の熱が上がっていって、煩い自分の心臓の音と戦った。
段々と落ち着いてきた心拍数と、
温もりに身をゆだねてしまえば
あたしも眠りにつくことは容易で、
目覚めたときに起こる一連の出来事なんて
知りもせずに瞼を閉じた。
あの日、あの一時が無ければ、
あたしとあいつの関係はこのまま変わらずに
過ぎ去っていっていただろう。
仕事を共にするだけの存在から、
1つ先に進んだけれど、変わらず日常は流れて行く。
奴の軽口が止まることは無いし、
それに対するあたしの冷ややかな目線も
止むことは無い。
奴の嘘を教えてくるところも改善はされないし、
あたしの刺す癖も別段止まらない。
だけれど、二人きりの時には
あいつに触れられることが多くなった。
あいつに触れることも多くなった。
だからいつも通りに過ごしていくけれど、
確かに変わったものもそこにはあって、
少しずつ少しずつ今までの隙間を埋めるみたいな
その感覚が、こそばゆい様な心地いいような。
流れて行くときの速さは変わらないのに、
こんなにも距離は縮まるものなのだなと思うと
感慨深い。
「スツルム殿~?聞いてます~?」
呼ばれた声に、意識を傾けると
ドランクがこちらを心配そうな目で見ていた。
「……聞こえてる」
「も~嘘つかないでくださいよ~!僕2回くらい呼びましたからね!ほら部屋取れましたよ~」
指先で鍵を1つくるりと回して嬉しそうに
報告してくる様は、まるで犬のようだと思ったが
口には出さないでおいた。
手元の1つだけということは…今日も同じ部屋か。
前まではシングルの部屋を別々で
取ることが多かったが、ここ最近はずっと
ツインルームばかりだ。
昔なら苦虫を噛み潰したような顔を
してしまっていただろうが、今では慣れたものだ。
値段も安くなるから、と自分に
言い聞かせるように考える。
別にずっと一緒にいたいとか、
そういう意図は…ない。
「で…取れたんですけど、あの~…」
「なんだ歯切れの悪い」
「今日あんまり部屋が空いてないみたいで~……ダブルの部屋になっちゃったんですけどい~い?」
伺いを立ててくるように姿に、
またこいつはおどおどとして…なんて思いながら、
端的に構わない、とだけ返せば
へたっていた耳が元気よく立ち上がった。
普段は読めない言動ばかりなのに、
こういう時はわかりやすい反応をしてくるのは
計算なのだろうか。
エルーン特有の耳が元気のない様子を
見てしまうと、どうしても甘くなってしまう。
ほだされているとはまさにこのことだろう。
そんなあたしの事など気に留めず
元気になったドランクについて行くと、
大きなベッドが部屋の大半を陣取っている部屋に
たどり着いた。
わずかなスペースに荷物を置くドランクを横目に、ポツンと置かれた椅子に手を掛ける。
マントを脱いで背もたれに放り投げ、
装備もパパっと外せばやっとリラックスできる。
体を休めるようにベッドに腰掛けると、
いつも以上に弾むスプリングに
少し驚きながらも一息つく。
「今日もお疲れ様スツルム殿~」
「……くっつくな暑苦しい」
「少し休憩したらご飯食べに行こっか」
身軽になったドランクは、あたしの隣に座ったか
と思うと凭れ掛かるように軽く体を預けてきた。
ここで抗議の声を上げても、
あまり意味はないのだがまだ少し仕事モードが
抜けきっていないようだ。
誰かの目があるところでは、
あまりくっつかれたくはない。
そういう風な目で見られることに、
あたしはまだ慣れていないのだ。
だから普段なら容赦なく刺しているところだが、
今は二人きりだ。少しくらいはいいだろう。
……あぁ、こういうところも、
だんだんと甘くしすぎている気がする。
甘えるようにすり寄られても、慣れてきて
なされるがままにされてしまう。
跳ね除ける理由があたしには無くなってしまった。あいつはあいつで段々と遠慮が無くなってきた。
初めて触れられた時にはうるさかった心臓の音も、今では穏やかに脈を打つ。
それほど、こいつと一緒にいても
リラックスできるようになった証拠だろう。
二人して何も言わずに、
数刻たった時ふとドランクが口を開いた。
「僕ね、恋人なんて甘ったるい関係にならなくてもいいって思ってたよ。だけどスツルム殿の人生のパートナーになりたいなって思ってた」
脈絡のないドランクの言葉に
体がピクリと反応してしまう。
目線を向けると、此方なんて見ずに
俯きながらポツリポツリと話し始めた。
「暑くてだれちゃいそうな日も、寒くてぬくもりを求めたくなるような日も、雨でじめじめ~ってする日だって、晴れ渡った澄み切った空気の溢れる日だって、どこでもいつでもずっとずーっと隣に立っていたいなって」
穏やかだった心臓が駆け足になっていく。
あまり速くなりすぎないで欲しい。
まだその速さに、あたしは慣れていないんだ。
そうは思っても、その言葉は熱烈な愛の告白よりも濃密に感じて。
なんでこいつはこんなにも恥ずかしいことが
言えるのだろうかという感想を抱いてしまった。
あぁでも…伝えていないだけで
思っていることは同じだったのか。
傍にいることが出来るだけで、
それだけでよかったのだ。
隣に立って、背中を預けられるだけで、
それだけでよかったのだ。
「それなのに……隣にいられるだけでいいって思ってたのに、触れたくなっちゃった。お前なんかいらないって言われたら離れようと思ったのに、離せなくなっちゃた」
ごめんね?スツルム殿、
なんて気持ちのこもっていない謝罪をされる。
やっとこちらを見たかと思えば、
あの時みたいな寂しそうな瞳に、
あたしが写っている。
その瞳に吸い込まれそうだ、
なんて思い何も言わないでいると
不意に傍らに置いていた手に
ドランクの手が重ねられる。
自分の手が小さいと感じたことは無かったが、
奴の手にすっぽりと覆い隠されてしまう。
触れている手の力が段々と強くなるにつれて、
気が付いてしまった。
あたしの愛の大きさがわからないから、
どれくらいで進めば許されるのかと考えて、
あたしが嫌がらない距離を測っている。
伝えてやりたいのはやまやまだが、
こんな性格のせいで上手くあたしは表現できない。
離せなくなった、なんて言われても…
今のあたしにも抱くことのなさそうな感情だ。
離れたいと思わない、
そんな未来が来ることが想像できない。
「(――――あぁそうか…あたしはきっと、ドランクと死ぬまで離れられないんだろうな)」
――――――この愛の終わりはきっと死だ。
命が尽きるその時も一緒にいるだろう。
そこまで考えて、随分と重症なようだと
自己嫌悪をしてしまう。
あたしはこんなにも重たい女だったんだな
それでも、そんなあたしでもドランクは構わないと言ってくれる気がしている。
あいつに同じことを言われても、
あたしは受け入れる気がしているから。
「別に、いい…だから謝るな」
「ほんとっ…!」
やっと紡げた言葉は短くて、
あたしの気持ちが全部伝わるとは思っていないが
やっと絞り出せた言葉だった。
そんな返答でもよほど嬉しかったのか
勢い余って乗り出してきたドランクの体を
支えきれず、二人してベッドに倒れこんでしまう。
距離が、顔が近い位置に倒れてしまい
お互い目と目を合わせたまま固まってしまう。
動くと触れてしまいそうだ、
なんて戸惑っていたら、
ドランクが素早く起き上がったってしまう。
「…ドランク」
「な、なぁにスツルム殿」
「……手、くらいなら…もう大丈夫だ」
「!」
言葉で表すのは苦手だ。
でも態度で表すのはもっと苦手だ。
だから、ささやかな一言から始めていこう。
何かアクションを起こさないと壊れてしまう、
そんな関係ではなくなっているはずだけれど、
それでも少しくらいは返事を、
愛を返してやっていこう。
今までだって少しずつ少しずつ進んできたのだ。
そのくらいのペースでちょうどいい。
流れる空気の穏やかさに身をゆだねて、
また少しずつ少しずつ隙間を埋めていく。
この尽きることのなさそうな愛が終わってしまう
その時まで、ゆっくりとゆっくりと――――。
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