小話45
人混みと団長とドラスツ
ふと見上げた青空が眩しすぎて目を細めた――。
ガヤガヤとした雑踏の音を耳にしながら、
僕は心の中で何度目かわからないため息を吐く。
視線を前に戻すと、ちょうど目の前の
男性が歩みを進めていた。
腕に抱えた商品を持ち直し、
半歩分空いた前のスペースに足を出す。
ほんのちょっと進んだところで、
まだまだ先は長そうだ。
今どの辺りだろうか。最後尾に並んだ時は
1時間待ちと言われたが、一体どのくらいの
時が過ぎたのだろうか。
両手は荷物でふさがっていて、
時計を見るのもままならない。
いつも行動を共にしている仲間とは生憎
別行動をしているから、教えてくれる相手もいない。
そこまで考えて、ふと頭に思い浮かべた
一人と一匹がとても恋しくなった。
この混雑した街中で一緒じゃなかったことは、
運が良かったかもしれない。
きっともみくちゃにされて、合流するのが
大変なことになっていた。
今頃ゆっくり夢の中。
温かな日差しに誘われた昼寝を邪魔することが
はばかられて、僕一人で街に繰り出したのは
正解だった。
……でもこの状態は予想外だ。
ちょっとした日用品の買い物に、こんな時間を
費やすとは思ってもみなかった。
あとで解ったことだけれど、
今日は月に1度の特売セールの日らしい。
だからどこを見ても人、人、人。
どの店も混んでで当たり前なのだ。
たまたま立ち寄っただけの島だったせいで、
完璧にリサーチ不足だった。
そうこうしているうちにまた半歩前に出る。
これを何回繰り返しただろうか。
何度目かわからないため息を胸に秘めた直後、
聞きなれた声が遠くから聞こえた気がした。
妙なハイテンションに芝居がかった言い回し。
誰かに喋りかけているはずなのに、
返答は聞こえて来やしない。
段々と近づいてくる声に若干の確信をもって
すーっと振り向くと、頭に思い浮かべていた
二人組がそこにはいた。
「あっれ~もしかして団長さん?」
わざとらしい声かけと目に入ったその姿に、
僕はぴしりと固まった。
…………予想通りの二人だけど予想外の状態だった。
いや《状態》って言い方はよくないかもしれない。
でもぴったりな言葉が僕の中にはなかったんだ。
何故ドランクはスツルムの首に
手を回してべったりくっついているのだろう。
いつもは隣を歩く所や後ろを追いかけている姿ばかり
見てきたせいか、違和感が半端なかった。
それを咎めていないスツルムも珍しい。
混乱する頭を気にも留めず、近寄ってきた
二人は僕の横で歩みを止めた。
「仕事以外で会うなんて珍しいね」
「あー……ちょっと買い物でさ。まさかこんな混んでると思わなかったけど」
「騎空艇にいると月日の感覚とかわからなくなっちゃうことあるもんね~。僕らは結構買い物に来るから予想通りだったけど…ねっ!スツルム殿」
スツルムは相棒の声かけを気にも留めず、
手に持っていた容器に竹串を差し込み、
一口大のチキンフライをパクリと頬張っていた。
僕の方をちらりと見たけれど、
その様子自体は何ら変わりない。
普段ならドランクが引っ付こうものなら
剣で刺されているはずなのに、随分穏やかだ。
それに……この人の多さで移動も大変な時に、
スツルムが買い物を許可することが
意外だと失礼なことを思ってしまった。
効率を重視しそうな彼女が非効率的なこの状況を
好んで行っているわけがないと、
付き合いの濃くない僕ですら思う程だ。
そんな僕の疑問を解消してくれるかのように、
ドランクはペラペラとおしゃべりを始めた。
「ポーションとか仕事の必需品はさ、安く買える時に買っちゃいたいじゃない?だからよく来てるんだ~。屋台の食べ物も美味しいし、色々楽しめるからね。まぁ人が多すぎるのは難点だけど仕方ないよね」
《仕方ない》
そう口にしつつもドランクはどこか嬉しそうだ。
この事実を誰かに聞いてほしくてたまらない。
そんな気配を感じた。
それに乗ってやるべきか、
下手に絡まない方がいいのか。
ほんの少し迷ったあとで、どうせ誘導されて質問を
させられるんだと悟り、二人に問いかけた。
「へぇ~…………今更だけどなんでそんな引っ付いてるの?」
「あっこれ?一回人混みにスツルム殿が流されちゃって~。その後合流するのが大変だったからこのスタイルが最適解!ってことになったんだよね、スツルム殿」
「……抵抗するのが面倒なだけだ」
スツルムは口から洩れた溜め息を深く深く吐きだした。
その姿から、何か壮大なやり取りがあったのだろうと察する。
大方、この胡散臭いエルーンはわざわざ合法的に
引っ付きたい為だけにわざわざこの日を選んでいる。
経費が安く済むのならスツルムだって文句は言えない。
一人で行けばいいだけの話なような気もするが、
それも言いくるめられてしまっているはずだ。
この男に好かれて彼女も大変だと思いながらも、
決して口に出すことはできなかった。
そんな僕の心を知ってか知らずか、
無自覚バカップルは目の前で食べさし合いまで
繰り広げ始める。
僕がこの状況から脱出するまで、
きっとあと少しのはず。
そう願いながら見上げた空は、
なぜかさっきよりも眩しく見えた。
0コメント