小話44
モブ視点ドラスツ。(モブが勝手に恋して勝手に失恋するだけ)
目線の先に、ちょっと好みの男の人がいる。
青空を写したみたいな色の髪は、
ちょっとだけ野暮ったい。
けれど、静かに読書に勤しむ横顔が、
ちょっと知的で好みだった。
そんな《ちょっと》だらけの男の人に、
私はかれこれ三十分ほど目を引かれていた。
噴水横のベンチに腰掛けて読書に勤しむその男性は
一時間程前からそこにいる。
はじめは気に留めていなかったんだけど、
いる時間があまりにも長いから
チラチラと目線を送っちゃうんだ。
だって、あそこはよく待ち合わせの場所に
指定されるスポット。
行き交う人は少なくないけれど、
長い時間その場に留まる人は多くない。
そんな所に長時間居たら……誰だって気になるよね?
誰かと待ち合わせにしては長すぎる気がするし……
もしかして、逆ナン待ち?
そうだとしたら……これってチャンスじゃない?
その事実に気が付いた時、自分の頭に生えている耳が
ひょこひょこと落ち着きなく動いていた。
ほんの少しの胸の高鳴りを抑えながら、
私はお客様に注文されたドリンクを作り始める。
いきなり気温が高くなったせいか、
今日はうちの店自慢のアイスティーがよく売れる。
ワゴン車の中は私一人。
対応できるのはもちろん私一人。
目を離した隙にいなくなったらどうしよう……
って何度思ったことか。
あわよくば、あの人も買いに来ないかな~って
思ったけど現実はそう甘くない。
ずーっと本を読んでるだけ。
でも……その真剣な表情が、
やっぱりちょっと好みだった。
この落ち着かないやきもきした気持ちとは、
もう少しでバイバイだ。
あと数分で休憩時間。そうすれば私は一時間フリー。
この時を、今か今かと待っていた。
ずっと座ってるから心配してました風を装って、
ランチにでも誘えばきっと……。
何回もシミュレーションした台詞を頭の中で
繰り返しながら、出来上がったフレーバーティーを
笑顔でお客様に渡す。
注文が落ち着いた頃すっと視線を戻すと、
あの人はまだそこにいた。
あと少し、あと少し……気持ちが早足を
繰り返していたその時、彼がすっと本から
視線を外すのが目に入る。
えっ……?って思ったのも束の間のこと。
人ごみの中から彼に一直線で向かっていく
ドラフの女性がいるではないか。
私が心の整理をつける前に、彼はすっと立ち上がり
両手を広げ、大声で彼女を迎え入れた。
「スツルム殿~!遅かったねぇ待ってたよ!」
大袈裟な出迎えをドラフの女性は
鬱陶しそうにあしらっている。
何か文句を言っているようだが、
声はここまで聞こえてこない。
だけど、あまりにも目立つその行動が気に食わない、
というのが態度で丸わかりだった。
その様子を、ポカンと口を開いて眺めている私がいた。
頭の中でしか聞いたことなかった彼の声は、
ちょっと想像と違っていた。
だって……さっきまで静かに読書をしていた姿から、
その声は想像できないよ。
あの人が大袈裟に身ぶり手ぶりするせいで、
周りの人たちもじろじろと視線を向けている。
それが女性には耐えられないようで、
ついには勢いをつけた拳を彼の横腹に叩きつけた。
まさかの対応に肩が跳ねる。
鈍い音がとても痛そうだった。
先程好奇心を抱いていた人たちも、関わりたくない
のか吃驚した様子で足早に去って行く。
「も~スツルム殿ってば恥ずかしがり屋さんなんだからぁ…………いやいや、スツルム殿置いてお店になんて入れないよぉ。遅くなったのなんて気にしないで、僕が勝手に待ってただけなんだからさ」
ドラフの女性の態度を見て、
本当は恋人じゃないんじゃない?
なーんてほんのちょっとの期待を胸に抱いていたけど、
周りから人がいなくなった二人がよく目に映り、
先ほどまで沸き立っていた心がサーっと冷めていく。
お揃いのパーカーにお揃いのピアス。
さすがにこれを見てそう思い続ける頭を私はしていない。
だって、完璧なペアルックをしているのに、
付き合ってないって思う方がおかしいよ。
仕事仲間?とか思いたいけど、ラフな格好を
しているところを見るに、絶対に今日はオフだと思う。
それなのに二人で行動するの?
それってやっぱり………………
付き合ってるとしか思えないじゃん!!
どう頑張って否定的な言葉を思い浮かべても、
すぐにバッテン印が多い尽くす。
すっかり思考も手も止まってしまった私に、
目の前のお客様が声をかける。
謝罪を入れてから顔を上げると、
あの人たちが人混みに紛れ込んでいるのが目に入った。
二人の間にある手は、離れないように繋がれていて、
ほんの少しだけ芽生えた恋心が完璧に崩れているのを感じる。
でも………幸せそうな後ろ姿が、ちょっとだけ羨ましかった。
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